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不審者にメガネを評価された話
最近アザや傷の治りが遅いことを若干気にしています。どうも、琳堂ヤコです。君たち、ごきげん麗しゅう?
今日はストーリー仕立て込みで書くつもりなので、いつものように喫茶店で喋ってるような冗長な感じを一貫した形式では書かないから、文字を読むのが苦手な人・つらい人や、スマホを水没させてドライヤーで乾かして焦ってる人向けに太字だけ読めば十分、な形式にはなってないよ。
なんでやと言えば、note更新したいけどなにを書こうかなあと思ってたらちょうど面白そうなタグ「私だけかもしれない体験」を見つけたから、たぶん私くらいしか経験してないんじゃね?って事について書いてみようと思うに至ったのよ。だからストーリー仕立てが入ることにになったってわけだ。まあ内容はタイトルの通りなんだけどさ。
それは中学生時代、電車内で起こった
私は中学受験をして私立の中高一貫校に電車通学してたんだよね。ドア・トゥー・ドアで大体一時間半は越えてたかなあ。でもまあ、同じ路線の子もいたし、読書の時間が取れるってのもあってそんなに苦ではなかった。
家から学校までの通学ルートには、複数の路線を使うがために電車の乗り換えが必要で少し歩かなきゃならなかった。他の路線を使っている友達とは大体電車乗り換えの駅で待ち合わせして一緒に学校に行ったり帰ったりしていた。
事が起きたその日は、路線が同じ仲良しの子2人と楽しく喋りながら学校に向かっていた。
喋りながらちんたら歩いて乗り換えが済んで、電車の両開きのドアの片側に寄りかかるようにして3人で喋っていたら、もう片方側の方のドアの前に居た男性(たぶん二十代くらいの風貌だったと覚えている)が私に向かって話しかけてきた。
「あの・・・」
私たちが乗り換える駅は複数の路線があるから、慣れていない人は自分が乗っている電車が本当に自分の行きたい場所へ連れて行ってくれるのか不安になって尋ねてくることがある。まあ東京駅でキョロキョロしてる人の小規模バージョンみたいなもんだよね。男性が話しかけてきた時も、私はそういった類の話だろうなと思って視線をその人に向けたんだよ。
「え?なんスか?」
だけど、その先の男性の口からは想像もしなかった言葉が出てきたんだよね。
え?そこ?え、そこなの?
「あのう・・・」
ちょっと言い淀むような感じで始まったから私は「なんか来るぞこれ」と予感しながらそのまま聞いてた。明らかに路線に関して尋ねるやつじゃねえぞと感じたんだよね。もしかしたらヤバい奴なんじゃね?
私はこの件より前に嫌な経験をしていた。
駅のホームをスタスタ歩いてたら並走してきた男性がいて、そのときも乗り換え路線きかれるんかなと思ってたんだけど、声をかけられて、おいくつですかと訊かれたので「中学生です」と答えたら「あ、ちゅ、中学生に声をかけちゃった・・・」とか言っていたそいつにメアドをきかれて、あまりの距離の近さとチャラくなさそうなのにちょっと興奮した様子の相手の圧におされて結局メアド教えちゃって、案の定めっちゃキモいメールきて結局メアド変えましたって経験をしてたのよ。だから尚更、ちょっと警戒したんだよね。
どうくる?一体どうくる?メアドはもうゼッテー教えねえからな!と思いつつ、私は次の言葉を待った。友達もそれをじっと見てた。
「・・・良いメガネしてますね」
「え?」
私の脳内と全身の困惑
マジで「え?」しか出てこなかった。口から出てきた言葉はもちろん、脳内も「え?」だったし、なんなら体中の全細胞が「え?」って言ってた。
メガネ?待って、今この人すげえハッキリとメガネって言ったよな。え、そういう風に入るナンパみたいなのあるん?それにしてもメガネ?一応装飾品としては腕時計もしてるし通学バッグには当時流行りだったアクセサリも付けてたし、いくらでも中学生に声をかけるのに入口あると思うんだけど、敢えてメガネなん?それは敢えてのメガネなん?
一秒くらいでこれの倍くらいのセリフが脳内を駆け巡ってた。感嘆詞で言うと「え?」だし、疑問詞で言うと「なんで?」だし、名詞で言うと「メガネ」だし、文で言えば「え?なんで?なんで自分メガネから入ったん?」でしかなかった。
まだ拒み方を知らなかった私の対応
瞬間的な脳内の言葉たちに頭を占められながら硬直している私にその男はさらに畳みかけるかのように口を開いた。
「メガネ、交換しませんか?」
大変だ。走馬灯よりもおそらく速く、走馬灯よりもはるかにピンポイントなテーマ「メガネ」を中心に高速回転する自分の頭に更なる強烈なパンチを食らわせてくる男。
「そのメガネ良いですね」から来る不信感は、私の身の危険に関してはなくなった。だが、私のメガネの身の危険が生じたのである。もし、このメガネを奪って逃げられたら私は教室の一番前の席でもめちゃくちゃ不機嫌そうな顔をして目をこらして黒板を見なくちゃいけないし、ぼんやりとした友達の顔はともあれ、吹奏楽部の部活練では楽譜が見えないからリズムをその場で覚えてほぼ耳だけでの練習になる。打楽器だったから別にいいんだけど。
どうすればいいか分からなかった私は、覚悟を決めた。この電車内にはたくさんの乗客がいて、友達も二人ここにいる。私の身の危険はメガネ交換の提案により可能性がかなり低まったものの、まだゼロになったわけではない。それでも身を守れる術は自分の力だけではないという安心があった。
そして私は覚悟を決め、無言で右手の親指と人差し指でそっとメガネというパートナーを生贄のように男に差し出したのである。
結局なんだったんだよお前
メガネを差し出そうと覚悟を決めて手を顔に近づけた瞬間の男のニコニコとした好青年な笑顔が今もぼんやりと思い出される。私はメガネを差し出した。そこからはどうなるか分からない。お願い、メガネ、私を守って・・・できれば戻ってきて・・・。そんな一抹の希望を胸に念じていると、男がスッと手を伸ばしてきた。やばい。そう思った瞬間に気づいた。男の手には、そいつがかけていたメガネが綺麗にたたまれて置かれていた。
「交換」。そう、私はこのやり取りを男が「交換」として提案していたのをすっかり忘れていたのである。え、あ、そうだった・・・と思いながらも受け取り、男の方を見ると、そいつは私のメガネをかけていた。
「いやあ~良いメガネですねえ」
いや、マジで最悪だよ。お前なにやってんだよ。普通レンズ覗くだけにするだろ。何をしっかり顔にかけてんだよ。メガネ交換って装着まで含まれてたのかよ。わかんなかったよメガネ交換なんて初体験だから。言語交換しかしたことなかったからわかんなかったけど、そういや言語交換も相手の言語を装着するようなもんだよなあ!でもメガネにおいては遠慮ってもんがあるだろお前はケータイ借りた後に耳元のスピーカーを拭わないタイプの人間なのか?
私の頭の中には思わぬ出来事で起きた嵐がメガネを中心にして物凄い勢いを増していた。私の心の嵐の中心部である静かな砂漠には一つのメガネが置かれている。男のメガネだ。これどうすんだよ。
そういや友達がいるじゃんと思って、背後にいた友達を見ると笑いをこらえて肩を震わせながら俯いている。いや、わかるよ?分かるけど違うじゃん。お前ら助け舟じゃなくて笑いの波に転覆してんじゃん。
もちろん私は渡された男のメガネはかけなかった。当然である。キャピキャピの女子中学生が、なぜ名も知らぬ顔も知らぬ男のメガネをかけようか。しかし根がド真面目な私は、とりあえず礼儀作法として男のメガネを全く触れない距離にもってレンズ越しに電車内のモブたちを見て、「ああ、こんな風に見えるんですね~」みたいなことを言った。たぶんそれはこの出来事をモニタリングした後のわたしが言うべきセリフである。
男は私のメガネをかけて周囲をキョロキョロし、そして外した後いろんな角度から私のメガネを見ていた。お前鑑定士だったの?メガネ鑑定何級?ちなみにそれめっちゃ安いやつだよ。私よくなくすから。
やっと鑑定が終わったのか、男は私のメガネをこちらへ寄越した。
「ありがとうございました」
ちゃんと返してくれるタイプの人か・・・と思いつつ、私も男のメガネを「ありがとうございました」と言って返し、隠れて少し拭いて装着した。男の顔は満足げだった。そして彼はそのまま立ち去ったのである。
まるでボードゲームの「対戦ありがとうございました」のように挨拶をし、一貫して爽やかだった男は、本当に私自身ではなく私のメガネに興味があっただけなのである。友人たちは背後で笑いをこらえすぎて変な呼吸になっていた。私はそいつらをそのまま背中で電車の角に押しつぶし、「ふざけんなよテメーら何笑ってんだよ助けろや」と眉間に皺を寄せた。
これは私の人生において今のところ最初にして最後である「メガネ交換」であり、最初にして最後である「自分の顔よりもメガネに興味を持たれた」エピソードであった。