陽殖場

 地平線の果てまで、とはいかないだろうが見渡す限りずっと向こうまでバケツが並んでいた。それらは特別製のものには見えない、百円均一の店でも売られていそうな、ごくごくありふれた水色のペールバケツだった。トイレ掃除の供といえばイメージしやすいだろうか。そんなどこにでもあるあのバケツが、視界の限りずっとずっと奥の方まで並んでいる。圧巻ともいえるし理解の外にはみ出した狂気にも感じられる、異常な光景であった。
 バケツで埋め尽くされた地平線の上、空には煌々と太陽が浮かんでいた。雲ひとつない快晴の青空。空からは光が燦々と降り注ぎ、敷き詰められた無数のバケツの中に張られた液体の表面で反射している。それはまるでバケツの一つ一つが太陽の姿をとらえ、しっかりと観察し、馬鹿正直に物真似しているようだった。
 
 半袖シャツとデニム地のオーバーオール。足元は膝まで覆われたゴム長靴を履き、頭には麦わら帽子をかぶり、その手には鍬だか鋤だかよくわからない農具を持っている。まるで絵に描いたような、まるでそこに存在するためだけに存在してるかのような、一人の人間がそこにいた。細かい顔の表情はよくわからない。無数のバケツから反射する陽光の眩しさでハレーションを起こしているためだ。性別も人種も年齢もわからない。嬉しいのか楽しいのか、そもそも生きているのか死んでいるのかもわからない。あるいは案山子だったかもしれない。とにかく人間に見える何者かが、無数のバケツと同じ空間に存在していたのだ。
 そう。そこは空間だった。
 誰も動かない。何も動かない。生きているのか死んでいるのかわからない人間はもちろん、太陽はずっとそこにあり、バケツの中に湛えられた液体の表面が波打つこともない。反射する光が煌めくこともなければ、風が吹くこともなく物音ひとつたつことすらなかった。
 もしかすると時間の概念すら存在しないかもしれない。
 まるで永遠が存在するかのように感じられる。
 なんとも不思議な空間だった。
 
   眠れぬよりも 悪い夢
   滅んだ祖国 地に失せ
   バケツの中に お日様を
   捕えて増やす 悪しき身
 
   ねむれぬよりもわるいゆめ
   ほろんたそこくちにうせ
   はけつのなかにおひさまを
   とらえてふやすあしきみ

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