K−RYO
【いろは歌】って何?【いろは歌】を作ってみたい!という初心者の方へ向けて作ったテキストコラムです。つたない内容ではありますが、これをきっかけに【いろは歌】に興味を持っていただければ幸いです。
地平線の果てまで、とはいかないだろうが見渡す限りずっと向こうまでバケツが並んでいた。それらは特別製のものには見えない、百円均一の店でも売られていそうな、ごくごくありふれた水色のペールバケツだった。トイレ掃除の供といえばイメージしやすいだろうか。そんなどこにでもあるあのバケツが、視界の限りずっとずっと奥の方まで並んでいる。圧巻ともいえるし理解の外にはみ出した狂気にも感じられる、異常な光景であった。 バケツで埋め尽くされた地平線の上、空には煌々と太陽が浮かんでいた。雲ひとつな
閉鎖された四月のプールでは たくさんの人魚が飼われて 効率重視の不味い餌と 不快な刺激を与えられて たくさんの人魚から ほんのちょっぴりの涙を プールいっぱいになるまで やがて季節が変わるまで プールいっぱいに搾り取られた たくさんの人魚の涙は せーので一斉に解き放たれて たくさんの哀しみが詰まった たくさんの人魚の涙が たくさん降り注いでくるんだ
今日もカラスがよく喋る うんざりしながら目が覚める 遠くで誰かが泣いている それはさておき日が昇る 人は一人で生きていく がっかりしながら目を覚ます 姿も見せずに逃げていく なんやかんやと日を過ごす 幸福な日々を目に浮かべ 水さえ飲めず空見上げ ただそれだけの日を過ごし 今日もカラスがよく喋る 遠くで誰かが泣いている そんなこんなで日が沈む
気に入らない物語は 絵本ごと焼いてしまおう 夢も希望も憎しみも 等しく消し去ってみよう 気に入らない言葉は 辞書ごと焼いてしまおう 知恵も誇りも文明も 忘れず捨て去ってみよう 何もないところから 好きでも嫌いでもない 自分に都合のよいものを 大好きな自分でいられる 可哀想な自分でいられる そんな世界を作り出そう
月を大きく映すための やたらと大きな暗幕 黒と言うには薄っぺらい 白と呼ぶには無理がある 星を多く輝かすための やたらと大きな暗幕 赤を追いやり鎮座して 紫に追いやられ逃げていく やがて訪れる模様替え 虹色の紗幕がゆらゆらと ゆらゆらと明滅を繰り返す 誰の仕業か見当もつかぬ 空を覆い尽くすためだけの 得体の知れない暗幕であった
とある温泉が涸れたらしい 天変地異の前触れらしい ぼくはいつも通り寝坊する きみはいつも通り恋をする とある国家が滅んだらしい 等価交換が世の理らしい ぼくはいつも通り欠伸する きみはいつも通り夢を見る 失格はいつも通り成功する 結果はいつも通りに ぼくはいつも通り首を吊る きみはいつも通り補充する 世界はいつも通りに 日常はいつも通り営まれる
糸に染み入る愛しみは 紡ぎ紡がれ生地となる 狂い染み出す苦しみは 藻掻き悶える死地となる 肉に染み入る憎しみは 煮ても焼いても喰えぬから 余分なものを抜き出して ひと手間加えて楽しむの 積もり積もった憎しみを 美味しい肉の食べ方を 教えてあげると笑うきみ 絞り搾った肉汁を 美味しい肉の食べ方を 見せてあげると笑うきみ
口を開けて待つだけの シンメトリーな臓物 指を咥えて待つだけの アシンメトリーな瞳 靴を脱いで寛ぐだけの シンメトリーな栄光 首を括って飛ぶだけの アシンメトリーな冠 人間と呼ぶには尊くて あくまでも空想の中だけの 怪物と呼ぶには無様な とにもかくにも美しく 実際には実在しない ぞんざいな存在だった
時間はわがまま 境目が消えていく 視界から消えていく なんの名残りも惜しまずに 或いは自然のまま 誰も踏んだことがない地面 誰も触れることがない花弁 誰にも教えたはずのない 小さな傷跡があった 目を凝らしても見えず 舌を這わせても味わえず ただ時間だけが過ぎていく 綺麗さっぱり跡形もなく 世界から消えていく
姿を見せない霊 姿が見えれば影 同じものだと呟いて 溶けるように消えてしまう わたしたちの仮面は 何かを隠すための 何かを装うための 何かから逃れるための 同じものだと呟いて 溶けるように消えてしまった あなたの夢を見る わたしのなりたかったもの わたしが伝えたかったこと あなたになりたかったこと
大きなパイナップルを 不器用そうにカットする 甘い匂いに誘われて 集まる家人たちの笑顔 日常には紐をつけなくとも 風船のように飛んでいかない 迷子になることも 行方不明になることもない 明日はまた明日やってくる 明けない夜も 割れない風船もない さてそろそろ行きますか 気だるそうに伸びをしたあと きみは真っ直ぐ戦場に向かった
親切な人たちは 水よりも魚に似ていて 嫌いではないけれど 心底好きになれなくて 溺れることはできても 溺れさせることは難しい 泳ぐことはできても 泳がせることは難しい わかってくれるよねと迫れば 親切な人たちだから わかったふりをしてくれるんだ けれど水ではないから どうにもこうにも魚だから 心底好きになれなかった
それは古びた額装 価値をつけるための 瑕疵をつける人々 神に名を付けるたびに 開いた扉は閉じるもの 末路 末代 末期の世界 何も残らず消えるだけ 備え付けの紙のように 流れていく時間 ただ私は飲み込まれ どこまでも流されてゆき 叩いた宝は割れるもの 末期 末代 末路の世代 何も残さず消えるだけ
童話の続きが歴史のト書き 生まれたてのメシアには 抱えきれない重荷であり 怒りの源泉でもあった 神話の続きこそ人知の限界 作りたてのメシアでは 御しきれない事態であり 偽りの時代でもあった ああそこにあるから 手で掴もうとする 口に運ぼうとする それが暗黙の了解であった 人間であるがゆえの 悲しすぎる性でもあった
誰かが気安く私を呼ぶ 私を未読の海へ誘う 綺麗な奇想の背中を追う 声なき声の使命を問う 失くした手紙は書き直せるの 自分と私が入れ替わりますように 溺れた藁が求める救いを 信じてしまう どう見ても普通 どうしても苦痛 きっかけを装う 聞こえぬ鼓動 誰もが気安く私を呼ぶ 私は無毒な汁を啜る 華麗な仮想の最中に酔う 罪なき罪の悲鳴を呼ぶ 見つけた手紙に続きを足すの 誰かと私が混ざり合いますように 束ねた髪が解ける香りを 演じてしまう どう見ても普通 どうしても苦痛 さっ
雨上がりの故郷には もう俺の居場所はなかった 淫らに交わる傘の花 隙間ひとつない息苦しさ 天井の染みを見つめ これは地図だと言い聞かせ また旅に出ようとして 聞きそびれたお前の答え 目指すべき場所の名前 届けてくれた風が 消え去ってしまうまで どこにも居場所はなかった 雨上がりの故郷へ 届けてはいけない声があった