記憶に生きてい ~ショートショート~
忘れたくない記憶は、ありますか?
◆◇◆◇
黄昏を思わせる、薄暗い一室。がらんとした部屋に置かれているのは、淡い色の木で作られた文机と中身がほとんど入っていない本棚。そこにひとりの少女がいた。
腰まであるつややかな黒髪を持つその少女は、部屋の中心に膝を抱えて座っていた。幼くあどけなく見える顔立ちをしているが、体型はもう大人のそれのようで、ひどくアンバランスだった。
ゆらり、ゆらり、と少女の身体が揺れる。反響する声が部屋を満たした。
――あ、ちょっと! またそんなこと言う!
――もちろん、一生言い続けるぞ。面白すぎる。
――ひどいー!
明るい男女の会話。それに重なるように、他の声が響く。
――こんなにいっぱい話せると思わなかった!
――うん、わたしも。
――楽しい! 好き!
少女の口許が緩み、口角が上がる。ゆうら、ゆうら、と身体が揺れる。重なる声の会話はしばらく続き、残響を残してやがて消えた。少女はひしと膝を抱く。己が身を護るかのように、抱える何かを逃がすまいとするように。
黄昏を思わせる、薄暗い一室。がらんとした部屋に置かれているのは、淡い色の木で作られた文机と中身がほとんど入っていない本棚。そこにひとりの青年がいる。
背の高い精悍な顔立ちをした青年は、しかしひどく汚れた身なりをしていた。
まっすぐ、立ち尽くすかのように部屋の中央に屹立していた青年の身体が、ぐわりと揺れる。
――痛い! 苦しい!
響くは少女の悲鳴と泣き声。
――いやだぁ。いやだよう。
青年の眉間が皺を刻む。身体は揺れる、ぐうらぐらと。囁くような泣き声と、対照的な甲高い悲鳴はしばらく続き、やがてふつりと途絶えた。青年が唇を噛んで天を仰ぐ。己が心を堪えるかのように、抱える何かを逃がすまいとするように。
◆◇◆◇
ここは記憶屋。自らの脳をリフレインする記憶を追体験できる部屋を提供している。
来店は自由。退店できるのは、その記憶を捨てたときだけ。
あなたは、忘れたくない記憶がありますか?
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三人称。
タイトルの続きは、「く」のか「かない」のか、お任せします。