蛆虫
私は知ってる。
顔が可愛いければ、どんなに性格悪くても、勉強できなくても、誰かしら寄ってくるし、誰かしらにチヤホヤされたり、褒められたり、仲良くなりたいって思ってもらえる。
可愛い子は神様に恵まれているのだと思う。美しい顔で産まれてきた時点でその子は世界から愛される権利を得ている。それがどれほど羨ましいことか。顔が強ければ、たとえ才能がなくても、世の中を渡り歩くことができる。顔ひとつで注目をされ、顔ひとつで稼ぎ、顔ひとつで許される。学力がなければ「馬鹿」と笑われる代わりに「天然」と呼ばれる。
そんな可愛い子が私をいじめた。
無邪気な笑顔の裏で、私の心を引き裂きながらも、周囲はその子を守る子ばかりだった。私は被害者だったのに、なぜ誰も信じてくれないの。なぜ彼女を援護するのか。彼女が可愛いから?それだけの理由で?
そうして私はわかった。
世の中顔しか見てないのだ、と。
誰もが見ているのはその子の外見だけ。汚れた心は隠され、美しい顔だけが輝いている。
私は、その時、世界の本質に触れた。
汚れきったこの世界。
いや、そうじゃない。
私が生まれてきたのは、本当は綺麗な世界で、ただ、私が汚れているだけなのかもしれない。
あの子を援護していた人たちは、時が経つにつれて態度を変え、今では私にすり寄ってくる。謝罪もないままに。
「昔は酷いことをしたよね」と笑って済まされる。蛆虫のようだと思った。腐ったものに食いつく蛆虫。彼らが私に寄ってくるのは、きっと私が腐っているから。
腐った私の周りには、蛆虫が群がる。笑顔を浮かべて、手を差し伸べてくる。それが許せない。誰もが汚れているくせに、どうしても気づかないのだろう。私は腐っているから、彼らが私に寄ってくるのたど理解している。でも、その事実が私をさらに腐られている気がする。耳障りな声。何も変わってないのに、どうしてそんなふうに話せるのだろう。私が傷ついて泣いていた時、誰も私の側にいなかった。それどころか私を嘲笑し、あの子を守ることに夢中だったじゃないか。
あの時のことを、私は忘れない。誰も助けてくれなかった事実を、私を見て笑った表情を。けれど、彼らは違う。時間が経てばすべて忘れる。悪意すら彼にとっては些細な出来事に変わってしまうのだ。
そんな彼らが手を差し伸べる理由を考える。謝罪のためではない。償いのためではない。ただ、自分たちの「都合」のためだ。彼らが私に寄り添うのは、私が彼らにとって何らかの価値を持つ存在だから。私の周りには、顔や外見ではなく、別のものを見て近づいてくる人たちがいる。それは、私が築いてきた「腐った」何か。
でも、それすらも腹立たしい。どうして私は腐っているのだろうか。誰のせいで、こうなったのか。彼らが私を追い詰め、何もかも奪った。だけど私を腐られたのは、彼らだけじゃない。あの「顔」の力を持つ子もそうだ。美しさで周囲を支配し、正義さえねじ曲げた彼女もまた、私を腐らせる手助けをした。
だが、一番腐っているのは、きっと私自身だろう。何度もそう思った。あの子の顔が憎いのに、それと同じくらい羨ましくてたまらない。私は彼女のようになりたいと思ってしまう自分が許せない。それが、私をさらに醜くしていく。
そして、結局、私はこの世界の構造に組み込まれてしまう。顔の強さ、外見の力。それを否定するくせに、私もまたその秩序に囚われている。あの子たちを蛆虫と呼びながらも、心のどこかで彼らと同じ泥の中にいることを知っている。
それでも、私の中には一つだけ残っているものがある。「あの子たちと同じにはならない」という意地だ。腐っていても、蛆虫と同じ場所で這いずり回っていても、私は絶対彼らのように忘れない。謝罪もしないまま許されることもない。私は、この腐った世界の中で、腐ったまま、それでも、私はまだ、抗い続けている。
なんてのは嘘。抗うことすら、もうできない。
私はあいつに壊された。
私はあいつのせいで、こんなにも惨めで、こんなにも醜くて、こんなにも腐り果てた。
私はもう「普通」になれない。
学校へ行って、笑って、友達とふざけて、将来の話をしてーーそんな、当たり前のことが、もう私にはできない。私はあいつに人生を奪われた。あいつが私を壊しておいて、何事もなかったかのように生きているのが許せない。
私がどれだけ苦しんでいるか、あいつは知りもしない。
いや、知ろうとすらしない。
あいつのせいでまともに息もできないのに。
あいつのせいで、私は夜も眠れないのに。
あいつのせいで、私はもう「普通の人間」じゃなくなったのに。
それなのに、あいつは何も覚えてないんだろう。私を笑って傷つけて、踏みにじったくせに。
私の時間を奪って、心を引き裂いて、人生めちゃくちゃにしたくせに。
それなのに、何もなかったように、幸せそうに生きているんだろう?
どこかで恋をして、どこかで友達と笑って、どこかで将来語り合って。
そんなふうに、私の苦しみなんて一つも知らないまま、当たり前の人生を歩んでいるんだろう?
ーー許せない。
あいつのせいで、私は何もできなくなったのに。外に出るのが怖くて、人の視線が怖くて、夜が怖くて、朝が来るのも怖くて、未来なんてもう何も見えなくなったのに。それでも時間は流れていく。私の人生は止まったままなのに、周りの世界だけが勝手に進んでいく。
私はもう、何も期待できない。
学校へ行くことも、友達を作ることも、夢を語ることも。普通の生活を取り戻すことも、何かもかもが無理になった。
ただ、苦しみだけがある。
あいつの顔を思い出すたび、私の中の何かが黒く腐り果てていく。
それを紛らわせるために、私は腕に傷を刻む。薬を飲んで、思考をぼやけさせて、何も感じなくなるまで沈んでいく。
それなのにーーそれなのに、私はまだ生きている。
どうして、私はまだ生きているんだろう。
こんなに苦しいのに、こんなにも絶望しているのに、それでも私は死ねない。
死にたいのに、怖くて死ねない。
そしてまた、憎しみだけが積もっていく。
あいつは、私の苦しみを知らない。
私がどれだけ毎日を生きるのが辛いかも、どれだけ壊されてしまったのかも、何も知らないまま、平然と生きている。
それが許せない。
でもーーもしかしたら、本当は私が「全部あいつのせい」にしているだけかもしれない。
私は、本当に「奪われた」んだろうか?
私は、本当に「壊された」んだろうか?
もし、あいつがいなかったとしても、私は普通に生きていけたんだろうか?
わからない。
だけど、私はもう考えたくない。
私は、憎しみの中にいるほうが楽だから。
誰かのせいにしているほうが、まだ生きていけるから。
だから、私はこのまま腐っていく。
あいつらを憎みながら、傷だらけのまま、歪んだ世の中で、ただ息をする。
※創作小説