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行き詰る魔女

スタジオジブリ制作の「魔女の宅急便」を久しく見ていないのだけど、あるシーンをたまに思い出す。キキが飛べなくなってしまってウルスラの家に行き、ふたりでポツポツ語る。ウルスラが自分が行き詰ったときにどんなふうに対処するのかを話す。キキはなんとなく心が軽くなって帰宅する。

図々しくも(?)私もそんなふうに行き詰りを感じることがある。それは言葉を話すとき。日常的に日本語と英語を話すんだけど、どっちつかずになるというか、どちらかが偏るというか、へたっぴになる感じ。「あれ英語で(日本語で)何て言うんだっけ?」と思って調べたり、日本語を話しているのに急に英語が出てきたり、その逆があったり。それぞれの言語を話しているとき、自分の中で別の人格が出てくる気がする。実際、家族以外の人と日本語を話しているときは「可愛らしい、丁寧な」話し方をしているみたい。確かに、以前職場(日系企業)で日本語でアナウンスをした直後に同じ内容を英語でアナウンスをしたとき、微妙に空気が変わった気がしたし、その場にいた先輩にも同じようなことを言われた。英語を話すときは声が太くなるのか、低くなるのか、可愛らしい話し方ではなくなるようだ。

私の中で英語は直感的で感情をこめることができて、英語を話しているときの方がより素直に、そしてポジティブにもなれる気がする。日本語を話すときは間違えないように、失礼のないように、頑張ってしまう自分がいる。しかし一方で、日本語を話すときのその気遣いが日本語をより優しく美しい言語にしているのかな、とも思う。

ウルスラ先輩によれば、行き詰ったときにはとにかくやり続けろと。やってみてダメなら全然違うことをしてみろと言っていた気がする。確かにそれはそうかも。

※トップ画はYutaro Kobayashiさんのものを拝借致しました。

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