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皆で一斉に艦これを始めて、新小岩駅集合というのはどうですか?

「えーあの人、死んだのか」
数か月に一度、ちょっと名の知れた程度の人がこの世から消えていく。友達の友達程度、趣味は自分と似ているなとか思ったり、でも会った事はないし、みんな男女関係とか、集団での揉め事が引き金になって死んでいく。はっきり言って縁はない。そんな親密な人間関係とか、些細な衝突で傷付く交友みたいなのには少しも恵まれなかった。だから「死」が遠く感じる。一層その隔たりが自分を「死」から遠ざける。こんなにも人の死は身近なのに。

ネットの人と知り合った。あんなにSNS上では陽気に見えたのに、会ってみたら些細な言葉では表せない程、暗い雰囲気を纏っていた。それは何か自分と似たような物を感じた。彼がそれでも魅力的だったのはその差異から来る繊細さか、長い間名前も変えずにインターネットに常駐しているからなのか。実際彼には追っかけと呼ばれる熱心なファンも存在した。やっぱり自分とは全く異なる存在だなと、淡い考えを改め直した。
僕に彼が語ってくれた思い出、付き合っていた彼女が薬物死したこと、違法薬物の売買に手を染めたこと、同人誌に寄稿してくれた知人がその直後死んだこと。そのどれもが自分にとって全く、縁のない話だった。

医者から難治性のうつ病を告げられた。多剤療法もドパミン作動薬も効かなくて、数年も精神科に通っていたなら当然の診断か。大学を中退した今はなるべく楽なバイトを探して働いたり、時たまに彼の作っている同人誌に詩集を載せて貰っていたり、とにかく一歩でも間違えれば崩れ落ちそうな、危うい生活を送っていた。
この時期ぐらいに彼と自分が中心になって発足した、仲間のような集団が自然と集まった。最初はもうちょっと人が居たけれど、段々暗くなっていく集団の雰囲気に、耐え切れない人達は自ら去る事を選んだ。
通電療法を数か月後に受けるんだよ、と自分が言った時、皆は笑ってくれた。
それで、次第に笑顔は減っていった。集団そのものが周りから疎まれ始めたり、そういった陰鬱な雰囲気がこの集団を追い込んだ。
だからそんな時に自分は、皆で「艦これ」を始めよう。そんな変な、おかしな提案をしてみた。

どうやらこの時代にブラウザゲー、それも艦これを一から始めるというのは何かが面白かったみたいで、ゲームを毛嫌いしていた人達までも艦これを始め出した。
───このキャラ、死んだ彼女を思い出す。気に入ったかも

自分も艦これをやり始めた。
「嫁艦」をみつけた。一番のお気に入りの艦娘のこと。
軽巡洋艦の「木曾」だった


思い出せないけれど、誰かが集団自殺をしようという提案を行った。そういう流れになった。止められなかった。拒否をした者は、集団から去っていった。
自分が深く何かに絶望したという訳ではない。それでも残り続けたのは、他にやる事がなかったから。ここ以外に居場所がなかったから。
自分と彼を含めて、4人が残った。場所は新小岩駅ホームの4番線に決まった。


駅前のファミレスに入った。既に3人は集まっていた。
他愛もない会話をする。やれあの時騒がせた事件の話だったり、あるいは自分たちで作った同人誌を机の上で開いてみたり。人の愚痴だったり、異性関係の噂話。
───それ、艦これのぬいぐるみ?
自分は木曾のぬいぐるみを片手に持っていた。
───もう誰も艦これなんてやらなくなったのにね

確かに自分たちの間で艦これが流行っていた時期はあった。それも過ぎた話で、次第に飽き始めた皆はログインを止め始めた。
それは仕方ないこと。一瞬でも共通する趣味を作れてよかった。それでも実際は、自分だけが未だにログインを続けていた。好きだったからなのか、惰性なのかは自分でも良く分からなかった。

これも自分が死んだら、もう二度と木曾には会えないのだろう。だから、せめてもの形として、ぬいぐるみと一緒に。

青っぽい光り、割とクリアに晴れた空。どっちも違う青色。総武快速線の青、やけに静かな駅のホーム上で。

───みんなSNSに最後の投稿した?

───そろそろ、来るよ。


「まだ不安なのか?大丈夫だ、俺を信じろ」
突然体がホームに引き戻された

人生で一番、不思議な感覚だった

気付けばホームに立っていたのは、自分だけだった。