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書籍『痴漢外来:性犯罪と闘う科学』

原田隆之 2019 ちくま新書

痴漢や覗きといった性犯罪加害や、その他の性的な問題行動を「やめたいけど、やめられない」依存症の中に位置づけて、著者は治療を提供する。
依存症そのものが、まだまだ一般的に的確に理解されているとはいいがたい。偏見や誤解が根強い疾患のひとつである。
あらゆる嗜癖行動の中で性的依存症だけは被害者が存在する。この著者の指摘は、なるほどであるが、どきりとした。
だからこそ、加害者に治療をと訴えると、治療か刑罰かと二者択一的な態度で迫られることがあるのだろう。

依存症患者であっても、加害者としてやったことについて刑罰は受けることは当たり前である。
そこに、治療を加えることで、再犯率を引き下げようというのが著者の考えである。明確で、とても賛同できる。
この考えになじまない人にこそ、まず本書を読んでいただきたい。治療か刑罰か、ではない。治療も刑罰も、なのだ。
やったことに対しては刑罰を。繰り返さないように治療を。

どのような人が、どのようなことに苦しみ、どのような治療を受けるのか。そのことによって、どのように変われる可能性を持っているのか。
まず知ってほしい。

この本は、痴漢外来の現状を紹介するところから書き始め、疾患として性的問題を位置付けていく。
性的依存症の原因と診断、治療についても、多くのページを費やしており、心理臨床業務に就く者として非常に参考になった。
流れとしては、リスクファクターをチェックリストでアセスメントし、その中で変えられる要因を標的にして、CBTと集団療法に導入する。
このくだりで、投影法に対して、ずいぶんと辛辣な批判があり、苦笑いを禁じえなかった。「科学の進歩を妨げる頑迷さ」には、自分も気をつけておかねばならない。

後半はハイリスクな性犯罪者や多様な問題行動、性暴力被害について、順に触れられていく。
個人的には、女性の性依存や性的虐待、性暴力被害の問題、また、同性愛の人たちならではの問題のほうに出会うことが多いので、こうして取り上げられていることがありがたく思った。

私が働く臨床の場でおそらく出会わないのは、ハイリスクな人々である。
そうではあるが、p.204では、思わず、涙が出た。
この感情を揺さぶられる文章を、ぜひ読んでいただきたい。
こんな一瞬のために、たぶん、自分は臨床を続けているのだと思う。

全体を通じて、著者の怒りやもどかしさ、悔しさを感じた熱い一冊。

** 以下、引用とメモ **

p.157-159 依存症治療の基盤:人と人とのコミュニケーション
1)相手を一人の人間として尊重する。
治療において、彼らは一人の人間としてその価値を認めてもらえることで、心からの反省を深め、円滑な社会復帰に向けての努力を続けることができるようになる。
2)治療目標はよりよい人生
3)けっしてあきらめない
Th.もあきらめない。
p.41
当初は性的な興味、関心から性的行動を行っており、性的快感を得ることが目的であった。しかし、次第にその快感も薄れ、むしろストレスや孤独感を紛らわせたり、スリルを味わったり、自尊心を回復したりするための手段として、性的行動を繰り返すようになっていた。
p.130 性犯罪治療の三原則
1)リスク原則:再犯リスクに応じて治療強度を変える。
2)ニーズ原則:リスクファクターのうち、動的なものを治療の標的とする。
3)治療反応性原則:治療法を選択する際には、相手が反応するような方法を選ぶ。
p.138 リプラス・プリベンション・モデル
1)性的問題行動のハイリスク状況を同定し、それに対するコーピング訓練を行う。引き金を避ける。
2)ネガティブな感情への対処法を訓練する。
3)規則正しい生活を送る。→不適切な余暇活用への対処
4)自己モニタリングを通して、自己の状態に敏感に気づくことができるようにする。
5)渇望へのコーピングを学習する。
6)ゆがんだ性的認知や性への期待を修正する。
7)代替行動の学習を行う。
8)周囲のサポートを活用できるようになる。
p.233 性犯罪被害者についての事実
1)痴漢被害者も深刻なトラウマを受ける。
2)性暴力は多くのケースで、加害者は親密な間柄の相手や顔見知りである。
3)被害者が加害行為を受け入れているように見えることもあるが、現実はまったく異なる。
4)被害の前や最中で、抵抗したり大声を上げたりすることは不可能である。
5)被害の後、しばらく被害について記憶がなくなることがある。
6)被害を訴えるのは、相当時間が経ってからということもめずらしくない。
7)加害は一瞬でも、その影響は一生続く。
8)ほとんどの被害者は、泣き寝入りをしている。

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