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病歴31:第4クールと見知らぬ人の話

7月4日。アメリカの独立記念日。
その日に4回目の抗がん剤の治療日がやってきた。最低6クールなので、最短コースならここで治療の折り返しになる。

数日前から予約していたタクシーの運転手さんは、御家族が抗がん剤の治療を受けていたとおっしゃった。
アルコールが含まれるから運転できないとか、いちいち説明しなくても、抗がん剤治療というだけで、理解してもらえている感じにほっとした。
押し付けがましくさりげない、いたわりやねぎらいというものは、とてもありがたいものだ。

最初に採血、体重や血圧の測定、看護師の心身の調子についての問診を受ける。
採血から約30分後に血液検査の結果を踏まえて、主治医の診察があり、その日の抗がん剤治療ができるかどうかの判断がくだる。
そこでGoサインが出てから、化学療法室で抗がん剤の治療を受けるわけであるが、今回の点滴は5-6時間かかるから、昼食を用意せねばならない。
主治医の診察後、化学療法室に行く前に、病院内のコンビニに飲み物と食べ物を買いに寄り道した。

店の外、壁際に立ってコーヒーを飲みながら、店内のほうを見ている女性と目が合った。
年の頃はあまり変わらないかな。彼女の方が少し上かな。
その人がつかつかと近寄ってきて、「先ほど、待合室で見かけましたが、がん治療中の人ですよね?」と声をかけてきた。
待合室にこの人がいたかどうかなんて全然見ていないので、なんだろうと思いながら、早く化学療法室に行きたいのになぁと思いながら、「確かに私はがん患者ですがなにか?」と尋ねた。

その方いわく、
自分はがんを告知されて動揺している。それで、がん患者の集まりのようなものを知らないか。自分のがんについて教えてもらうような場所がほしい。自分は転院することになるので、病院の外でがん患者とつながりたい。

知らんがな。である。
がんについての情報は、まずは古の「ggrks」という呪文にある通り、いくつかの適切な情報源を調べることが望ましいし、治療については主治医と相談するのが一番だと思っている。
それをせずにいきなり体験談を聞きたいのは、あまりいい選択肢だとは思わない。だが、それを言っても聞く耳がなさそうであったし、説明する時間が惜しまれた。
その場でそういう団体があるのか、一緒に検索する選択肢も考えたが、その手間と時間が惜しまれた。
私はいますぐ、化学療法室に行きたいのだ。

目をじっと見ていると、その人の目線は斜め上にそれる。周囲を見渡しているというよりも、なにかを思い出したり考えている感じ。
身体の緊張は高い。やや早口である。
話し方はしっかりとしていて、営業慣れしている人の印象。お仕事もされている女性なのだろう。知的には適応範囲内か。発達の偏りは感じられない。
顔色はよくないっちゃよくないけれども。

そういった不安を相談する部署が院内にあることを伝えたが、その方は「転院する」云々と反論なさるなど、提案しても「でもでもだって」が返ってくる。
そうなると、その人の目的は、別のところにあるよう感じた。
本音じゃないところで遠回しに話している人のまどるっこしさを感じたのだ。
どちらかといえば、私の連絡先を手に入れようとしているのかな、と、ひしひし感じた。
勝手に世話係として見込まれても迷惑であるが、なにかべつのものに勧誘されても大いに困る。
がんによっても種類が違うし、治療も違うし、体験も違うのに、そういうことにはまったく興味を示さないんだもん。
自分の体験を聞いてほしいなら先に自分はなにがんでと言いそうなものなのに。

私は公認心理師、臨床心理士として働いてきて、それを生業にしているので、むやみやたらと心理的な援助を無料でばらまくことは避けている。
それは、契約して、対価をはらってくださる方たちのために提供する専門職としての態度であり、技術であり、感情である。
気が向くときにそのいくばくかを周囲の身近な大事な人のために提供することはあるが、私の顧客のために最もよい状態で提供するために、普段の生活では温存して、自分を疲弊させないことが大事だと心得ている。
ゆえに、その時も秒で判断した。
私は抱えんぞ。個人的に支えたいとは、申し訳ないが、思わないのだ。
というかですよ。私はこれから治療なんですよ。邪魔しないでくださいようぅぅぅぅ。

その方をずるずると院内のインフォメーションまで引っ張るように連れていき、「この人ががん告知をされて動揺しているとおっしゃっているので、地域連携室かなにか、御相談窓口に行かれた方がいいんじゃないかと思うんです」と伝えた。
インフォメーションの方が、ソーシャルワーカーの方に相談していただきますね、と引き受けてくださったので、さっとその場を離れた。
こういう時は呼び止められる前に消えるのが一番。
あとは任せた。

実際に本当に告知されて動揺なさっていたのかもしれないし、だとしたら、ソーシャルワーカーさんに今後のことを相談されるとよいと思う。
私が思いつくかぎり、それがベストの選択肢だった。
もしも、万が一、その方がこれを読んだりして、あっと思われたら申し訳ないけれども、あまりにも一方的で私は非常に困っていたのだ。
告知の瞬間って動揺するかもしれないけれど、同じがん患者だと思うなら、相手には相手のしんどさがあるので、そこを無視して自分のしんどさをぶつけられても、私以外の人でも困るんじゃないかな。
もしも違った目論見を持っていらっしゃったのなら、それはそれで、院内でそういう事案が発生していることに病院が気づいてくださればいいと思う。

後から思うとね、あの時間帯に予約するのは普通は抗がん剤治療中の人が優先であるので、やっぱりなんか違和感あるんだよなぁ。
ほかにもいくつか違和感があって、申し訳ないけれども、話をそのまま信頼することができなかった。
私が傾聴し対応しなかったことへの言い訳であり、自己正当化かもしれないけれど。
でもやっぱり、その方のお話がすべて事実として仮定して理解した場合、地域連携室のSWさんが、緩和ケアNs.さんにつないだことは、適切な判断だったと思うことにしたい。

そんなことがあった4回目の治療後、副作用は服薬しながら乗り切ることに慣れてきたので、これまでよりもうまくいった部分もある。
しかし、身体に副作用や疲労が蓄積されているようで、二週目に入ってもすぐに動悸がしてくるのがつらい。ちょっと動くだけで、すぐに脈が100とか120になる。
最近、あきらかに増えたのが、ふらつきだ。貧血だけではなく、足の裏のしびれがひどいこともあり、あっちにふらふら、こっちにふらふら。気づくと、足の甲から太ももまで、傷や青あざだらけになっている。
意識を失いそうになったこともあったし。
抗がん剤治療を開始する前に企画していた研修などもだいたい終わったことであるし、ここから夏場はなるべく活動を控えて乗り切りたいと考えている。



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