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小沢健二「台所は毎日の巡礼」について

「台所は毎日の巡礼」は2024年に発表された小沢健二の新曲です。
初めて聴いたのは5月のモノクロマティックツアー。8月の「LIFE再現コンサート」でも演奏され、11月放送のNHK「tiny desk concerts JAPAN」でも披露されていました。11月現在で正式リリースはまだされていません。
料理のレシピを並べていく生活感あふれる曲ですが、それが90年代の「ラブリー」や「今夜はブギー・バック」と並列で歌われていくのが現在の小沢健二の活動の面白さです。

さあ ご飯は炊けたか 材料に不備はないか
うっかりバターを切らしているとか めっちゃ怖いぞ
一手間かけ おいしいの作りたい
私たちが ここにいること
感謝して

ああ のり弁は 鰹節を炒めると うまい
クラムチャウダーは あさりをワインで蒸しておくこと
レシピは人類の交換日記
発酵 乾燥 貯蔵 と発想に
感謝して

小沢健二「台所は毎日の巡礼」

歌われるのは、食材を調理して食べるという、毎日の当たり前の営み。その面白さ、ユニークさです。
90年代の王子様イメージのままで彼を見ていた人は戸惑うかもですが。
小沢健二は若い頃からずっと、自分の身の回りの日常の風景と、その中にある奇跡を切り取って音楽にしてきたアーティストですからね。
50代になり、パパになった彼が家族のいる風景を描くのは自然なことですね。ずっとブレてない、とも言える。

机上の空論ではなく、目の前の食材を食べられるようにするという、具体的な行為。
飢えを満たすという、生きるために絶対に必要な行動。
その普遍性を具体的に並べていくことによって、そこにある思わぬ「神聖さ」や「偉大さ」が浮かび上がってくる。
後に追加されたラップ部分を聴くと、それがより強調されます。

ああ 台所は具体の場所だ
書斎の抽象 得意だからこそ
ネギ しらたき 江戸むらさき
天かす しらす ゴマでごまかす

それは根本的に本とか音楽が複製できるのと異なり
一回かぎり
偉大な毎日の具体性
まるで いのち

小沢健二「台所は毎日の巡礼」

「本とか音楽が複製できるのと異なり」とあえて言っている。
ずっと本とか音楽を作ってきた人が、料理の「一回性」に感動していることが伝わります。
何でもない日常の一コマから大事なものを見出して、心を動かし、感動して、それを歌う、ということ。
そこが90年代から変わらない小沢健二の創作の真髄であり、我々の心を動かすところだと思うんですよね。

そして、この具体を連ねていく歌詞の中に、不意に極めて美しい抽象的な風景が一瞬、まぎれこむんですよ。

午後に 雨雲が現れたら
それは 新しい命となるのだ

未明 大雪になり 君は去る
会話 この宇宙をソリで駆けるよ

小沢健二「台所は毎日の巡礼」

これもすごいなと思って。ここで震える。
連ねてきた具体の集積が、ここで一気に概念を拡大して、大きなものと繋がっていく壮大なイメージ。
本当に、ロマンティックなのは変わらないから笑う!って感じです。

一手間かけ おいしいの作りたい
正義と罪 そのあいだなる この世界

小沢健二「台所は毎日の巡礼」

ここに至って、様々な分断と不寛容がはびこる現代社会までもが想起され、取り込まれていきます。
「一手間かけて、おいしいのを作る」というちょっとした努力。食べる人を喜ばせたいという、ちょっとした思いやり。心遣い。
その小さな集積が、世界をちょっとずつ良くしていくんじゃないか。そんなふうに思える、希望がある。
まさに現代の真っ只中の、今日性に満ちた表現だと思うのです。

↑日本武道館の「LIFE再現ライブ」について書いた文です。

↑この記事書いた人の初めての小説です。小沢健二とホラー小説、関係ないかも…だけど、もし興味がわいたら読んでみて!

↑こちらで冒頭試し読みできます。

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