星めぐりの歌 : 《手づくりの星座の本を携えて夜空の旅へ》8つの星座物語
Song of the Stars: 《Traveling through the night sky with a handmade book of constellations》Stories of eight constellations.
はじめに
「星の王子さま」を読み終えたら、星空が恋しくなったよ。もうずいぶんと夜空の星たちにゆっくり会っていないような気がして‥
宮沢賢治の「星めぐりの歌」を口ずさんでみたよ。そうだ! ここに登場する八つの星座 (さそり、鷲、小いぬ、へび、オリオン、アンドロメダ、大ぐま、小熊)にさっそく会いにゆこう!
まずはじめにこの本をご覧ください。
これは銅版画家の山本容子さんがプロデュースしたCDと歌(著者は鼻歌と言う)の絵本です。キリスト生誕の物語、各国・地方の子守歌や祈りの歌を著者手書きの音符と歌詞と版画で紹介。「星めぐりの歌」は、波多野睦美さんが歌っています。私が賢治のこの歌を聴いたのはこのCD が初めてです。鼻歌が好きな方はもちろん、そうでない方も眺めるだけで楽しめるし、いつのまにか歌ってしまうでしょう!
次に紹介するのは、私の手づくりのArtist book 「星座の本」 全4巻36星座です。
『星座手帖』(草下英明 著)も忘れずに持って行こう。小さい本ながら、星座のたのしさ、美しさの要点がわかりやすく詰まっていて、素敵なガイドを約束してくれる頼もしい本なのだ。
この本には、各星座の冒頭に魅力的な詩文が引用されいっそう趣きを添えているので、ここでも一部紹介いたします。
また、私の手づくりArtist Book「星座の本」で示す星の位置は、次の『立体で見る[星の本]』(杉浦康平・北村正利著)に準拠しました。天体を立体的に観ることができる美しくも精緻な本です!
さあ、賢治の歌に戻ろう! まず最初は "火の星アンタレス" を心臓に持つ「さそり座」からはじめるよ。
I. さそり座★ Scorpius /夏/
♪あかいめだまのさそり
夏の夜、南天に大きなS字形を描くさそり座 Scorpius。ひときわ "赤いめだま" のα星:アンタレス Antares 、その意は火星に対抗するものアンチ・アーレス、別名コル・スコルピオ (さそりの心臓)と言われます。
λ星:シャウラ Shaula(毒針)は、緑の美しい星。つわものオリオンのかかとをひと刺しでやっつけてしまった。(Ⅴ. オリオンの項参照)
λ星、υ星:この二つの星は双子や兄弟のような一対の星としてみられているのだそうだ。(「星座手帖」草下英明著より)
μ星、ζ星:ともに肉眼二重星(極めて接近して見える2つの星)で興味深い。
θ星:サルガス Sargas (尾の部分)
Ⅱ. わし座★ Aquila / 夏/
♪ひろげた鷲のつばさ
これを読むと奇しくも賢治とステファヌが重なって見えてきます。まるで二重星のように。
🔸 夏の大三角
The Summer Triangle
こと座 Lyraのα星:ヴェガ Vega (落ちる鷲、織女、おりひめ)、
わし座 Aquila のα星:アルタイル Altair (飛翔する鷲、牽牛、ひこぼし)、
はくちょう座 Cygnus のα星:デネブ Deneb (白鳥の尾)、
三つのα星が描く夏の夜空の大三角形!
わし座のβ星:アルシャインAlshain、γ星:タラゼド Tarazed などの固有名がついているが意味はよくわからない。
こと座のα星ヴェガは12000年後の北極星となることが約束されているのだそうだ。
🔸オルフェウスの竪琴
こと座のβ星:シェリアク Sheliak (リラ、琴)
ギリシア神話ではオルフェウスの竪琴で有名。毒蛇にかまれて死んでしまった最愛の妻エウリディケを取り戻しに黄泉の国に行くが、あと一歩のところで振り向いてしまう‥
このドラマは絵画やオペラでよく知られているが、あまりにも悲しくてせつない物語‥
この絵はギュスタヴ・モローの代表作『オルフェウス』(仏 : Orphée, 英 : Orpheus)あるいは『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』1865年、油彩、キャンバス。パリのオルセー美術館所蔵。
オルフェウスはエウリディケを取り戻すことに失敗し、トラキアで八つ裂きにされるが、死してなお、切られた頭が「エウリディケ!」と叫びながら川の流れを漂っていったという。この絵の右下に亀が見えるが、竪琴の共鳴部分は亀の甲羅でつくったのだそうだ。
Ⅲ. こいぬ座★ Canis Minor /冬/
♪あをいめだまの小いぬ
🔸冬の大三角
The Great Triangle in Winter
オリオン座 Orion のα星:ベテルギウス Betelgeuse (巨人のわきのした)、
おおいぬ座 Canis Major のα星:シリウス Sirius (天狼星=らんらんと光るオオカミの目)、
こいぬ座 Canis Minor のα星:プロキオン Procyon (犬に先立つもの)、
三つのα星が描く冬の大三角形がみごとです。
プロキオン Procyon は「犬に先立つもの」という意味だが、これはおおいぬ座のα星シリウスの昇る少し前に東の地平線を出るからでしょう。
Ⅳ. へび座★Serpens、へびつかい座★Ophiuchus /夏/
♪ひかりのへびのとぐろ
「星めぐりの歌」の "ひかりのへびのとぐろ" とは、へび座ではなく、りゅう座である、という説もあります。へび座は "とぐろ" を巻いていませんからね。また一説には星雲・星団だという見方もあるようです。
ですが、ここでは賢治を離れて私の好みでへび座に寄り道しようと思います。好みとは次の文章に関係があります。
『骰子一擲』は、「とうしいってき」、あるいは、「さいいってき」 と読みます。
草下英明氏の『星座手帖』で読んだこの引用が印象的だったので、マラルメについて少し調べました。
🔸『骰子一擲』
調べてわかったこと。
⚫︎これはフランスの象徴主義の詩人ステファヌ・マラルメ Stéphane Mallarmé(1842-1898)の作品で、「詩と偶然」がテ-マである。原題は《Un Coup de dés》 (1897年初出)。Un coup de dés jamais n’abolira le hasard. 「賽(サイコロ)の一振りは決して偶然を排さないだろう」の主文と、それにまつわる複数の挿入節の文章で構成される。
⚫︎自由詩とタイポグラフィを組み合わせ、さまざまに異なる書体や文字の大きさを用い、20世紀のグラフィックデザインとコンクリートポエムへの先駆けと言われる。
⚫︎ポール・ヴァレリーはマラルメの弟子で、詩篇「骰子一擲」の最初の読者だという。
天体の誕生と消滅、星々の並びの不思議や美しさに思いを馳せるとき、このヴァレリーの文章とマラルメの詩の考え方の一端をここに紹介したくなり、へび座をとり上げたというわけです。
⛎へびつかい座Ophiuchus
(上図の黒い文字)
α星:ラサルハグェ Rasalhague (へびつかいの頭)
β星:ケバルライ Cebalrai (羊飼いの心臓)
δ星:イェド・プリオル Yed Prior (前の手)
ε星:イェド・ポステリオル Yed Posterior (うしろの手)
η星:サビク Sabik (ぎょしゃ)
🐍へび座Serpens
(上図の青い文字)
α星:ウヌクアルハイ Unukalhai (蛇の首)
κ星:グジャ Gudja (メルテンスオオトカゲ)
両座ともに医術に関係が深いと言われています。
Ⅴ. オリオン座★ /冬/
♪オリオンは高くうたひ つゆとしもとをおとす
オリオンは、海神ポセイドンとアマゾンの女王エウリュアレの息子。月の女神アルテミスの愛人で狩猟の名人、力自慢のイケメン男子なのだが、女神ヘラの怒りをかい、毒さそりにかかとを刺されてあっけなく命を失う。(Ⅰ. さそり座の項参照)
オリオンの振り上げた右肩の赤い星 (上図左方の🔴)は、α星:ベテルギウス Betelgeuse (巨人のわきのした。和名は「平家星」)、左肩 (右方の🔵)はγ星:ベラトリクス Bellatrix (アマゾンの女戦士)。
下の二つはβ星:リゲルRigel (巨人の左足。和名は「源氏星」)とκ星:サイフ Saiph。
真ん中の三つ星の連なりは右からそれぞれ、δ:ミンタカ Mintaka、ε:アルニラム Alnilam、ζ:アルニタク Alnitakという名を持ち、帯 (Orion’s belt)という意味である。
Ⅵ. アンドロメダ座★ /秋/
♪アンドロメダのくもは さかなのくちのかたち
α星:アルフェラッツ Alpheratz (馬のへそ)、
β星:ミラク Mirach (おび)、
γ星:アルマ-ク Almach (くつ)
M31(メシエ31):有名な渦巻き形のアンドロメダ銀河、一千億個の恒星集団、直径十万光年。銀河系とほぼ同じくらいだそうだ 。
賢治の言う「アンドロメダのくも」はこの銀河のことであろうか。
『星座手帖』(草下英明著)によると「小宇宙メシエ31の存在、我が銀河系の外にある、とほうもなく遠い天体のすがたをしっかりとみとどけてほしい」と記されている。
🔸ギリシア神話のアンドロメダ
エチオピアの王ケペウスとおきさきカシオペアの娘アンドロメダは並ぶものなき美しさ。あまりの娘自慢に海の神ネレウスとその娘たちの怒りをかい、アンドロメダは海の怪物への生贄として海辺の断崖に鎖で縛りつけられてしまう(英名:the Chained Maiden)。
そこへ通りかかったのが、有翼の馬ペガススにまたがったペルセウス。彼は手に持つメドゥサの首で怪物を退治し、アンドロメダを救った。
ギリシア神話に登場するペガススもペルセウスも、星座となっています。
Ⅶ. おおぐま座★ Ursa Major /北天の空/
♪大ぐまのあしをきたに 五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは そらのめぐりのめあて
🔸北斗七星
この星座は「北斗七星」で親しまれ、英名は the Big Dipper (大びしゃく)。北斗七星は以下にあげる6つの二等星と1つの三等星 (δ星)でかたちづくられます。
α星:ドゥベ Dubhe (くまの背)
β星:メラク Merak (腰)
γ星:フェクダ Phecda (ふともも)
δ星:メグレズ Megrez (尾のつけね)
ε星:アリオト Alioth (意味不明)
ζ星:ミザ-ル Mizar (おび)
η星:アルカイドAlkaid (先頭の娘)
*η星はアラビア語でベネトナシュBenetnaschとも言われ、「大きい棺台の娘達の長」あるいは「泣き女の長」を意味するそうです。お葬式のとき、お棺の傍で泣きわめく女のリーダーですね!
α星とβ星を結んで北に5倍のばしたところが、そらのめぐりのめあて北極星です。
ギリシア神話では次のような変身譚が伝わっています。
ニンフ (森の精)のカリストはアルテミスのお気に入りで狩りのお供をする。美貌の誉れ高くゼウスの寵愛を受け、息子アルカスをもうけるが、ヘラの嫉妬を避けるため親子はくまの姿に変えられ天の星座(おおぐま座、こぐま座)になったという。
ル-ベンスやティツィア-ノがその様子を伝えています。
狩りの獲物にかこまれ、アルテミス*とニンフたちがカリストを慰めている。おそらく圧倒的な力を持つゼウスと出会ってしまった後の様子だろう。
--『神話百科』アーサー・コットレル著(原書房 1999年刊)より引用
*筆者注 ディアナはローマ期にアルテミスと同一視された。
Ⅷ. こぐま座★Ursa Minor /北天の空/
♪大ぐまのあしをきたに 五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは そらのめぐりのめあて
さあ、とうとう最後の星になりました。賢治の「星めぐりの歌」のおしまいは、こぐま座。英名は小さなひしゃく Little Dipper。
前項で記したとおり、こぐま座はカリストの息子アルカスの変身させられた姿です。
α星:ポラリス Polaris
β星:コカブ Kochab (星のなかの星)
γ星:フェルカド Pherkad
βとγは常に北極星のまわりをめぐり守護するかのような星なので、「極の守衛」、日本では「やらいのほし (矢来の星)」という名があるそうです。
*矢来=竹や丸太を縦横に粗く組んで作った仮の囲い (広辞苑)
🔸北極星
空のめぐりのめあては、現在の北極星ポラリス。こぐまのひたいに当たるのか、はたまた尻尾の先なのか、描く絵によって変わってきそうですね。
北天の夜空に大小2つのひしゃくが並びます。上がこぐま座(賢治の歌のとおりの位置に北極星が見えます)、下がおおぐま座。
未完のおわりに
さて、「星めぐりの歌」は宮沢賢治の最初期の童話『双子の星』にはじめて登場しますが、晩年の著作『銀河鉄道の夜』でも歌われています。まるで歌そのものが生きもののごとく、星のめぐりそのままに夜空を旋回運動しているように思われませんか!
そこで私たちも『銀河鉄道の夜』の終わりの部分を再読して星の旅をおしまいにしたいと思います。
(‥と言ってもこの作品は未定稿未完なので、編者によって違いが出ています。とりあえず私の手元にある岩波文庫版で 読んで "未完のおわり" といたします)
記事を書くにあたり参考にしたギリシア神話の本は以下のとおりです。
星めぐりの旅はいかがでしたか。なにしろ相手は宇宙なのですから混沌としています。それに星座に神話は欠かせませんが、これが一筋縄では行かないのです。ギリシアの神々ときたら我が強く、嫉妬深く、わがままで、欲深く、好色、よく言えば個性がやたらと強い。でも付き合っていくうちに憎めない可愛さが出てきて‥気のいいやつ、悪いやつ、いいかげんな人(神)、思慮深いひと(神)、おとこ、おんな、こども、若人、老人、そしていろんな動物たち、み-んなひっくるめて面倒見てしまう一大ファンタジーの世界なのです。
ギリシア語、ラテン語、アラビア語‥と、私には言葉もむずかしいうえに天文学の知識も容易ではありません。できる努力はしたつもりですが、記事中に誤りがないとも限りません。不行き届きの点はご容赦ください。また、ご指摘いただけましたら幸いです。
クラシック音楽と本と💖さえあれば! 最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。またお会いできますように! ごきげんよう。
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