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苦労噺④

介護士氏と別れたのち、引っ越しの準備が終わっていなかった私は一度家に戻った。

そして次の日、私はまたシェアハウスに帰ってきた。
すると今度は別の住民たちがリビングで食事をしていた。
挨拶をすると彼らは酒を私に勧め、話を始めた。

「私たちはここでいろんなものをシェアして暮らしているの」
と一人が言った。この住民のことをスーパー氏と呼ぼう。スーパー氏はスーパーでアルバイトをする傍ら、個人事業主をしていた。
スーパー氏は自分で作ったと思われる食事を頬張りつつ、一緒にいた住民とにこやかに笑った。この住民はアパレルの販売をしているので、販売氏と呼ぶことにする。
二人は日々生活に関わる情報を交換し合ったり、食事のシェアをしているらしい。

スーパー氏のシェアして暮らしているの、という言葉がなんとなく気にかかった。
言葉というよりは、言葉が出てきた時のニュアンスかもしれない。
この雰囲気、どこかで知っているような……

頭の中に沸いた違和感を放置し、我々は話をつづけた。
販売氏がぽつり、といった。
「そういえば、この家って細かい人がいるんだよね」
私はぎくりとした。
「エアコンの温度を下げすぎると怒ったり、会議の音がうるさいってすごくしつこいの」
それはまあ、シェアハウスであればさもありなんというところだ。バックグラウンドや体質の違う人々が集まればそういったトラブルはよくおこる。
はあ、まあそういうこともありますよね、と返すと今度はスーパー氏が
「本当に嫌になる。だから、あなたも何かあったら私たちか管理会社に言ってね」
と返してきた。

嫌な予感は当たったようである。この家には派閥があり、そこはかとない対立があるのだ。
正直面倒だと思った。陽だまりの家の温かな交流のことは忘れて、大人しく過ごそう。
そもそも仕事をして勉強をしていれば人とかかわる時間などほとんどないはずなのだから。

つづく





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