たとえそれが銀だとしても track1
「沈黙は銀で雄弁は金だ」
「いや、逆だろ」
沈黙は金で雄弁は銀だ。そして佐藤はうるさい奴だ。
「だって黙ってたら何考えてっかわからないじゃん」
「あえてそうすべき時もあるよっていうことを伝えたいんだろ。というかなんで急に格言が出てくるんだ」
「ユキってあんま喋んないじゃん?冷てぇなって」
「僕は普通に喋るけど。佐藤が暑苦しいんだよ」
中身のないやり取りをしながら、佐藤と僕は軽音部の部室でソファの上で溶けかかっていた。
季節は夏の終わり、まだまだ残暑が厳しいけれどうだるような暑さは少し抜け、夜風がすこしひんやりしだした頃。
埃っぽいガラクタの山が連なる部室にはなんでもあるが、なぜかクーラーだけがない。
昔大学の建物だった名残で、この高校には古ぼけた小体育館がたくさんある。小体育館はどれもどっしりとした石造りで中はひんやりとしている。
軽音部の部室はその中の一つにあったが、さすがにこの暑さではひんやり具合も焼け石に水だった。
「サト、山崎、いる?」
軽やかな声がした。副部長の吉井だ。サトというのは佐藤のあだ名である。
「山崎ちゃんはバンド練だな。代わりに幽霊部員が来てる」
佐藤がのんびりと答えた。そして僕の方をみてにやりと笑った。
「僕は部員じゃないぞ」
「同じようなもんじゃんか。自分の部活より入り浸ってるし」
「そもそも活動日がないから仕方ないんだよ」
僕は映画研の部員である。この高校の軽音部と映画研はなぜか部室を共有していて、奇数の日は軽音部、偶数の日は映画研の活動日だった。
ただ、映画研は斜陽部だった。活動しているのは僕と、軽音部と兼任している山崎くらいだ。やることもなし、だから活動日もなし。夏は暑く冬は寒い部室でプロジェクターを使って観る映画より、快適な家で一人スマホで観る映画の方がよっぽどいいというのが僕と山崎の共通見解だった。
もともとギターは好きだったので、かわりに同じ部室仲間として軽音楽部の活動日に遊びに来て、時々楽器に触らせてもらっていた。
「今日は文化祭の前だからどのバンドも部室を避けてスタジオ練習してるんだろ。佐藤、お前はここでぐーたらしてていいのか」
「俺は後から行く。出番も後半しかないしな」
まったく、呑気なものだ。
うちの高校の文化祭はそれなりに有名で、当日は校外の人々も含めてたくさんの人でにぎわう。目玉は3年生たちの演劇と、中庭ステージの出し物。バンドは花形である。
「サトは部内でも一番上手いのに何でこんなふぬけた感じなのかねえ。さぼってばかりならその腕俺にくれよ。オレが三刀流やるからさ」
「やだよ、腕がなかったら俺バランス保てないよ」
「ただでさえ人生ふらふらしてるもんな。あー、なんでサトばっかりおいしいところを取ってくんだろ」
吉井が残念そうに言う。佐藤はキーボードの担当で、ベースも弾く。なんならギターもうまい。部内で組まれたバンドからは引っ張りだこだった。
「なあユキヒラ、なんかいい方法ねぇかな?」
「なんのだよ」
「サトの腕を盗む方法」
吉井は僕にまで絡んでくる。この軽い感じが若干苦手だ。
というか、本人にも伝えてあるのだがそれでも絡んでくる。そういうところが苦手だ。
「ないだろ」
「ユキヒラは冷てえなあ」
「吉井が面倒くさいんだよ」
さっき聞いたようなやり取りをしていると、茶髪の女の子が部室に入ってきた。
「サト!ここにいたの!」
「げぇ。山崎ちゃんじゃないの」
言葉とは裏腹に、佐藤はにやにやしている。
「げぇ、じゃないから!早く来てよ」
「ふぇー」
「鳴き声がキモい!」
「分かりました、行きますって」
パタパタという足音を立てながら二人が部室を出ていく。
「ほんと山崎も好きねえ」
「まだ付き合ってないんだな、あの二人」
「え、知らねえの?」
「何を」
「山崎ってユキヒラのことが好きなんだよね。だからユキヒラと仲良しのサトに攻略法聞いてんの」
吉井はなんでもなさそうに言う。一瞬思考が止まる。
山崎と僕、部活動もほぼないからほとんど接点がないのだが。
「嘘だろ?」
若干動揺を隠せない声色になってしまった。恥ずかしい。
「もちろん嘘だよ」
やはりこともなげに吉井は言う。
「お前なあ」
「実際、興味ないなあ他人の恋路とか」
吉井は女の子にも軽い雰囲気のくせにそこらへんは結構ドライだ。
軽くため息をついてソファの近くに立てかけられていたギターを鳴らす。
僕がひそかに憧れている佐藤のリッケンバッカーは、ジャーンと切れ味の良い音を立てた。