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本当に70歳まで知能は伸び続けるのか?データが示す残酷な現実

「高齢になっても知能が成長し続ける」「脳の白質は40〜50代でも増加する」「結晶性知能は70歳ごろまで伸びる」日経が記事にしましたね。確かに、実生活の中で積み重ねた経験値や語彙力、知識は年齢とともに深みを増すことがあります。いわゆる「脳の加齢変化」に関する研究データを精査すると、「70歳まで知能が成長し続ける」という文言にはやや誇張や解釈上の問題があるのではないかと思います。はじめて本業(では全然ないが)のことを記事にした気がしますが、どうぞお付き合いください。

「70歳まで伸びる説」の根拠とその限界

記事では、処理速度などに関わる「流動性知能」と、経験や学習による蓄積(知識・語彙など)を反映する「結晶性知能」があるとしています。近年の一部メディアや書籍では、「加齢によって流動性知能は衰えるが、結晶性知能は70歳前後まで伸び続ける」というキャッチーな主張が強調されがちです。

これらの説は、40歳以上の人々を対象とした特定の調査結果や、一部の脳画像研究の知見(40~50代の白質体積増加など)を根拠としています。しかし、実際には下記のような要素が見落とされているのです。

  1. 被験者層の偏り
    多くの研究は中高年以降の被験者を中心に測定し、「若年層も含めたライフスパンでの同一基準比較」をしていません。「40代以降で見れば確かに結晶性知能は伸びるかもしれないが、20代・30代との比較を適切に行っていない」という問題が生じます。

  2. テスト内容の差
    「テスト」が評価しているのは、あくまで定義づけられた結晶性知能の一部指標にすぎません。日常や専門分野で本当に求められる複雑な推論・問題解決能力には「流動性知能」も必要不可欠ですが、流動性知能の低下は一般に30代以降、特に50代以降に顕著だとする報告が多く存在します。

  3. 個人差・環境要因
    加齢による脳萎縮の速度、生活習慣、運動量、学習や仕事での刺激量、睡眠の質など、脳機能を左右する要素は膨大です。一般論として「70歳まで知能が伸びる」と言ってしまうと、こうした個人差を無視しかねません。多くの人は「手遅れ」な状態なのが現実です。

「若さ」の重要性

いわゆる「伸びる」とされる結晶性知能であっても、高齢になってから急に語学や楽器、運動などを始めても習得スピードや短期記憶力が著しく衰えている現実は変わりません。若い時期からの下地づくりがあってこそ、結晶性知能の伸長が顕著になるのです。

  • 流動性知能のピークは20代
    数多くの大規模研究から、処理速度やワーキングメモリといった流動性知能のピークが20代代前半であることは比較的定説となっています。以降は個人差こそあれ、多くの場合、ゆるやかに右肩下がりになります。

  • 「知的好奇心」の継続が鍵
    向学心や好奇心が旺盛な人ほど、結晶性知能を後天的に増やしていく可能性が高いとしていますが、そのためには実践的な学習機会・習慣が若い頃から確立されていることが前提となります。逆に、加齢後に初めてそうした学習習慣を身につけようとしても、脳の可塑性がやや落ちているため、習得効率やモチベーションの維持が難しくなりがちで、若い人にとっては「簡単なこと」でも若い人の何倍も努力しないといけなくなります。

  • 新生ニューロンが生まれる海馬も万能ではない
    脳の海馬では高齢になっても神経細胞が新生するといわれていますが、それが即「脳機能の若返り」や「学習効率の向上」に直結するわけではありません。認知機能を維持する上で助けにはなるかもしれない一方、若い頃の状態を完全に再現するのは困難とする見解が一般的です。

早いほど良い、遅ければ後悔は当然

こうした結果を踏まえると、「70歳になってからでも脳がどんどん賢くなる」という誇張されたイメージは、実情と乖離があります。もちろん、趣味で楽器や語学を始めるのは脳への良い刺激になりますし、人生を豊かにする意味でもぜひ続けたいもの。しかし「多少衰えても伸ばせる可能性はゼロではない」と「若い頃と同じペースでどんどん吸収できる」はまったく別物といえます。

知識や語彙力などの結晶性知能は加齢とともに深みが増し、70歳近くまで向上するといったデータや報告が存在するのは否定はしません。ですが、それはあくまでも「すでに豊富な知識・経験を持っている人」の話。さらに、その一部の伸びだけを捉えて「知能そのものが全体として伸び続ける」と言うのは、誇張されたイメージを与えてしまっています。

ですので、やはりキャリアや専門分野を若いころから深掘りしておく、学習習慣を長期的に継続する、健康習慣を守るなど、それらが最善策であるのは揺るぎない事実で、それをしてこなかった人たちは「手遅れな状態」ともいえるでしょう。若いうちがチャンスなのです。

もちろん、一生涯学習によって高齢になっても新しいことを習得し続ける人はいます。そうした事例は「やらないよりは絶対にやった方がいい」という証拠でもあります。とはいえ、確固たる下地なしにシニア層になってから一気に知能を伸ばすのは容易ではなく、「やはり若いころからの積み重ねが重要」という事実は変わりません。チャンスを逃さないのも人生、諦めるのも人生です。

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