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【ショートショート】カルテの中の小説

この心療内科に通って10年以上になる。

私の心のことを一番理解してくれるのは杉本先生だ。

杉本先生は、常に最新の研究論文に目を通し、それぞれの患者の現状を踏まえ患者と接している。
と私は感じている。

私はこの精神疾患と共に歩んだ経験を小説にしようとしている。

先生との約束なのだ。

「小説を書くことで、自分を客観的に見るキッカケができると思います。
とにかく書いてみることが大事だと思います。
あなたの鋭い感性なら、もしかしたら大きな賞を取っちゃうかもしれませんね。」

杉本先生と私をモデルにした登場人物が二人三脚で病気と闘い、ときには共存を目指す試行錯誤の日々。
先生に出会うまでに見てきた「職業医師」や「職業カウンセラー」たちのことも書いてある。

小説は完成した。
長編小説。
何度も校正したつもりだ。
先生が読んだらもっと良い表現にしてくれるかもしれない。

「先生。小説完成しました!」

「ついに、できたんですね!
おめでとうございます。」

「これ、先生に差し上げます。
宜しければ、感想を聞かせていただけたらと思います。」

「え。わざわざ印刷して頂いて。
ありがとうございます。」

私は小説を書き切り、ひとつ壁を乗り越えたような気がした。

次に進めるような気がしている。

杉本先生のサポートがなければここまで来られなかった。

「小説」。
「論文」ならなんぼでも読めるんだけど。
「情景」とか「行間」とか「巧みな文章表現」とか。
「小説」はまどろっこしくて苦手なんだよな〜。
「内容を簡潔に箇条書きにしてくれ!」と思っちゃうんだよな〜。
カルテが分厚くなっちゃうな〜。
出来るだけペーパーレスにしたいのだが、この枚数をスキャンするのも手間だな〜。
表紙だけ残してあとは廃棄?
それは流石に人としてダメか。

仕方ない。
分厚いけど丸ごとカルテにぶっ込んどけ。

「え〜次の方どうぞ〜。」

「大賞は『心療の情景』です!」

「先生のお陰で人生が変わりました!ありがとうございました!」

私はインタビューを受ける度にお礼を述べた。
心からそう思うから。

(おいおいおい取材が来る前にカルテに挟まってたヤツ急いで読まないと!)

(終わり)

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