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【ショートジュース】ジュースを奢れ!

私はこの店のオープン当初からパートをしている。

4年目になる。

新しく来た店長はほぼパートに仕事を任せて、ほとんど店に出てこない。

店長は意識が本部に向いているので、パートのことなどあまり考えていない。
しかも、ピントがズレている。
どうも降格させられて、ここにやってきたのではないかと噂されている。

店長は50代。
細身で長身なので、第一印象は厳しそうな人が来たなあと思った。

ただ、直ぐにメッキがはげてポンコツぶりが露わになった。

まず、シフト表が作れないのか、やる気がないのか、実質パートがやっている状態になってしまった。
店長は「今度出張のときに、あそこの和牛ハンバーガー奢ります。」なんて
学生時代にモテてた思い出を引きずったような「時代錯誤右半分かき上げ髪型」をしながら誤魔化している。

「いいから仕事しろよ。」と思うが、
「疲れたときにジュースでも奢ってくれれば十分ですー。」とジャブを打っておく。

ある日、
店長に依頼していたスキマバイトが一日ズレて派遣されて来た。
一番忙しい日が更に忙しくなった。
しかも、どうでもいい日に一人多いから「何やらせればいいの?」という状態になった。
人をイライラさせるのがうますぎる。
誰かが堪らず、
「ズレてるのはスーツのサイズだけじゃないのかよ」と噺家みたいな事を言った。

グループLINEに苦情を書いても一向に既読がつかない。
結局、何の返信をせず最後までスルーし通した。
常に想像の少し上(下?)を行くのが店長という男である。
なお、ネクタイはややナナメである。

そんなある日、雇用関係の説明だかなんだかで
私を含むパート代表三人と店長で本部に行くことになった。

店長の運転で移動。

途中、コンビニで店長が「焼きたてスウィートクリームメロンパン」と紙パックの野菜ジュースを買う。
野菜を摂って健康志向を装っているようだが、
結局両方甘いことは動かしようのない事実である。

本部に到着した。

私たちパートは会議室のイスに座らされた。

店長は突然ノートパソコンをカバンから取り出し、メロンパンを頬張りながら入力作業を始めた。
野菜ジュースが無くなったことを示す
「ズズーズズーズズーズズー」という音が会議室いっぱいに響き渡る。

「え?何の時間?」

10分くらい経ったのだろうか?
だが、疲労感は1時間くらいに感じられた。

時計を見たら、13時である。

どうやら「サイレント自分だけ昼食買い出し」を決められた格好になったようだ。

コンビニに寄ったとき、
「ここで昼食の買い出しして下さい。」くらい言えないのかよー!

ていうか、店長なんだから昼飯くらい奢れよー!

せめてジュースくらい奢れよー!

頭に来たので、
「私たち昼ごはん食べてないんですけど。」と直球を投げ込んでみた。

すると、店長は
「一階にコンビニ入ってるから買い出し行って来ていいですよ。」
などとズレたことを言ったため、パスボールが記録されランナーは二塁に進塁してしまった。

「店長、前に「ハンバーガー奢ってくれる」って言ってたじゃないですかー。せめてジュースくらい奢って下さいよー。」
と内角ギリギリにシュートボールをぶち込んだ。

顔の近くをかすめたのかは分からないがイラッと来たようで、
「いや、何で?俺が?」と言い出す始末。

ダセーなーもー。

どこにプライド持ってるんだよ全くよー。

いいから奢れよ。

「シフト表作ってるんだから、ジュース代三人で千円もしないんだから安いもんでしょ。」

「奢るかどうかは私の気持ちだから、それとこれとは別ですよ。」

これ程どうでもいいプライドのぶつかり合いはなかなか見ることが出来ない。

ブチ切れた私は、
「いいからジュースくらい黙って奢って!」
と大きめの声で要求し、店長が、
「何で私が奢んなきゃいけないんですか?」
と会議室に響きわたるくらいの声で叫んだその瞬間に本部の人事担当者が会議室に入って来た。

彼の左手にはコンビニのビニール袋が握られており、中から
「CHILL OUT リラクゼーションドリンク」
と書かれたラベルがうっすらと浮かび上がっていた。

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