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【ショートショート】はせぴょん
俺は過去最高に忙しい部署に配属になった。
俺以外は皆、定年前の大先輩ばかりで若手は俺ひとり。
つまり、雑用係である。
先輩方はパソコン関係が疎く、そこまで詳しくない俺が「パソコン先生」を兼務していた。
そんな調子だから、自分の受け持ちの仕事は先輩方が帰ってからやるしかなく、帰りが12時を過ぎることもしばしばだった。
出張にもほぼ駆り出される。
「出張先の雑用係」がいないので仕方がない。
社用車を依頼すると、どういうわけか「ドライバー要員」が来てくれることになった。
出張先は函館だった。
ドライバーは「長谷川」というマイペースな男で、初日の夜くらいには先輩方から「はせぴょん」と呼ばれ始めていた。
はせぴょんは時々いなくなる。
携帯に連絡しても出ない。
車の鍵は、はせぴょんが持っている。
「仕方ないから歩いていくか。」なんてこともあった。
それでもなんとか仕事を終わらせて、最後の夜は函館の街へ繰り出した。
会話の半分くらいは「はせぴょん」関係だった。
本人は出張間のミスに対して「分かりやすい言い訳」をしていたが、何となく憎めない感じがした。
先輩方も「怒っている」というよりも「イジっている」という感じだった。
はせぴょんは「来月一杯で転勤」とのことだった。
俺はもう少しいてほしいと思った。
それから約半年後。
回覧文書類をバインダーに綴じていたとき、ある「訃報」が目に入った。
『長谷川 ◯◯』
「これは、「はせぴょん」のことじゃないか?」
と思った。
年齢、転勤先も合っている気がした。
近くにいた先輩に「訃報」を見せた。
「これ、「はせぴょん」じゃないですかね…?」
「はせぴょん?」
「函館出張のとき、ドライバーやってくれた。」
「函館のときのドライバー?
しかし「はせぴょん」って。
マジメなお前が「ぴょん」とか言うと面白いね。」
「いやいや。
あのとき突然いなくなったりして皆困ってたじゃないですか?
「はせぴょん」って皆そのとき呼んでましたよ。
先輩が「はせぴょん」のこと一番イジってたし。」
「…いやー。思い出せないわ。」
それ以来俺は、
「あの人に嫌われてたらどうしよう?」
みたいな考えても仕方ないことが頭の中をグルグル回って止められないときに、
「はせぴょんはせぴょん」
と唱えるようにしている。
すると、「はせぴょん」が出て来て、俺に都合の良いように、その人の記憶を少しだけ操作してくれるのだ。
つまり、「はせぴょん」は俺の「スタンド」みたいなものだ。
(終わり)