まつりのあと:6_②
パレードまで、まだ時間がある。石原は待ちきれないといった様子で、駅前の賑わいに目を向けていた。
私はカメラの準備。前に一度使ったけれど、その時は浩太が設定をしてくれたから、ただシャッターを押しただけ。バッグに説明書は入っていない。カメラを首から下げ、スマートフォンで使い方を検索。
「オートフォーカスで、大丈夫だと思います」
意外な言葉に、私は石原を見上げた。石原の視線はカメラに。
「ちょっと、いいですか?」
石原の手がカメラを指す。私はストラップを首から外し、カメラを渡した。レンズカバーを外し、石原はモニターを覗き込む。
「設定は簡単ですから……もうこれでオッケーです。シャッターボタンを軽く押せば、勝手にピント合わせてくれます。あとは、グッとボタンを押せばオッケーです」
自分の手に戻ったカメラを覗き込み、試しにシャッターボタンを押してみる。
モニターに映し出されているのは、アスファルトと、私の靴。靴を真ん中に位置するようにカメラを動かし、石原に言われたようにシャッターボタンを軽く押す。すぐにピントが合った。安堵。浩太の望むような画を残せるかどうかわからないけれど、約束は果たせそうだ。
「ありがとうございます。詳しいんですね」
「現場でデジカメ使いますからね、その場の状況を記録するだけですけど。だからぼかしたりとか、何かこう、カッコいい撮り方はわかりません」
「充分ですよ。私は撮るならスマホなんで、本格的なカメラ持ってるってだけで、何だか緊張します」
「晴菜さんって、フィルムの時代ありました?」
「ありますよ、三十ですよ。全然デジタル世代じゃないので」
「俺も、フィルムのほうが長いです。使い捨てカメラとか」
「ありましたね、それ。自分でフィルム巻くヤツ。巻いてなくてシャッター切れないとか、よくありました」
「ありましたありました! 修学旅行に持ってったり……懐かしいなあ」
「……石原さんって、おいくつですか?」
「何歳に見えます?」
「女子っぽいこと言いますね」
「冗談です。三十六です」
「数えですか?」
「満です」
「うちの姉と一緒ですね」
「お姉さんより老けてます?」
「男性は、60からが本番だと思ってます」
「それは……良い方に受け取っておきます」
「そうして下さい」
石原の気配は沈みを感じさせなかった。だから謝らなかった。先日の喪服姿より若々しいと思ったけれど、それも言わなかった。喪服姿と比べるのを、褒めると呼べるのかわからなかったから。
伝統芸能パレードは市役所をスタート地点として商店街を練り歩き、駅前の大通りにやってくる。スタート時刻は過ぎたけれど、目の前にやってくるにはまだ時間がかかる。黙ったまま石原と過ごすのも気まずい。石原を残してひとりで歩き回るのも気が引けるし、一緒に場を離れても結局はまた沈黙に陥るだろう。
私は左隣の石原をチラリと見上げた。幸い顔は、私を見ていない。今か今かとパレードの先頭を待ち受けている高揚感が伝わってくる。
石原だけではない。祭りというのは、子供よりも大人が楽しむためにあるのではないか、と思わせるような純朴な気配が、そこかしこにある。
何でこようと思ったんだろう?
ふと浮上した単純な問いを、素直に口にすることにした。
「石原さんは、何で祭りに?」
「前から見にきたいなとは思ってたんですよ。実は、加島はこの町の出身なんです。その縁で、おやっさんとは親しくさせてもらったみたいで。俺は二人から祭りの話は何度も聞かされました。でもなかなか……今年は運良く仕事が暇で。って、暇なのは良くないんですけどね」
「そうなんですね……ご自宅って、遠いんですよね?」
「片道、三時間ぐらいですかね。それほど遠くでもないです」
「充分遠いですよ」
「運転は好きなんで、苦になりません。車の中って完全に自分だけの空間だし」
「それは、わかります。他の町の祭りなんかも見に?」
「いや、地元の祭りに参加する程度です。この祭りは、ちょっと特別な感じがして、見てみたかったんですよね」
「特別? 何がですか?」
「……思い入れ、ですかね……あ、晴菜さん、喉乾いてます? 買いに行ってきます。何がいいですか?」
「あ、えっと……ホットなら何でも。お願いしても、いいですか?」
「はい。行ってきます!」
然程渇きは覚えていない。けれど石原も間が持たないのだろうと理解し、申し出に乗った。人混みを縫っての移動だから、それなりに時間は費やせるだろう。