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コーディネーターはスワンボートに乗って Ⅱ⑦§ Membro kaj urbesto(=Aro)  : Member and city §

 フリーコックは俺に運命を感じたらしい。理由は、ヤツの【予備のトラベラーヴォ】が勝手に俺に寄生したから。それはとても稀有な現象なのだとか。

「コイツが原因ってことかよ」

 手で髪をグシャリとしながら、頭の中にいるであろう謎の生物を思う。

「……無理だろ。だってこんなのどう考えたって非現実的過ぎるだろーがっ」

 思わず大きな声が出た。自分の行動にヤバさを感じると同時、

「おーゥい、お待たせ。できたぞォ」

 のんびりとした声を放ちながら、フリーコックが戻ってきた。差し出されたのは二種類のサンドイッチ。挟んであるのはツナ(多分)とスパム(おそらく)。

「ほら、食べて食べて」
「あ、ああ……いただきます」
「うまい? おいしい? どっち?」

 選択肢に不味いはないのか。相当自信があるらしい。まあ、普通にうまいけど。

「なあ、マサキ。沈んだハウスボート、狭かったよな」
「いきなりなんだよ。他のに乗ったことねぇし……普通なんじゃない?」
「いやいや、狭いでしょォ」
「比較する対象ナシだって」
「比較とかじゃなくてマサキの感覚で、ってこと。ひとりひとりのスペースが狭くないかって」
「まあ、そりゃ、広くはないけど」
「よし、決めた! 少し大きめのハウスボートを発注する!」
「やめろよ俺をダシにするの。チェルボに任せてんじゃないのか? 予算もあるんだろ?」
「ある。あるけれど。それはマサキが入る前の予算だから。社員が増えたんだから予算も増やさないとォ」
「だから俺をダシにすんなって。だいたい、お前が勝手に社員にしただけで俺は別に」
「じゃ他に仕事探す? アーロで? ひとりで? 知り合いいるの? 住まいはどうする? 自分で部屋探しする?」
「質問攻めやめろ……買えばいいんじゃねえの、デカいハウスボート」

 うむ、と言って、フリーコックは紙とペンを持ってきて、絵を描き始めた。

 屋根が緑化されたハウスボート。木目のデッキにログハウス風の船室。開閉可能な正方形の窓と、あかり取りの丸窓。舳先にはしなやかな曲線を描くスワンの姿。え、なんで? 沈んだハウスボートにもスワンがくっついていたけど。

「なんでハウスボートにこれつけてんの?」

 俺はスワンを顎で示した。

「チャーミングだろ?」
「マヌケっつーんだよこういうのは! 足漕ぎボートじゃあるまいし」
「お守りみたいなもんさ」
「なにから守ってくれんだよスワンが……とにかく次は、沈まないボートにしてくれよ」
「おっ、やる気満々だなァ、いいよいいよォ、次の出張も頑張ろうな!」
「別にそういうことじゃねーし……沈むってあり得ないだろ普通」
「もうない! ああいうのはもうないから。だからさァ、食べた感想聞かせて」
「流れがおかしいだろ」
「流されるの得意だろォ」
「うるせぇぞマジで」
「ゴメン! ほんっとゴメン! 謝る色々。あれもこれも謝るから許してください、お願いします!」

 フリーコックは直立して俺に頭を下げた。小さく、ゴメンゴメンゴメン、と繰り返している。本気で謝っているかは、だいぶ怪しいけど。

「いや、まあ……もういいけど別に」
「ホントに?……許してくれる?」
「ああ」
「ホントに?」
「ホントに」
「ホントのホントのホントに?」
「しつこい! ホントだっつってんだろ」
「だってマサキ、お前このくらいしないと本音言わないんだもーん」

 バッと顔をあげたフリーコック。これでもか、というニコニコ笑顔。

「本音言わずに溜め込むと、ストレス溜まるぞォ」

 ストレスの原因を教えてやろうか、と言う前に、脱力。これ以上コイツの相手をすると、ぶっ壊れてしまいそうだ。冷えた床に身を任せて目を閉じる。
 
 なにしてんだ、俺
 なんか眠い
 状況に対する脳の拒否反応?
 拒否するよ、そりゃ
 俺は普通の、ごく普通の、いや、それ以下の人間なんだから
 
「マサキ……おい、どうした? 腹痛いのか?」
「腹痛くなるようなもの食わせたのかよ」
「まさか。あれな、お前の世界の食材。カンヅメってやつ。入ってたのはなにか知らんけど、口に合っただろ?」
「……知らずに食わせんじゃねぇよ」
「声ちっさ! 具合悪いのか? 毛布、かけてやろうか?」
「うるせぇ……」

 フリーコック、沈黙。

 数秒待って、俺はうっすらと目を開けた。フリーコックと目が合った。おぶって運ぼうか? というジェスチャー。動きだけなのにうるさい。余計うるさい。だけど少し、笑ってしまった。

「……眠いだけだから。ホント、大丈夫だから」
 
 大丈夫?
 なにが?
 わからない
 
 わからないのに、口が勝手に動いた。コイツに気を遣う義理なんてないのに。

 思考をまとめられないほど疲れていて当然だ。たぶん今まで生きてきた中で一番、五感が活発に動いている。

 空間にある光、匂い、食い物の味。どれも俺の世界と同じようで、どこか違う。いや、必死で違いを探してしまっているのかもしれない。フリーコック達に対しても、そうなのかも。これが普通だと受け入れれば、楽なのかも……いや、無理。

「マサキは、まだ暗いうちに一度起きてきたもんな」

 気づいていたのか。眠りが浅いんだ。船の揺れにも慣れていないし。

「ゆっくり休め。ちゃんと起こすから大丈夫だ。屋台村が開いたらメシ食いに行こう」
 
 いいね、屋台村
 気になってたんだ
 なに食おうかな
 なに食おうかな……?
 
 別に楽しみにしているわけじゃない
 まだ腹が減ってるだけ
 多分
 
 起きたらまたコイツらがいるのか?
 もしかしたら今度こそ俺のベッドかも
 そしたら起きてキャンプに行く
 いや、連休終わりだ
 会社に行かないと
 だけど全く休んでいないし突休でもう一日休もうか
 ダメだ、ちゃんと行かないと
 俺にだってそれなりの責任感がある
 迷惑をかけちゃいけない
 だけど、別に誰も困らないかもな
 俺ひとりいなくなっても世界が止まるわけじゃないし
 
 元の世界に戻れても、そんなに嬉しくないかもな


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