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L-TRIPインタビュー企画 #3-3(後編)『肺移植と社会』

本記事は前編・中編・後編の3部構成の中の「後編」となります。
▼前編▼

▼中編▼


ゲスト:nasubi365さん
30代男性。高校生の頃から特発性間質性肺炎に罹患し、30歳で脳死片肺移植を経験して、現在は酸素不要の生活を取り戻している。移植前まではリハビリ関係の仕事をしており、現在は体調に合わせながら在宅でPCを使って働いている。



9. 治療中の困難とその乗り越え方を振り返る

— 肺移植前後の体験を聞かせていただきありがとうございました。ここからは、一旦現在までの治療生活を総括してのお話を伺いたいと思います。移植から現在までで、一番体力的・精神的に辛かったと感じるのはいつ頃でしょうか?
もちろん移植前も辛い時期はありましたが、私の場合は、移植してから日常生活に戻って来たときも辛かったです。当時は一人暮らしをしていたので、拒絶反応の心配、薬を忘れず飲み続けなければならないことへの不安があり、当時は新型コロナウイルスが流行していた時期だったというのもあります。これらの懸念から、振り返ってみると1年くらいは不安な生活をしていたように思います。

— 私にも肺疾患を持つ家族がいるので、お気持ちは少しわかる部分があります。新型コロナウイルスの流行は特に最初怖かったですよね。
今となってはワクチンなどが存在していますが、当時は何もなかったので。また、移植となると免疫抑制剤を飲むことになるので、ワクチンの効果も十分でなくなる可能性*もあり、不安な思いがありました。

*ワクチンと免疫抑制剤の関係:一部の免疫機能を抑制する薬を飲んでいる場合、ワクチンを接種しても抗体がつきにくいことがあります。ただ、多くの薬はその関係性が明確ではなく、感染症にかかることによるリスクのほうが大きいため、薬を飲んでいてもワクチンをしっかり接種することが推奨されています(場合によっては追加接種の対象となります)。

日本リウマチ学会のHP等を一部参照

— 不安はどのようにして乗り越えられたのでしょうか?ある程度慣れてくるものですか?
こればかりは、1年も経つと様々なことが習慣化して慣れてきたお陰で解消したというのが正直なところです。薬も移植直後に比べるとだんだん減ってきて、健診のたびに先生方から「今回も大丈夫ですね」と言ってもらえたことも大きかったです。また、拒絶反応に関しても、ある程度時間が経つと急性期のリスクが変化する*というのもあり、徐々に安心してきた部分はありました。

*拒絶反応のリスク:臓器移植では、患者さんにとって「異物」と認識される他の方の臓器を移植するため、免疫系が移植臓器を攻撃してしまうことがあります(拒絶)。これを防ぐために患者さんは免疫抑制剤を服用する事が必要になります。拒絶反応は移植当日に起こるような超急性期反応、1週間〜3ヶ月で起こる急性期拒絶反応、更に時間が経過してから起こる慢性拒絶反応があり、それぞれ病態が異なります。

日本移植学会のHP等を一部参照

10. 移植に関する情報収集の方法

— 話は少し戻りますが、移植に関する情報収集について伺います。移植の話が先生から出た時、nasubi365さんはどのようにそれに関する情報を集めていましたか?多くの患者さんが悩む部分ではないかと思いまして…。
私の場合は、実は最初の情報源は家族でした。先にお話した通り、親族が若くして亡くなっていたので、その時に家族は移植についてはなんとなく知っていたようです。

— ご家族の関係もあり情報収集が早かったのですね。他に医療者に質問する機会などはありましたか?
オフェブを飲み始めた時に、呼吸器内科の先生から「将来的に肺移植の適応になる可能性があります」と言う話がありました。その際に移植コーディネーター*さん及び移植病院の先生と繋いでくださり、更に詳しく情報を得ることができました。

*移植コーディネーター:ドナーやその家族の意思を活かし、レシピエントに最善の方法で提供されるように橋渡しをする役割の方。移植の前のレシピエントの患者さんの不安や疑問を解消するために奔走してくださっています。

日本臓器移植ネットワークHP

— 肺移植の当事者の方の話などを調べる・聴く機会はありましたか?
ネット上で調べたことはありましたが、正直なところ、自分が肺移植を受けたら本当に良くなるのか?どういう体になるのか?その後の生活は?という部分について、最初はあまり良いイメージが湧きづらかったです。何も分からなかったので。その不安を移植コーディネーターさんに打ち明け、実際に肺移植を受けた方とお話できないかお願いしたところ、外来日に合わせてその機会を設けてくれました。

— 自身の不安を正直に打ち明けたのがよかったのですね。
はい。わからない部分が多かったので、どうしても移植の後に対して良いイメージを持たないとメンタル的に我慢できなかったです。実際に、肺移植を経て元気に暮らしていらっしゃる方の声を聴くことができたのは、私にとって非常にプラスになりました。

— 私が現在のようなインタビューをしているのはまさにそういった目的です。nasubi365さんが肺移植を経験された上で暮らされていることは、多くの患者さん、特にまだ移植の話が出ていない方にとっても、希望になると思います。


11. 同じ立場の患者さんへのメッセージ

— 同じように肺疾患を持って、移植を待っている・検討している方へのメッセージを頂けますでしょうか。
簡単ではないかもしれないですが、どうか前を目指して生活してほしいと思っています。例えば間質性肺炎ですと、現状は特効薬のようなものはありません。移植の選択肢は残されていますが、残念ながらすぐに順番が回ってくるわけではありません。だからこそ、それまでにやったほうが良いことが多くあると思います。だからこそ前を目指してほしいです。

— 「やったほうが良いこと」とは、具体的にどのようなことだと思いますか?
無理のない範囲で身体の健康管理を行うこと、栄養状態を考えること、体力が落ちないように運動することなど色々あります。特に体力は本当に大事で、できる範囲で毎日運動する癖(私は筋トレしていました)はつけたほうが良いと思います。高タンパク高カロリー食も心かけ、体重を維持するよう心がけました。

また、自分のメンタルを保つことは、移植を待つ際に特に大事です。できる限りでいいのですが、趣味など「その時の自分にとって楽しいこと」を見つけて、希望を持ってほしいと思います。仕事がある方は仕事で気晴らしをしても良いです。

医療は確実に進歩しています。何年か前まではオフェブもなかったはずで、なかなか線維化の進行を抑えることもできませんでした。今は特効薬とは言えなくとも薬があります。肺移植も、およそ20年前までは日本で実施することもできませんでしたが、近年着実に件数が増えてきています*。

*肺移植の実施件数:肺移植は1998年に日本で初めて実施されて以降、件数は諸外国に比べて少ないものの着実に増加傾向にあり、2010年の改正臓器移植法施行以降、特に増加しています。2022年には累計1000例に達しました。

日本肺及び心肺移植研究会. レジストリーレポート2023

私は頑張っていれば次に繋がると信じて生活していましたし、現在待機中の方々には、少しでも前向きな気持を持ってもらいたいです。

— 移植に向けては、メンタルを少しでも良い状態に保つ事が本当に重要になりますからね。様々な工夫をされていたのだろうと想像いたします。


12. すべての読者・社会へのメッセージ

— 次に、一般の方に知ってほしいことはありますか?
やはり、移植をする上でのドナーの数が少ないことを知ってほしいです。移植にたどり着ければ助かる可能性のある方が、ドナー不足により助からないということが起きているのが事実です。移植医療は何かしらの原因で脳死状態になってしまった方の善意で成り立っていますので、「ドナーが増えてほしい」という表現はしません。ただ、臓器提供の意思表示*については多くの方に知ってほしいと思います。

*臓器提供の意思表示:臓器提供の意思表示は、健康保険証・運転免許証・マイナンバーカード・意思表示カード・インターネットによる意思登録で意思表示(したい、したくないのどちらも)をすることができます。

日本臓器移植ネットワークHP

— 運転免許証や健康保険証の裏で可能な意思表示が、私たちが想像している以上に知られていないのは社会の課題ですよね。そういったことをぜひ今後一緒に解決していければと考えています。
また別の点ですが、肺の病気って周囲から見て分かりづらいんですよね。酸素をつけていればわかるのですが、逆に言えば酸素をつけていないと「見えない障害」、もう少し広い意味だと「見えない苦しさ」なのだと思います。肺以外の移植を受けた方もそうですよね。だからこそ、誤解されてしまうことがあります。つまり、仕事をサボっているように映ったりしがちですし、実際に周囲の人に「お前若いのになんでこの距離でタクシー使ってんだよ笑」と言われたこともあります。

「見えない障害」も含めて示す印になる「ヘルプマーク」
東京都福祉局HP

でも、「見えない苦しさ」を抱えている方って意外と少なくないと思うんです。だからこそ、ほんの少しの気遣いが他の方にできるような世の中になると良いなと思いますし、私も気をつけて過ごしています。

— ありがとうございました。nasubi365さんのような当事者の思いを共有していくことで、少しずつ世の中が変わっていくのではないかと強く感じました。今後もお話を伺えればと思います。本日は本当にありがとうございました。

(終)


進行・編集:名倉慎吾
L-TRIP発起人。薬剤師。 2020年に東京大学薬学部を卒業後、2021年に大阪大学医学部へ学士編入学。ALLと間質性肺炎の患者家族であり、医師を目指して勉強に励む。間質性肺炎や肺移植に関する情報格差を少しでも減らしていきたいと考え、L-TRIPを発起。


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