大好きな「チンプイ」のこと
「チンプイ」について
藤子・F・不二雄先生の作品「チンプイ」は、1989~1991年にテレビアニメ化されたので、わりと有名かもしれません。週刊の「藤子不二雄全集」として中央公論社より発売されていた「藤子不二雄ランド」巻末で、1985~1991年にかけて長期連載されました。
当初は藤子A先生の「ウルトラB」と交互、つまり隔週で連載されていたのですが、F先生がご病気になられた1986年8月から半年ほど休載。月1回のペースで4本描かれた後、1987年5月~1988年6月まで長期休載。それ以降は時々休載しながらも、ほぼ月1回のペースで描かれています。
F先生が亡くなった後、1997年に単行本「完全版チンプイ」が全4巻で発売され、その帯には「藤子・F・不二雄先生最後のキャラクター」と書かれています。厳密にいうと「主役」であれば、1995年の「異人アンドロ氏」が「最後のキャラクター」ですが、「大長編ドラえもん」を除く子ども向け連載作品のメインキャラクターとしては最後といえます。
今では電子書籍版も含めて、小学館「てんとう虫コミックス」レーベルで発売されていますが、「藤子・F・不二雄大全集」の刊行前は、すでに絶版の中央公論社版しかなく、入手困難な時期が続いていました。今は手軽に読めるので、読んだことのない方には、ぜひお読み頂きたい作品です。
「チンプイ」あらすじ
物語は、小学6年生の主人公・春日エリが、マール星レピトルボルグ王家の第1王子ルルロフ殿下に見初められ、その縁談のため、ワンダユウとチンプイが地球にやってくるところから始まります。ルルロフ殿下は「王室典範」の定めにより、その素顔をエリに見せることができません。
エリは内木さんというクラスメートの男の子が好きなこともあり、顔も知らない遠い星の王子なんかと結婚できないと拒絶するのですが、マール星人はなかなか強引で、あの手この手で婚約を承諾させようとしてきます。
ワンダユウは一旦マール星に戻りますが、チンプイはエリのお世話係として春日家に居候することになります。チンプイたちマール星人は「科法」という魔法のような力を使うことができ、エリはチンプイの科法に助けられながら、次第にふたりには友情のようなものが芽生えてくるのでした。
「シンデレラなんかになりたくない」ヒロイン
この「チンプイ」の主人公エリちゃんは、それまでのF作品と比べても、かなり元気な女の子です。登場シーンからいきなり塀を乗り越えようとして失敗していたりします。のちにアニメ化された際には、勢いよく塀を飛び越えるシーンが、お約束のように繰り返し描かれていました。
作品がアニメ化される際、新聞などで「ドラえもんの女の子版」のような書き方をされていましたが、確かに「ドラえもん」のひみつ道具のように便利な「科法」が描かれてはいるものの、ストーリーとしては全くの別物です。「ドラえもん」よりは「ウメ星デンカ」や、(知る人ぞ知る作品ですが)「バウバウ大臣」の系譜といえます。
この作品は、一種のシンデレラストーリーではありながらも、そのシンデレラになることを、エリちゃん本人が拒んでいる点がポイントです。それでもやっぱり、ずっと好きだと言われ続けて、殿下のことが気にならないはずもなく、心が揺れそうになることもあったりして……
アニメのエンディングでは、「シンデレラなんかになりたくない」というタイトルの曲が作られましたが、この作品の本質をピタリと表した名曲だと思っています。(作詞:岩室先子さん、作曲:池毅さん、歌はエリちゃん役の声優・林原めぐみさん&斉藤小百合さん)
原作の結末は?
この作品は、1991年に「藤子不二雄ランド」が、301巻目「UTOPIA 最後の世界大戦」で完結したことを受けて、連載終了となりました。それまでに描かれた原作漫画は合計58話でした。その時点で単行本は4巻まで発売されていて(第48話「パパ、念願の運転免許」まで収録)、第49話以降+2話を描きおろしの上で、5巻をいずれ発売すると告知されていました。
ところが、残り「2話」が描かれることはなく、1996年9月にF先生が逝去。この作品は未完となってしまったのです。1997年に発売された「完全版チンプイ」は、既刊4巻+単行本未収録の合計58話を4巻に再構成されたもので、そういう意味で「完全版」とつけられました。
1986年、「チンプイ」と同時期に休載となり、最終回が描かれることがなかった「T・Pぼん」も、結果的には未完となりましたが、この作品は基本的に1話完結型で、特に連載終了に向けた伏線らしきものもなく、いつでも終われるし、いつでも再開できる性質の作品でした。F先生も大変乗って描いておられた歴史SFなので、あえて明確には完結させず、体調などの状況が許せば、いずれは再開したいと考えておられたのでしょう。
ところが「チンプイ」は、その結末が非常に気になる作品でもあったので、その最終回が作者の手で永遠に描かれることがないと知ったとき、わたしは、まるでこの世の終わりかのように激しく落胆したものです。
作品の性質は全く異なりますが、わたしにとっては、手塚治虫先生の「ネオ・ファウスト」「グリンゴ」「ルードウィヒ・B」と並んで、未完となってしまったことが惜しまれる作品の上位です。
なお、「藤子不二雄ランド」の編集長で、のちに中央公論社の社長も務めた嶋中行雄さんによれば、F先生には最終回の構想はあったようです。
以下は、映画公開時に発売されたフィルムコミックです。髪の色と目の形が少し異なるだけで、エリちゃんとそっくりなリリンちゃん。このストーリーもF先生が監修されていたということなので、どこかに最終回のヒントが隠されているのかもしれません。
なお、アニメ版については、結果的に最終話となった第58話「遠い思い出」が発表された数ヶ月後に、オリジナル脚本で完結しています。オリジナルとはいえ、F先生の意向を無視して作ったとは考えられませんし、嶋中さんの解説を読む限り、アニメ版最終回もきちんと監修されていたでしょうから、アニメ版のラストをもって完結と捉えることもできるかもしれません。
おわりに
今回ご紹介した「チンプイ」は、一時は「ドラえもん」以上だったといっても過言ではないほど、大好きな作品です。
F先生は大病を患われてから、ほとんど「ドラえもん」以外の仕事をすることがなくなってしまいました。そんな中でも、この「チンプイ」は連載を続けておられたのです。きっとF先生にとっても思い入れが深く、いつかきちんと完結させたい作品だったのではないかなと思っています。
この「チンプイ」のアニメ版は、じつはわたしが一番好きな藤子アニメです。おしゃれでポップでかわいくて、演出もテンポがよくて大好きでした。アニメ版だけでも語りたいことが山ほどありますが、ひとまず今回は作品をざっくりとご紹介するにとどめておきます。