ふたつの演出 - 劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」の思い出
わたしは劇団四季の舞台が大好きで、かつてはよく観劇していました。現在は経済的な事情であまり行けなくなりましたが、今でも音楽配信で「ウィキッド」なんかを聴いては、ひとりで盛り上がったりします。
さて、わたしが最初に観た劇団四季の舞台は、小学校の観劇遠足的な行事で、某厚生年金会館(当時)へ行って観た「夢から醒めた夢」です。これはこれで大好きな作品なので、いつか書きたいと思っていますが、その初観劇から数年後、「ジーザス・クライスト=スーパースター(エルサレム版)」という作品に出会いました。これを観たその日に「四季の会」に入ってしまったほど、激烈な衝撃を受けたのです。
「ジーザス・クライスト=スーパースター」とは
この作品は、ジーザス・クライスト、すなわちイエス・キリストの、最後の7日間を描いたミュージカルです。「ロックオペラ」と表現されることもあるように、全編がロックで綴られています。
のちに「キャッツ」や「オペラ座の怪人」で爆発的にヒットすることになる作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバーさんと、のちにディズニー映画および舞台版「アラジン」「ライオン・キング」などを手掛けることになる作詞家、ティム・ライスさんという、奇跡的なコンビの手により、1970年にコンセプトアルバム「Jesus Christ Superstar」が制作されました。
このアルバムのヒットにより、翌1971年には舞台版が制作され、ブロードウェイのマーク・ヘリンジャー劇場で初演されます。1972年にはウェストエンドでも上演され、それが8年に渡るロングランとなるのです。
劇団四季による初演
ブロードウェイ初演の2年後、1973年に劇団四季が「イエス・キリスト=スーパースター」というタイトルで、浅利慶太さんによる独自演出バージョンを、今年閉館した中野サンプラザのこけら落とし公演として初演します。
これはなんと、イエス・キリストをはじめとする登場人物全員が、歌舞伎メイクで演じるというもので、後述する「ジャポネスク版」の原型となっています。ちなみに、この初演でイエス役を演じたのは、弱冠23歳の大型新人だった、現在では大御所の鹿賀丈史さんです。
現在では、ブロードウェイミュージカルなどを上演する際、基本的にオリジナルと同じ演出での上演が義務付けられることが多いのですが、この作品はそのような契約ではなかったようです。これは1982年日本初演の「エビータ」や、1983年日本初演の「キャッツ」も同じで、劇団四季版は浅利慶太さんによる独自演出で上演されています。
ただし、1973年当時の「イエス・キリスト=スーパースター」は、あまり好意的には評価されませんでした。当時の日本では、ロック自体が現在ほど親しまれていない時代だったことに加えて、あまりにも前衛的な演出が受け入れられる土壌も、まだ整ってはいなかったと言えるのかもしれません。
エルサレム版登場
1973年の初演当時、決して成功と言えなかった劇団四季の「イエス・キリスト=スーパースター」ですが、その3年後に上演されたのが、現在の「エルサレム版」の原型となる演出です。この時からタイトルもオリジナルと同じ「ジーザス・クライスト=スーパースター」になりました。
以下は2018年公演のPVです。
奇をてらったともいえる前衛的な初演に対して、1976年公演は、登場人物も歌舞伎メイクではなく、エルサレムの荒野をリアルに再現した舞台に生まれ変わったのです。これが大好評となり、以降、劇団四季の「ジーザス」は、この「エルサレム版」の演出で、レパートリーとして定期的に上演を続けていくことになります。
ところで、この1976年公演時のキャストによってレコード化され、後にそれがCD化されたものが存在します。わたしは20年ほど前に東京の山野楽器へ行った際、偶然見つけて購入しました。現在は廃盤で入手も難しくなっているようですが、寺田稔さん演じるユダがあまりにも個性的で、一度聴くと耳から離れなくなります……
初観劇時の衝撃!
わたしが「ジーザス」のエルサレム版に出会った当時は、山口祐一郎さんがジーザス役、沢木順さんがユダ役という時代でした。あんたいくつよ?と問われそうですが、そこは回答拒否権を行使いたしまして、昭和ではなく平成だったとだけ、申し上げておきます。今になって思えば、かなりギリギリで伝説の山口ジーザスを観ることができた、ということになります。
当時の公演プログラムによると、先日亡くなられたもんたよしのりさんが、ヘロデ王役でキャスティングされていました。かつてはユダ役でも出演されていたという話ですが、残念ながら、わたしは四季の舞台でもんたさんを拝見したことはありません。わたしが観た公演では下村尊則さん(現・下村青さん)が、ヘロデ王役で出演されていました。
まず、劇場に足を踏み入れた時点で驚きでした。一般的に劇場というのは、額縁のように仕切られた舞台があり(プロセニアム・アーチといいます)、その手前には幕(緞帳=どんちょう)が下りていて、舞台の奥は全く見えなくなっているものですが、「ジーザス」の舞台は、エルサレムの荒野そのものでした。舞台が傾斜していて、大きく客席へせり出しており、ゴツゴツとした岩肌が見えている状態だったのです。
上演が始まると、劇場全体が真っ暗闇に包まれます。そこでオーバーチュア(序曲)が流れ、うっすらとした照明で舞台上が照らされると、さっきまではなかった岩がたくさん置かれています。ぼんやり眺めていると、その「岩」は次々と立ち上がり、その正体が「群衆」だったとわかるのです。
いやぁ、震えましたね。なんかすごいところに来てしまった!と思いました。当時は演劇なんて、各地の劇団が学校の体育館で上演してくれたものくらいしか知らず、小学校から観に行った前述の「夢から覚めた夢」が、おそらく唯一のミュージカル経験だったのですから。
その状態でいきなり「ジーザス」なんて、若いわたしには刺激が強すぎたのではないかと思うのですが、その時に受けた鮮烈な印象こそが、わたしを舞台の、ミュージカルの虜にしてしまった原因とも言えます。
ただ、当時のわたしが、ストーリーをきちんと理解できていたとは思えません。キリスト教徒ではありませんし(現在も無宗教です)、宗教的な知識もほとんどありませんでした。それでも激しい音楽に、響き渡る歌声に、舞台に登場する群衆のパワーに、とにかく圧倒されたのです。
初観劇時の座席は、上手(客席から見て右)の最前列でした。作品をご覧になった方ならわかると思いますが、そこは終盤でユダが有名なナンバー「スーパースター」を唄う、まさに目の前です。手を伸ばせば届きそうな位置で、沢木順さん演じるユダの熱唱を聴くことができたわけです。
「なに!?この超かっこいいおじさん!!」と、度肝を抜かれたのを覚えています。当時の沢木さんはまだ40代だと思いますが、学生だったわたしから見ればおじさんでした。
「ジーザス」ではもうひとり、わたしの心を鷲掴みにした「おじさん」がいまして、ピラト役を演じておられた光枝明彦さんです。
実は小学生のとき観劇した「夢から醒めた夢」に、忘れられないキャラクターがいまして、それがデビルという、今のご時世ですと表現しづらいですが、当時いわゆる「オカマちゃん」と呼ばれていた口調で話すおじさんです。そのキャラクターをコミカルに演じていたのが光枝さんでした。
第一印象がデビル役だったので、コミカルで面白い俳優さんだということで、子どもながら印象に残っていたのですが、「ジーザス」では美しいバリトンで歌唱されるのです。物語終盤、ジーザスが磔刑に処される際に「お前が望むのなら~」と絶唱するシーンがあり、その歌声があまりにもかっこよすぎて、失神しそうになりました。
光枝さんは「キャッツ」でもグロールタイガー役などを演じています。コミカルな演技を得意とする俳優さんでもありますが、その後の「アスペクツ・オブ・ラブ」などでも、円熟味あふれる落ち着いた芝居や歌声がとても素晴らしかったです。まさに名バイプレイヤーです。
わたしは今でも結構おじさま好きなのですが、沢木さんのユダ、光枝さんのピラトが、わたしをそうさせたと言っても過言ではありません(?)
以下は2018年公演時に公開された、舞台稽古のダイジェスト映像ですが、作品の持つ熱い雰囲気はおわかり頂けると思います。
待望のジャポネスク版!
1973年に初演された際の歌舞伎メイクでの演出は、その後しばらく封印されるのですが、1987年に「江戸版」として復活します。それ以降、公演をくり返してきたバージョンを「エルサレム版」、歌舞伎バージョンを「ジャポネスク版」と呼称して、レパートリーとして上演することになります。
「ジャポネスク版」は、1991年にロンドン公演も行われています。ロイドウェバーさんはこの「ジャポネスク版」をとても気に入られたようです。
ただ、わたしが劇団四季の舞台を観始めた当時、「ジーザス」は「エルサレム版」のみ上演されていました。さらに、1995年頃には、その頃ほぼ一人でジーザスを演じておられた山口祐一郎さんが退団してしまい、その影響があったのかはわかりませんが、「ジーザス」の公演そのものが、数年にわたって行われない状況が続いていました。
久しぶりの再演、それも「ジャポネスク版」と「エルサレム版」の両方が、1998年、東京の「四季劇場・秋」(現在とは異なり、浜松町にありました)で、こけら落としの一環として連続上演されると聞き、初日のチケットを取って駆け付けたのです。その頃のわたしは、すでに四季の舞台を数十回は観ているベテランになっていました。
新しいジーザス役は柳瀬大輔さん、ユダ役は芝清道さんがメインとなりました。芝さんは、すでに「エビータ」のチェ役を観て大ファンになっていたのですが、柳瀬さんは「オペラ座の怪人」のラウル役などで何度か拝見していたものの、素敵なテノールだけど、ジーザス役というイメージが当時は全くなかったため、だいじょうぶかな?という不安がありました。
そして、待望の「ジャポネスク版」が開演しました。聴き慣れたオーバーチュアが流れ始めるのですが、曲が盛り上がる直前、「ヒョオーッ!」という感じで尺八の音が入り、これにはびっくりしました。演出だけではなく、音楽にも邦楽器によるアレンジが施されているのです。それも邦楽器演奏の第一人者である西川啓光さんによる本格的な編曲です。
こちらは2018年公演のPVです。オーバーチュアにおける尺八や和太鼓などの演奏部分を一部お聴き頂けます。
そして登場した柳瀬ジーザスですが、これがまたジーザスにピッタリでした。山口ジーザスはあまりの堂々っぷりに、神の子というより「神!」というイメージだったのですが、柳瀬ジーザスは芝居が繊細で「人間ジーザス」としての苦悩が、より深く伝わってきました。柳瀬さんが退団される直前まで各地で観ていますが、個人的にベストジーザスは柳瀬さんです。
こちらは、柳瀬さんがジーザス役で出演されていた2007年当時の「ジャポネスク版」PVです。
こちらは2007年当時の「エルサレム版」PVですが、柳瀬さんが歌う「ゲッセマネの園」を一部聴くことができます。
話を「ジャポネスク版」に戻します。その演出の特徴は、歌舞伎メイク、邦楽器アレンジ、そして大八車を大胆に使った舞台にあります。「エルサレム版」はエルサレムの荒野を再現した舞台セットでしたが、「ジャポネスク版」はそれとは全く異なり、俳優さんがダイナミックな舞台転換までをも担っています。「エルサレム版」「ジャポネスク版」ともに、舞台美術を手掛けられたのは、今は亡き金森馨さんです。
その大八車を使った稽古シーンという貴重な映像がありますので、ご紹介しておきます。これは2013年公演の際に公開されたものです。
「ジーザス」は、「エルサレム版」も「ジャポネスク版」も、全く同じストーリーに、アレンジは異なるものの同じ音楽の作品です。ところが演出が異なるだけで、印象さえもが全く異なる舞台になっています。
「エルサレム版」は、激しく躍動感のある舞台という印象ですが、「ジャポネスク版」は、同じように熱い物語の中にも、様式美の中に描き出される荘厳な静寂さを感じます。個人的には「エルサレム版」を仮に「動」と表現するなら、「ジャポネスク版」は「静」という感じでしょうか。
「ジーザス」を観るという体験を経て、わたしは「演出」という行為に大きな興味を持つことになります。若い頃には演出家を志していたことがあるのですが、それも間違いなく「ジーザス」で観た「演出」の影響なのです。
「エルサレム版」2024年公演が決定
この作品は、「キャッツ」や「オペラ座の怪人」、あるいはディズニーミュージカルの「ライオンキング」や「アラジン」「リトルマーメイド」などのように、万人受けする作品とは言えませんが、50年以上も前の作品にもかかわらず、今もなお鮮烈な輝きを放ち、再演が繰り返されています。
この作品の「ジャポネスク版」は今年上演されましたが、「エルサレム版」も、東京と京都、そして全国公演が決まっています。この記事で興味を持たれた方は、機会があればぜひ劇場で、この作品を体験してみてくださいね。