白杖で歩く私が道で出会う愛すべき人々1 哀愁の駅おじさん

 職場からの帰り道、大阪市内のとある駅にて。
 白い杖を手に、乗り換えのホームへと慣れたルートを歩く私のかたわらに、ふと人
が並んだ。まるで前もって約束していたかのような自然さだが、そんな覚えはない。
いったい誰??
 「はい、こんにちは」
 出た!ここ2、3週間ちょくちょく顔を合わせる、駅のおじさんだ。駅員なのか警備
員なのか、はたまた別の役職なのかはわからない。でも、私が彼に気づくずっと前か
ら、彼が私のことを見つけて待ち受けていたのはたしかだ。

 いつもは「今日は込んでますね」 「もうすぐ台風が来るらしいですよ」とあたり
さわりのない話しかしないのだが、今日はちょっと違った。並んで歩き出すやいなや
、彼がこんなことを言い出したのだ。
 「ちょっとお聴きしたいんですがね。どうです、娘っていうのは、やっぱり父親と
外を歩くのは嫌なもんですか?」
 え?
 「うちの娘に昔聴いたら、『ぜったい嫌』って言われたんですよ」
 彼の声は決して大きくない。少しかすれていて、一文字一文字を区切らず、ぬるぬ
ると早口でしゃべる。もし彼の言葉をアルファベットで書き取るなら、間違いなく筆
記体だ。
 娘に振られるお父さん。よくあることといえばそれまでだけど、ずいぶんショック
だったんだろうな。と同情はしつつ、面白そうなのでもう少し突っ込んで聴いてみる
ことにした。
 「それ、娘さん幾つのときですか?」
 「18の頃です。今じゃ30になりますけど」
 なーんだ、そんな昔のことか。それなら仕方ない。18なんて高校生、思春期真った
だ中じゃないの。私もその頃は父親と外なんて歩きたくなかったと思う。
 「じゃ、今もう1度聴いてみたらどうです?きっともう嫌とは言われないですよ」
 私が言うと、彼は「いやー」と頭を掻いた。いや、実際はホームへと降りる階段の
手すりに私の手を捕まらせてくれた。
 「もう聴けないっすね。もう1回『嫌だ』って言われたらもう立ち直れないですも
ん」
 なんでいきなり私にこんなことを聴いてきたのかは未だわからない。
 でも、駅で働く名前も知らないおじさんは、そのときたしかに、ちょっと切ない、
でも心のあったかいお父さんだった。

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