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同調率99%の少女(25) :見学会(2)

# 8 見学会(2)

 那珂と神通が見学会で案内をしている頃、川内は五十鈴とともに鎮守府Aの艦娘たちの先頭に立って訓練を指揮していた。
 否、指揮している五十鈴をサポートしていた。

 鎮守府Aのメンバーの訓練で使える場所はいつもの演習用プール。そこに那珂と神通それから妙高以外の9人がいるプールは、50m+αプールとはいえど、狭く感じられた。
 ただの女子高生・女子中学生の何らかの運動競技の練習であれば、まったく問題ない広さだ。しかしそこにいるのは、ちょっとした動きでも移動力や距離感が物を言う艦娘である。実際に動いて訓練し始めれば誰もがほどなくして気づくことだった。

 五月雨ら駆逐艦勢は砲撃を打ち合ってそれを回避する練習をしていた。その十数m背後では五十鈴と川内が長良と名取に向かって実弾を撃ち、新人である彼女らに艦娘のバリアの効果を教えている最中だ。
 その前の訓練では、五月雨ら駆逐艦の訓練にスピードとバランスを調整しきれない長良と名取が突っ込み、あわや衝突事故の大惨事になるところだった。
 今この時はとくにどちらも干渉し合うことはなかったが、駆逐艦の中で時雨だけは、バリアで弾かれたと思われる流れ弾がときおりピュンと飛んでくるのが気になって仕方がなかった。時雨以外は気にする様子をせず、また割りと高空を飛び去っていくため問題ないだろうと踏み、時雨も気にせぬよう努めて目の前の訓練に集中することにした。
 とはいえ訓練内容が変わるとまた干渉の可能性も変わる。那珂たちがやってくるまで9人は、表立って気にはしなかったが内心恐恐としながら不足に感じるスペースを互いに配慮しながら訓練を続けていた。

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 那珂たちは浜辺・堤防から工廠へとやってきた。堤防に近い方の出入り口から入ることもできたが、そうすると出撃用区画と水路を貸しているために待機していると思われる神奈川第一の艦娘らと鉢合わせすることになる。説明のタイミング的にもそれは調子良くないので素直に工廠の正規の入り口を目指すことにした。

 工廠と本館の敷地の間の細い道路を通り、工廠の敷地の門をくぐって入った。神通の姿が見えるやいなや、那珂は手を振って叫んで合図をする。入り口にたどり着くと、先に向かっていた神通は明石それから技師の一人である老齢の男性と共に待っていた。
 那珂は全員が工廠の入り口付近に来ていることを確認してから口を開いた。

「さぁお待ちかねです。ここは工廠と言って、鎮守府の一番大事な部分です。ここでは艦娘の艤装の整備やその他諸々が行われます。ここから先の説明は本職の方に任せたほうが良いと思うので、こちらのお二人にお願いしたいと思います。明石さん、権じぃ、お願いしま~す!」
 那珂から促されて二人は一歩前に、那珂は一歩下がって立ち位置を逆転させた。

「ただいま紹介に預かりました。○○株式会社から派遣されて工廠長を勤めています明石奈緒といいます。艦娘名は工作艦明石といって、本名の名字と同じです。どうぞよろしくお願いします。」
 明石に続いて男性技師も挨拶をする。

 この男性は権田といい、提督以外での数少ない男性陣の一人だ。鎮守府Aに勤める者の中で最高齢の彼の呼び名は、夕立こと立川夕音がひと目見て「権じぃ」とあだ名を付けたことに端を発する。
 権田は60代前半でも気持ち的にはまだまだ油の乗り切った50代。じじいであることを認めたくなかったが、下手をすると孫にも近しい年の少女から親しげにそう呼ばれては拒否できるはずもなく、一度破顔してそのノリに乗ってからは以後現在に至るまで、艦娘のほとんど全員それから同社の若手技師の何人かからそう呼ばれ続けている。
 なお、鎮守府Aに常駐で勤務している男性は5人。残るは権田と同じく技師で、40代前半つまり権田と提督の年齢の間に位置する中年男性である。非常に寡黙な人物で仕事熱心であるが無駄に無口というわけではなく、明石を始め同社の技師たちとはそれなりに話す、比較的目立たないタイプだ。
 ちなみにその男性技師は、その寡黙さとオーラから、不知火に懐かれている。あとは守衛と清掃会社からの派遣チームに一人いる。

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 明石と権じぃに案内されて工廠へと入った一行は工廠の一般的な役割や艦娘制度上の機能の解説から始まり、工廠内の奥へと進んでいく。ここでの説明はもっぱら明石と権じぃの二人がメインだ。
 工廠内に入った直後、明石は那珂と神通に説明引き継ぎの意を示し、二人に次の行動を促した。それはつまり、演習試合に向けた最終訓練だ。
「二人とも、そろそろ訓練に戻っていいですよ。工廠内の説明なら私たちにお任せあれですから。」
「ホントにいいんですか?」と那珂。
「あぁ。俺もいるしよ。」
 権じぃの自身を指す仕草に那珂も明石もはにかむ。
「だったら……神通ちゃんは先に戻っていいよ。」
「え? あの……那珂さんは?」
「私はもうちょっと明石さんたちに付いていくよ。」
 那珂の発言に、神通はまたこの先輩は何か密かに仕込むのかと考えを張り巡らせる。自然と眉がシワを作り、しかめ顔を作っていた。その顔に那珂はすかさずツッコミを入れた。
「あ、まーた何か探ってるでしょぉ~? 見学会の案内役として責任を持つだけだって。適当なところで四ツ原先生に後を任せて、すぐに皆のとこ行くからさ。」
「そ、そうですか。わかりました。」
 神通は自身の気持ちが表情に出ていた事を恥じて慌てて取り繕って謝る。ペコリと腰を曲げて謝意を示した神通を見て那珂はニコリと笑みを示し、再び神通を先に行くよう促した。
「ホラ、皆待ってるから。先行ってて、ね?」

 表情を平常に戻した神通は軽く頭を下げ那珂から数歩離れた後、和子のところへと歩み寄る。
「和子ちゃん。○○さん、私……そろそろ練習しに戻ります。」
「あ、そうなんですか。うん。頑張ってね、さっちゃん。」
「神先さんの戦う姿楽しみにしてるからね。ガンバ!」
 友人二人に鼓舞され神通は頬に若干の熱を持ち赤らめる。それを隠すため那珂のときよりも深くお辞儀をし、頭を上げるのと同時に駆け出してプールへと向かって行った。

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 神通が去った後の見学会の一行は、事務所・艤装格納庫・一般船舶用ドックと見学していき、ついに艦娘用の出撃用水路とスペースにたどり着いた。そこは、現在神奈川第一鎮守府の艦娘らが準備等をするために待機している場所でもあった。
「次は艦娘が出撃する際に使う水路です。普段出撃する際はこの水路前で艤装を装着し、同調してから水路に降り立ってもらいます。それ以外では各種機材が揃っているので、艤装の整備に使ったりちょっとした屋内訓練場代わりに使えます。今はこの後演習試合の相手をしていただく神奈川第一鎮守府の艦娘の皆さんに待機場所として使ってもらってます。」

 明石の説明と合図で全員の視線が水路付近にいる艦娘達に向く。そこでは、指示を受けて水路に向けて砲撃する数人の艦娘、作業台に向かって話し込む艦娘たちがいた。
 加えて外からは轟音が響いて聞こえてくる。

 那珂は見学会目的の他、神奈川第一の天龍に一声挨拶するのが目的だったが、とても声をかけられる雰囲気ではないことを察した。
「これから試合していただくのですし、お邪魔にならないよう戻りましょうか。」
「そ~ですね。あたしは個人的に挨拶したかったんですけど、なんか思った以上にピリピリ感があってさすがのあたしも近づけないや。アハハ。」
 明石の配慮の言葉に那珂は相槌を打ちつつ思いを吐露する。それが割りと聞こえる声だったのか、水路に向かって砲撃することを指示していると思われる艦娘が那珂たちの方を向いた。そして、周りの艦娘に「ちょっとわりぃ。離れるぜ」と言い終わるが早いか那珂たちに向けて駆けてきた。
 那珂はその駆けて近づいてくる存在に最初から気づいていた。しかし挨拶したいと軽く考えていた自分を恥じたいほどのピリついた雰囲気を醸し出していたのでそっと静かに見守る程度にしていた。そんな那珂の配慮など知るかと言わんばかりにその艦娘は大声で喋りながらスピードを上げ、那珂の側で急停止した。

「お~~! 那珂さんじゃねぇか!!」
「あ、天龍ちゃん。訓練中ゴメンね。」
「いやいやいいっての。それよりあんた今来たの?あたしらが最初ここに来た時いなかったじゃん。」
 天龍は那珂の周囲にいる見学者を見渡して言った。
「うん。実はうちの学校から、鎮守府を見学したいって人を募って案内してたの。」
「へ~そうだったんだ。あ、し、失礼。」
「?」
 那珂が一瞬呆けると、天龍は艦娘制服のネクタイを締め直し、見学者一同に向けて挨拶をし始めた。
「あたしは神奈川第一鎮守府所属、軽巡洋艦艦娘の天龍だ……です。このたびは~、千葉第二鎮守府と演習試合するために来ました。うちの旗艦はあそこにいる眼鏡かけた鳥海って人。あと提督の代わりに来てるのがあそこにいる鹿島って人です。二人呼んでくるよ。」
「え、あ……!」
 那珂と明石が返事をする前に天龍は再び駆けて行き、作業台で話し込んでいた鳥海と鹿島を呼び、手を引っ張り半ば強引に連れてきた。

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 那珂と明石始め見学者の前に姿を見せた二人の艦娘は天龍に促され戸惑いつつも挨拶をした。
「初めまして。私は神奈川第一で重巡洋艦鳥海を担当している○○と申します。この度は演習試合の艦隊の旗艦つまりリーダーを任されています。よろしくお願いします。」
 鳥海が深くお辞儀をし、姿勢を戻したのを確認してから次に鹿島が自己紹介をした。
「初めまして。私は神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島と申します。この度は弊局の村瀬が緊急の用事ができてしまいましたので、提督代理として参りました。どうかよろしくお願いしますね。」
 いかにも硬そうな雰囲気だがタイトな制服のためか無理やり強調されたナイスバディを無意識に見せつける鳥海という女性と、物腰もボディも柔らか素敵なバディな鹿島という女性に、見学者の男子生徒と男性教師は元気いっぱいに挨拶し返す。
 それまでの説明でも少なからず興奮しはしゃぐ者もいたが、今まで以上に声を張って興奮を示す男性陣の様子に、那珂や明石・和子ら始め女性陣は一瞬にしてシラけた目で冷ややかな視線を向ける。
 男性陣の勢いに軽く圧倒された鳥海と鹿島は苦笑しながら返した。
「「よ、よろしくお願いします。」」
 一人その雰囲気の理由がわからない天龍は鹿島らと見学者の間に視線を行ったり来たりさせて呆けるのみだった。
 自身らの鎮守府の事に触れて説明した鹿島らに、見学者だけでなく那珂もまた感心を深く示す。他所の鎮守府のことなど部分部分でしか知らないため、こうして何気なく語られる内容であっても、那珂にとっては最高に重要な情報の一つだった。

 やがて説明が終わると鹿島らは戻っていった。数歩遅れて天龍が踵を返して戻ろうとする。その際、何か思いついたのか天龍は小走りで那珂に近寄り、小声で話しかけてきた。
「なぁ、那珂さん。試合じゃ期待してるぜ。絶対あたしと戦ってくれよな。他の奴らは他の奴らにまかせてよ。」
「アハハ。そっちも作戦と編成があるでしょ~?うちも色々考えてるんだから。勝手な行動はねぇ~~。」
「いいじゃんよ。あたしと那珂さんの仲だろ? あんたの本気の実力、一度でいいからこの目この身体で受けてみたいんだ。それはきっとあんたの噂を聞いてるうちの人たちもそうだぜ。」

 やはり天龍は真っ向からの勝負を望んでいる。

 天龍のこの言葉と誘いは作戦などではなく、素の思いから来るものだろう。過去少ない絡みであっても、この目の前の少女が自身の思いに嘘がつけそうにない性格をしているのは理解しているつもりだった。一方で那珂は天龍ほど素直になれそうにないと自己分析していた。
 しかし思いの片隅では天龍の気持ちに答えたい。それは、西脇提督の期待に通ずるものでもある。
 自身が本気を出せば、少なくとも二人を満足させることができる。しかしそれでは自身だけが目立ってしまう。さすがに一人で勝利を実現できると思うほど傲慢にはなれないが、戦局を変えることができるとは踏んでいる。
 自分のさらなる可能性を確かめるため思い切り振る舞いたい気持ちも確かにある。と同時にこの場この機会においては皆の練度促進を優先させたい。
 2人の思いと11人への思いを天秤にかけた結果、その思いの絡まりが那珂の言葉を鈍らせる。
 だから態度で示した。

 那珂は天龍の左肩に手を置き、軽く舌なめずりした笑顔を見せた。余った右手は親指を立てて示す。それは那珂にとって単にお互い頑張ろうねという意志を示すためのものだったが天龍はそれを違う意味に取る。
 結果として言葉には出さず曖昧なまま那珂は天龍を満足させることができた。
「おっしゃ。それじゃあまたな。」
「うん。後でね。」

 そう言葉を交わした後天龍は去っていった。那珂は説明の主導権を明石に戻すべく見つめる。視線を向けられた明石は軽快な雰囲気で口を開いた。
「これ以上邪魔してもいけませんので、戻りましょうか。那珂ちゃん次の予定は?」
「ええとですね。あたしたち千葉第二の艦娘を見てもらおっかなって思っています。そろそろあたしも練習に行きたいので後は四ツ原先生に引率をお任せしつつついでに練習にシレッと混ざろうかなぁと。」
 名前を言及された阿賀奈は那珂から手招きで催促されて歩み寄ってきた。
「後は……ということなので時間までは先生にお任せしてもよろしいですか?」
「えぇ。大丈夫よ。先生だって艦娘なんだから! 鎮守府の案内は任せて!」
「まだ資格だけの軽巡阿賀野ですけどね~。」
「あぁん光主さぁん! 話の腰を折らないでぇ~~。」
 那珂から茶化された阿賀奈はぶりっ子よろしく上半身をブンブンと振って嫌がるのだった。

 阿賀奈をなだめつつ工廠の入り口まで戻って来て、那珂は一行に言った。
「それでは次はいよいよ、うちの艦娘の訓練の様子を見ていただきます。ここであたしは訓練に戻りますので後の案内は四ツ原先生に引き継ぎたいと思います。それでは皆さん、また後で会いましょう~!」
「えー、会長行っちゃうんですか!?」
「なみえちゃん頑張ってね~!」
「我らの生徒会長、軽巡那珂に栄光あれー!」
「わ~~!」
 一部男子のノリのよい反応に那珂は手を振って答えたり冗談めかして敬礼して反応を満足させた後、駆け出した。那珂がいなくなった見学者一行は、工廠の奥に戻っていく那珂の姿を旅の無事を祈る家族のような気持ちで見送っていた。

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 演習用プールでの練習は、個々の訓練から今回の編成と陣形の最終チェックのため合同練習に移っていた。なお、妙高もすでに訓練に合流していた。
 遅れて参加した神通は、ちょうど合同練習が始まるという段階で合流したため、皆からスムーズに受け入れられた。
 神通が合流してからしばらく経ってから、那珂が演習用水路を伝って姿を現した。

「おっまたせ~。ゴメンゴメン。見学会の案内に結構長く付き合っちゃったよ~。」
「おっそい!あんた一応初期の陣形の旗艦なんだから、しっかり都合付けて早く来なさいっての。」
 那珂が水路を抜けてようやくプールの範囲に足をつけて入るやいなや、遠く離れているにもかかわらず、五十鈴の怒鳴り声が那珂の耳に向かって飛んできた。
「だってさぁ~、見学会の案内してたんだもん仕方ないじゃん。」
「……微妙に真面目に返さないでちょうだい。まぁいいわ。残りの時間は実際の動きを全員で練習するわよ。あんたは個人の動きは大丈夫なんでしょ?」
 五十鈴の確認に那珂はコクンと頷く。
 全員揃ったということで、五十鈴は改めて全員に号令をかける。
「それじゃあ演習最初からを想定して、最初からやります。最初は第一艦隊の行動からよ。相手は第二艦隊がしてちょうだい。」
 その説明と指示にそれぞれ動き始めた。
 第一艦隊の作戦行動が終わった後は第二艦隊の、そして初期の陣形と作戦行動が終わったら、後半の陣形と作戦行動に移った。

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