同調率99%の少女(27) :後半戦開始
# 1 後半戦開始
那珂たちが前半戦開始前と同じポイントに立つと、神奈川第一の鳥海たちもまた同様に同じポイントに立っていた。しかし、その陣形は何かおかしい。
「何……あれ?」
「……鳥海さんと駆逐艦のお二人が前に、戦艦の霧島さんと空母のお二人が……ちょっと見えにくいですが前の三人の遥か後方にいますね。少ない人数でも、前衛と支援艦隊で分けたのでしょうか?」
那珂がぽろりと素直な疑問を口にすると、並走していた神通が確認がてら説明をする。
「ふつーなら6人で来ると思ったんだけどなぁ~。まぁ理にかなってるよね、あの並び方。」
「そう、ですね。遠距離を狙える戦艦と空母が後方に……。以前、近代の海戦の参考書で見たことある気がします。」
「油断できないなぁ~鳥海さん。やっぱあの人強いわ~。」
那珂の普段の口調気味な感想に神通は言葉なくコクリと頷いて同意した。
気を取り直して那珂はメンバー全員に向けて音頭を取った。
「さて、うちらも陣形変えるよ。」
「「はい。」」
「さてここからは旗艦の神通ちゃんにお譲りしま~す。神通さん、よろしくね~。」
「うぇっ!?」
那珂は普段の軽調子でおどけながら神通に手で仕草をしながら主導権を譲った。未だその調子に慣れぬ神通は思いっきり驚き慌てる。しかし呼吸とツバを飲み込み、すぐに感情を落ち着けて思考を切り替える。
もう一度開いたその目つきを見た那珂は、安心して口をつぐんだ。
「そ、それではこれから後半戦です。先程の作戦どおり、私と那珂さんそれから駆逐艦の4人は梯形陣という並びになって基本的に戦います。支援艦隊の妙高さん、五十鈴さん、名取さんは遠距離からの砲撃支援をお願いします。細かい動きは旗艦の妙高さんにお任せします。」
神通からの確認と指示に全員返事をした。
もはや誰も、そこにいて指示をしているのは数週間前までは素人(艦娘)JKだった少女としてではなく、艦娘神通としか見ていなかった。
神通としても、もはや自分をまだ新人という免罪符を振るうつもりはなかった。艦娘をやっていなければただひたすら黙って静かに過ごす人生を送るしかなかった。それ以外をきっと考えなかっただろう。そんな自分がこうして普通の人間なら絶対に立てない海上に立ち、大勢の仲間がいて、彼女たちに指示を出している。
なんと面白おかしい人生なのだろう。艦娘になってから成長できている気がする。今までは短い間隔・尺度でしか見ていなかったが、艦娘着任前、後、訓練直後、そして今、日々積み重ねた結果の自分。ある程度大きめの分類で見てみると、その時自身にできなかったことが、次の分類で見てみるとできている。
自身の成長物語の妄想はここまでにしておこう。神通は考えふけるのをやめた。この間、神通は全員に指示を出し終わり、前方を向いて沈黙していた。
那珂始め他のメンツから見ると、単に戦い前の精神統一か何かの微細な時間としか捉えられていない。
「神通ちゃん?」
「……はい。気持ちを落ち着けました。もう、大丈夫です。」
「そっか。うん。後ろは任せて、旗艦さんは安心して前を目指してね。」
「はい。……それでは皆、行きましょう!」
掛け声とともに陣形を変え始める鎮守府Aの艦娘達。終わった後、神通は通信で明石に合図を送る。それを受けて明石は提督に伝えて提督が宣言した。
「それでは……始め!」
--
提督の声がメガホンを介して検見川浜の一角に響き渡った。
神通達はまず様子見のためゆっくりと10度の方角へ動き出した。とそうして神通たちが動き始めるわずか前に鳥海は秋月・涼月を伴って速力を数段回飛ばして動き出した。
神通からは同じように動き始めたようにしか見えない。しかし、違いはすぐに判明する。
「え、速い?」
独り言のように口にして驚きを密やかに表す。それは後ろに並んでいる不知火始め皆も気づく。
最後尾の那珂から通信が入った。
「神通ちゃん、敵の動きが速い。この陣形じゃ不利かもしれないから一旦複縦陣になろ。」
「わかりました。那珂さん、私と並走してください。他の皆さんは私か那珂さんの後ろに!」
「「「「了解!」」」」
那珂の進言を受けて神通が指示する。那珂が最初に速力を上げて神通の隣に移動し、そのうしろに村雨、五月雨がスライドして移動する。結果として神通の後ろには不知火と時雨が残った。
神通 不知火 時雨
那珂 村雨 五月雨
陣形の変更が終わる頃には鳥海は目前に迫っていた。
「まずい!二手に分かれるよ!」
「はいぃ!!」
那珂の急いた指示に神通も焦りをつられて湧き出して返事をする。
「遅い!!」
ズザバァァ!!
鳥海達はまったく加減せぬ速力で神通と那珂の間を激しい波しぶきを立てて通り過ぎる。ギリギリで避けることができた神通と那珂の列はフラフラ若干蛇行するが、体勢を立て直すべく前進を続ける。一方速力を一旦緩めた鳥海は速力を緩めながら順次回頭してグルリと反時計回りに方向転換して鎮守府Aの艦隊の右舷に当たるメンツを目指す。
そして主砲を左舷に構えた。
「てーー!」鳥海の掛け声が響いた。
ドドゥ!
ドゥ!
ドゥ!
「きゃあ!!」「!!」「きゃっ!」
狙われた神通、不知火、時雨は直撃こそしなかったものの、足元、自身にかなり近いポイントにペイント弾が着水し水柱を立ち上げられたことに悲鳴を上げて驚いた。
砲撃した鳥海達はペイント弾が自身から離れてすぐ速力を上げて移動していたため、神通たちが驚きによる身体の硬直を解いて視線を返した時にはすでにいなかった。
「神通ちゃん!5度の方角! 前!前! あーもう二人とも前方10度の方角に砲撃開始だよ!」
「「はい!」」
ドゥ!
ドドゥ!
ドドゥ!
神通達の左舷に回り込もうとしていた鳥海たちを邪魔すべく那珂達は応戦する。那珂の咄嗟の指示による砲撃は方角やタイミング良く、鳥海ら三人を狙い撃ちする形になった。
しかし、そのペイント弾はすべて当たらなかった。
ズド!ズドド!ズドアァァァ!!!
バッシャーーン!!
「甘いです。」
鳥海は海面に向かって数発砲撃し、故意に水柱と激しい波を巻き起こす。それらは通常の戦闘であれば目くらまし程度で防御力皆無でしかないが、ことペイント弾を使う演習においては強力な防壁となる。ペイント弾はすべて激しい勢いの水柱と波でかき消されてしまったのだ。
「なっ!?」
那珂はさすがに驚きを隠せず戸惑う。そしてその戸惑いをさらに悪化させる出来事が直後に起こった。
ヒューン……
ザッパアァァーーン!!
「うわうわ!」
「きゃあ!」
「きゃー!」
那珂に続いて村雨、五月雨も悲鳴を上げる。
「夾叉夾叉!」
「きょうさってなんですかぁーーー!?」
「さみはだまってなさーい!」
当たりはしなかったが間近に着水したことに那珂がやや慌て気味な分析結果を口にする。後ろの二人の反応はもはや気に留めない。砲撃をかわした那珂たちはやや355度に針路を向けて大きめの時計回りをした。鳥海達とは一定の距離を開けて対峙し続ける。
一方で神通達は那珂から警告されて前方を向き鳥海達を狙うべく構えたものの、反航となっていたため攻撃のタイミングを逃した。
「ほ、砲撃かいs
「神通さん!反航!ダメです!」
「距離を取る!」
神通が指示を言いかけると反航戦になっていることに時雨が気付いて忠告し、不知火が次に取るべき行動を叫ぶ。
先輩たる駆逐艦二人に言われ、神通はトリガースイッチを押すのをギリギリで止め、10度の方角に針路を切り替えて鳥海達から距離を取った。その後反時計回りに大きく弧を描き始めた。
ふと視線を左に向けると、那珂たちもまた同じように弧を描いていた。このまま互いが進めばどこかで合流する。
さらに神通は斜め後ろに視線を向けた。鳥海達はまだ反対側を向いて回頭していない。位置関係を把握してハッとし、すぐに通信する。
「那珂さん、この位置なら、全員で雷撃すれば!」
「おっけぃ。やる?」
「やります!!」
「不知火さん、時雨さん、雷撃用意!」
「村雨ちゃん、五月雨ちゃん、思いっきり雷撃!」
「「「「はい!」」」」
那珂と神通の揃った掛け声で各々が雷撃を放つ体勢を取り、そして放った。
ボシュ……ボシュ……
ボシュ……ボシュ……
シューーー……
しかし、放った魚雷とは別に那珂達に轟音を発して近づいてくるものがあった。
撃ち終わって油断していた。油断していたというより、安定して確実に狙って撃つために速力を一時的に大きく落としてそれぞれがベストに近い体勢にしていた。結果として魚雷を撃つには最適な状態にはなったが敵の攻撃に対応するには不適だった。
那珂は空気の流れの嫌な変化を鼻先で感じた。
「皆ジャンプかしゃがむかして回避!!」」
那珂は早口で指示を出しながら主機をはめている足を海面から放し重力に従って海面に伏せた。
「「えっ!?」」
那珂の早口と行動に理解が追いつかない残り5人がそれぞれバラバラな振る舞いをしたその直後。
ズドゴオオオォォ!!!
轟音が鳴り響き白き爆弾が飛来した。
ヒューーーーン……
ズドゴアアアアアァァァン!!!
「「きゃああー!!」」
バシャバシャ!バッシャーーン!!
ズザバァァーー……
後方からの戦艦の砲撃をかろうじて避けてノーダメージでいられたのは那珂だけだった。那珂が海面に顔を出すと、神通らは前方にふっ飛ばされていた。
と同時に、那珂たちのはるか前方で爆発音と水柱の立ち上がる音が巻き起こった。
ズドドドオオオオオォ!!
バッシャーーーーン!!