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同調率99%の少女(25) :見学会

# 7 見学会

 鎮守府見学会当日の土曜日。出発時間になったので那美恵は集まってきた全員に号令をかけた。
「さーて皆さんそろそろ行きますよー。いいですかぁー?」
 おぉーと複数の声が響き渡り混ざりあった。

 那美恵と幸それから阿賀奈の前には、生徒と教師合わせて20人の集団が出来上がっていた。教師の参加は生徒会顧問と一年生を受け持つ教師の二人で、あとは全員生徒だ。一年から三年まで見事にばらけた感のある編成である。

「会長~今回は私達の要望を受け入れてくれてありがとうございます~。あ、私メディア部から代表して参加することになった副部長の井上です。」
 那美恵はペコペコしながら近づいてきた女子生徒を真正面に受け入れて返事した。
「あ、これはどーもどーも。てか今のあたしは生徒会長じゃなくて、艦娘部部長の光主那美恵ですから~。」
「アハハ。会長ってばあいかわらずですね~。ま、ともあれ今回は私は自由に取材させてもらってよろしいですか?」
 メディア部とは事前に方針を定めていた。その確認を副部長の井上は求めてきた。
「うん。そーだね。基本的にはあたしが案内するコースを見てもらえればいいんだけど、メディア部は一通り回ったら自由にしてもらっていいですよ。ただ、インタビュー?は目玉の……の後にしてもらえると、きっと参考になってバッチリだと思います!」
「ふむふむ、なるほど。了解です。後は取材から記者会見まで、このメディア部におまかせあれ。」
 那珂の通う高校のメディア部といえば、校内外の活動の取材を扱い、校内新聞や学校のウェブサイト、各SNSに掲載して管理する、いわば同校の広報担当である。その面で生徒会に全面的に協力してくれている、那美恵にとってはかなり親密な位置にいる部だ。多少の不都合な面は阿吽の呼吸ばりに理解を示して処理してくれる。
 宣伝回りはもはや自分たちではなく、メディア部に任せればいいだろう。そう那美恵は心構えをしており、今日という日の自分たちの役割に注力することにしていた。

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 学校を発った那美恵たちは普段の通学路を逆走して駅へと向かう。普段であれば歩きでも十分なのだが、20人+αという大人数のため、移動の効率化ということでバスを使い駅まで向かい、電車に乗り継ぐことにした。
 各車中、那美恵は見学者たる生徒や教師からの質問攻めにあっていた。幸はというと、生徒会からの参加として和子が加わっていたため、それから和子と仲の良い女子生徒(イメチェン登校以降親しくなれた)が揃っていたことが救いとなった。
 道中は、彼女らと寄り添って安心しきった表情で聞き専門という名の一方通行のお喋りに興じる幸の姿があった。

 那美恵はというと、自分を取り囲む者たちからの質問に答えていた。
「ねぇねぇ会長。会長ってその艦娘っての、なんていう艦娘なんですか?」女子生徒の一人が問う。
「ん~~? 那珂っていう艦娘だよ。軽巡洋艦那珂。」
「けいじゅんよーかん?なんですそれ?」
 別の女子生徒も質問に乗ってくる。そんな女子達を見て、多少なりとも軍艦を知っている男子生徒たちが互いの知識をひけらかしあわよくばいいところを見せようと、那美恵の代わりにノリよく答えた。
「△△さん知らないの?軽巡洋艦っていや護衛艦の仲間だよ。海自が昔使った船だよ。」
「お前バカじゃん。自衛隊じゃねーよ。150年前の日本の軍が使ってた軍艦のことだよ。」
「へぇ~~○○君たちって物知りだね~。」
「ね~~。」
「でも会長。その軽巡洋艦っていう船と艦娘って何の関係があるんです?」

 那美恵を取り囲んでいた男女生徒は軽巡洋艦というワードに対してあれやこれやとやり取りを交わし、会話のボールを最終的に那美恵に返した。
 返されたはいいものの、かなり核心を突く質問付きのボールに一瞬悩んだ那美恵は、おどけながら簡単に触れるだけにして生徒たちを満足させることにした。
「150年前のその軍艦の情報を利用したのが艦娘の艤装っていう装備らしいの。まぁ、あたしも詳しいことはわかんないんだけどね。てへ?」
「アハハ!会長わかんないで艦娘やってるんですかぁ~?」
「だってだって~。あたしはたまたま艦娘の試験に合格したから始めただけだしぃ~~。ま~専門的なことは鎮守府にいる明石って人が色々教えてくれるはずだよ。」

「そういや今日って具体的には何をするんですか?」
 別の生徒が那美恵に質問をした。回りの生徒はその質問に乗り、身を近づける者もいる。
「そうだね~。鎮守府の敷地内をざっと紹介かな~。」
「ねぇねぇ那美恵ちゃん。艦娘の艤装っていうの、あたしたちも試せるの? 前みたいに。」
「ゴメンね~。今は空きの艤装がないらしくてできないの。」
「そっか~。残念。あたしも艦娘になれるなれないかがわかったらおもしろいのにな~。」
「私も試したかった~。」
 話題に乗ってきた女子生徒達は口々に言った。その思いが真実かどうかは怪しいと那美恵は思っていたが、そんなことを指摘して空気を壊すようなことはもちろんしない。ただ苦笑するのみだ。

「そうそう。みんなの興味を引けるかどうかわからないけど、今日は単なる見学だけじゃないよ。実はね、別の鎮守府の艦娘達が来るの。そんでぇ~、あたし達はその人達と戦うの。いうなれば練習試合みたいなもの。」
「えぇ~~!?那美恵ちゃんの戦うところ見られるの~?」
「えー!会長戦うんですかぁ?」
「それに他の鎮守府のって、なんかすごいすごい!」
「他のところの艦娘ってどういう人達がいるんです?」
「ん~っとね。あたしたちと同じ高校生もいればぁ、社会人の人もいたよ。正直、うちの鎮守府よりも人多いよ。あ、それからね。今日の見学会、うちの高校だけじゃなくて、他所の学校からも来るから。みんな~、学校代表として恥ずかしくないようにね~。」
 那美恵は最後に全員に向けて忠告する。すると少し離れた席に座っていた教師陣のうち、阿賀奈が人差し指を立てた手をブンブン振りながら素早く反応した。
「そうですよ~。私達先生が見てますからね~! 何か恥ずかしいことしたら、他所の人たちがいてもちゃーんと叱りますからね~~!?」
「あ、アハハ……お手柔らかに。」
「「アハハハ……。」」
 阿賀奈のことをよく知っている一年生はもちろん、二年三年生の生徒らは阿賀奈の発言にたじろぐ。別に注意の言葉に身構えたのではない。身構える要素はあくまでも阿賀奈本人だ。何か恥ずかしいことをしそうなのはあんただよとは誰もが思ったが、当然本人の名誉のためにも口にすることはしない生徒たちだった。

 話は盛り上がり続く。
 お喋りの絶えない那美恵を取り囲む生徒達とは裏腹に、幸は相変わらず聞き専門だったが、特別な活動の時に大人数と一緒にいるという雰囲気だけで十分モチベーションと楽しみを保てているのだった。
 そして那美恵たちは鎮守府のある街の駅に到着した。

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 改札を抜け、駅構内から外に出る生徒たち。教師たちはその後を追ってゆっくりと構内から外への境界線をまたぐ。
「鎮守府って検見川浜にあったんですね。」
「な~んかびみょーなところにあるんだなぁ~。」
「その言い方は……地元の人がいたらすっごく失礼な気がするよ。」
「これなら海浜幕張から行ったほうがよほど行きやすいんじゃないっすか?」

 生徒たちは自由な意見を述べる。那美恵と幸は口の端を釣り上げて苦笑いするのみの反応に留めた。
 阿賀奈はというと、生徒たちにドヤ顔で語っている。何を喋っているのか聞き耳を立てなくてもよく聞こえてくるそのセリフに、那美恵はスルーを決め込んで全員に案内をする。
「それじゃーみなさん。ここから鎮守府まではバスで大体○分です。あと少しですので、よろしくお願いしまーす!」
 それでもなおワイワイ騒ぐ生徒たちには、阿賀奈ではなく一参加者として加わっていた二人の教師がそつなく注意してまとめあげ、那美恵に主導権を返した。
 参加者たる生徒たちは、生徒会長たる那美恵と一参加者たる二人の教師の指示に従い、まとまりを復活させて鎮守府までの道のりを過ごした。
 そして、鎮守府Aの正門の前に、20人+αの姿が立ち並んだ。

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 那美恵は20人の前、つまり鎮守府の正門のすぐ手前に立ち、全員に向かって挨拶をした。なお、幸は立ち位置的な列として、那美恵と門のわずかな隙間に位置取りどうにか前に立つのを防ごうとしている。そんな幸をチラリと見て気にした那美恵は一歩前に出て幸の望む隙間を作ってから喋り始めた。

「お疲れ様でした。ここが、あたしや神先さんそれから今日は先に鎮守府に来ております内田さんが勤務している、千葉第二鎮守府こと、深海棲艦対策局千葉第二支局です。ここにはあたしたちの他、他校の学生や一般公募で採用された人も艦娘として在籍しております。また、今回は神奈川第一鎮守府から、演習試合のために大勢の艦娘が来られます。ぜひ濃密な交流をして、艦娘についての理解を深めて今回の見学会を堪能していただければと思います。」
「そうですよ~。それからですねぇ。皆さん、うちの学校の生徒として恥ずかしくない振る舞いをしてくださいね~! 先生、艦娘部の顧問として恥ずかしいですよぉ~~。」
(はいはい。わかったからあんたは黙ってて)
誰もがそう思ったが、やはり実際には口に出さずに、ただ阿賀奈が気取って語るに任せるにしておいた。微妙な顔をして黙って見ていた生徒たちの気持ちを汲み取った那美恵が最後に付け加えた。

「はい。四ツ原先生ありがとうございます。先生に面倒かけないよう、あたしがちゃーんとみんなを注意しておきます。さっちゃんも協力してね。」
「は、はい……!」
「うんうん。二人が頼もしくて先生安心だわ~。」
 そんなのらりくらりとしたやり取りが終わり、那美恵は20人を率いて門をまたぎ、まずは本館へと案内した。

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 那美恵はロビーにて生徒達を一旦待たせ、到着したことを提督に知らせに行くことにした。その場は阿賀奈と幸に任せ、階段を駆け上がって執務室へと足を運んだ。

 コンコン

「はい。」
「失礼します。」

 扉を開けると、そこには提督と妙高がいた。プラス、近所の主婦の大鳥婦人と娘の高子もだ。なぜなのか那美恵が一瞬戸惑って語尾を消してしまうと、提督は至って平然に那美恵に話しかけてきた。
「あ……。」
「お~かまわないぞ。どうした那珂?」
 提督の許可を得たので那美恵は話し始める。
「うちの高校の見学者を連れてきたよ。この前伝えた人数と変わらずだよ。このあとはどうすればいいの?」
「あぁ。そのあたりのことをこちらも今話し合ってたんだ。」

 そう返した提督が続けて喋った。
「いつもの会議室を休憩スペースにしたから、もし休みたかったらそこを使ってくれ。人が多くなるから、妙高さんの紹介で大鳥さんに手伝ってもらうことになっている。だから休憩用のスペースやその他細かい準備は問題ない。」
 最後にそう言って手の平で紹介を促したのは、大鳥婦人と高子だ。
「ご無沙汰しています那珂さん。よろしくお願いしますね。」
「あの、あの。先輩! 私も手伝います。よろしくお願いします!」
 婦人に続き、高子は那美恵が愛すべき愛くるしい少女のように、若干慌てた感のある早い口調で挨拶をしてきた。那美恵は笑顔と会釈で応対する。

 そして提督の説明が続く。
「今の状況だが、すでに神奈川第一の艦娘たちはいらっしゃっている。今は工廠前の湾と工廠内の出撃用水路付近を待機場所として使ってもらってる。村瀬提督は緊急の会議で来られないらしく、練習巡洋艦の鹿島さんが提督代理とのこと。それから五月雨と不知火の中学校からも見学者が来ることになっている。」
「あ~、それじゃああの会議室だと狭くならない?」
「大丈夫。もう一部屋の会議室を使うから。それからうちまでの案内はそれぞれの学校の艦娘部の顧問の先生にお願いしてある。」
「ふーん。それじゃあ五月雨ちゃんたちはもう?」
「あぁ。演習用プールで川内達と一緒に訓練中だ。それから演習開始まであと1時間ちょっとしかないから、そちらの見学会はある程度時間が来たら四ツ原先生にでも任せるといい。さすがの君も本番直前には練習必要だろ?」
「アハハ。まーね。でも四ツ原先生だけでダイジョーブかなぁ~?」
「ま、そのあたりは任せるよ。」
「って言ってもまずはあたしとさっちゃんで鎮守府の案内しなきゃいけないんだけどね。」
 自身の役割を再認識してその意を提督に伝える那珂。提督は納得した表情で相槌を打った。

「そうそう。それから那珂と妙高さんが以前館山で会ったっていう、○○TVの人たちも来てるから。」
「えっ!? なにそれ!! 取材?どーいうこと?」
 那珂はテレビ局の名前を耳にするや目を爛々と輝かせ、勢い付けて提督に詰め寄る。提督はそんな目の前の少女をどぉどぉと落ち着かせつつ説明した。
「以前取材をしたいって連絡をもらってね、ちょうど良いタイミングだから演習試合の日にどうですかって言っておいたんだ。そうしたらあちらさんも都合が良いとのことで、今日はもう鎮守府内を自由に取材してもらってるよ。」
 自身が知らぬ提督、そして鎮守府の運用を知った気がして、那珂は冗談交じりだが深い溜め息を吐き、提督に言った。
「はぁ~~~そうですかぁ~! あたしが知らないところで鎮守府もまわってるんだねぇ~。」
「何言ってんだ? そりゃそうだろ。ともかく今日のあらゆる出来事は○○TVに取り上げられると思って気を引き締めて行動してくれよ。」
「はいはーい。わかってます。あたしはいいけど、川内ちゃんたちのほうが心配でしょ?」
 那珂は提督の脇腹を軽く肘打ちしながら言う。提督はのけぞって反応しつつその言に相槌を打った。
「まぁ、君はなんだかんだでしっかり取り繕ってくれるから心配どころか期待してるよ。あいつらには一応伝えてあるけど、君の口からも釘を差しておいてくれよな。」
 提督の正直な思いの混じった言葉を受け、那珂はトクンと心を弾ませつつも、至って平然と返した。
「おっけぃ。」

 執務室を退出する間際、那珂は自身の高校のメディア部が同校用に取材をしたいと言っていたのを思い出したのでそれを提督らに伝えた。
「あ、そうそう。うちの高校のね。メディア部っていうまぁようは新聞部みたいな部の人が、あたしたちのインタビューや諸々取材したいって言ってるの。○○TVの人たちも自由にさせてるんだから、うちらもいいよね~?」
「ん? おお。別にいいぞ。なんだったら○○TVの人たちに話をつけておくから、協力するといい。我が鎮守府としても外部の宣伝力はなんだって欲しいからな。」
「ふふっ。わかった。伝えておくね~。」

 お互い伝えるべきことを全て伝えたので、満足して互いの作業に戻った。

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 執務室を出た那美恵はロビーに戻り、阿賀奈たちにこの後のスケジュールを伝えることにした。会議室への案内を阿賀奈に任せ、幸と一緒に着替えに行った。
 会議室で待っていた見学者の生徒たちがしばらくして目の当たりにしたのは、学校の制服ではない姿の那美恵と幸だった。
「おまたせしました~。」
「(ペコリ)」

 艦娘那珂、神通となった二人を見て生徒たちは一気に湧き上がる。
「あ~~会長!それが艦娘の制服なんですね!」
「おおぉー!会長すげー!」
「コスプレ感があんましないんですね~ちゃんとした服だから?」
「那美恵ちゃんかわいぃ~!」

 一方で神通の方も評価で賑わっていた。
「うん。さっちゃん、やっぱり似合ってますよ。」
「へぇ~神先さんもいいじゃん。新しい髪型とあいまってすっごく可愛いし。」
「神先さん全然印象違うよね~。」
「神先も結構イケるだな……。」
「やべ、ちょっとムラってきた。」
「落ち着けよテメぇら」

 生徒たちに自由な感想を言うがままにさせ一通り艦娘制服の生お披露目をした後、那珂は改めて音頭を取った。
「それでは皆さん、これからこの鎮守府内を案内させていただきます。このあと演習試合があるのでちょっと駆け足になっちゃうかもしれませんが、きちんと案内させていただきます。それでですね……」
「あの~会長。そういえばさっちゃん出ていっちゃいましたよ?」
 那珂が案内の説明をしていると、和子の友人で神通とは最近仲良くなった女子生徒がふと質問を挟んできた。
「あ、気づいちゃった?さっちゃんはね、これから案内する場所に先回りして準備してもらってるんです。なので後でまた会えるよ~。」
 神通の学校での影の薄さや交友関係を把握しきれているわけではないため、那珂は和子以外の生徒が神通に触れてきたことに大して驚くことなく返した。那珂のそのアッサリとした回答に和子はなんとなく察したものを感じ気にせず安堵の息を吐き、その女子生徒に安心するよう耳打ちして納得させた。

 実のところ神通は、那珂が案内を始める前に指示通りに会議室を抜け出し、これから案内する場所へと向かっていたのだ。あくまで前々から決めていた手はずどおりである。
 出発する前配っておいた見学会のパンフレットをピラピラと宙にそよがせて注目させた。
「それじゃーみなさん。これからこのパンフレットに書かれた場所をご案内しまーす。暑いからサクッといきますよ~。」
 那珂の言葉に続いて阿賀奈がなぜか口を挟んだ。
「そうですよ~。9月とはいえまだ暑いのでぇ~、熱中症には気をつけてくださいね~。具合悪くなったら先生たちに言うんですよ~。」
 阿賀奈の教師としての保護者アピールに、生徒たちは苦笑したり無視したり素直に返事をしたりと十人十色の反応を返した。すると阿賀奈は一人でものすごい達成感を得たようなドヤ顔を浮かべて満足げにウンウンと頷いている。
 一応艦娘(部)に関わる人物のため無下にする気はなく、那珂は彼女が望み振る舞うままにさせておいた。

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 那珂は見学会のコースを、以前生徒会の三千花たちや自身が見学時に案内されたコースを再現して見学者たる生徒や教師達に案内してみせた。

 一方で先に行った神通は最初は食堂で大鳥夫人と娘の高子と待っていた。その間に那珂は本館内のフロアを案内している。
 神通は、大鳥親子の会話をボーっと聞きながら那珂たちの到着を待っていた。
「ここが使えると、この鎮守府ももっと過ごしやすくなるでしょうね。」
「新しい設備って楽しいよね~。ね、ママ。私もここに来たいなぁ~。」
「そうねぇ。だったら私も高子も艦娘にならないとダメよ。」
 大鳥夫人と高子が感想を言い合ってる中、神通は愛想笑いをして頷いて空気を合わせていた。
 つらい空気。
 そろそろ耐えられそうにない、そう感じ始めてソワソワしていると、本館と新館をつなぐ短通路からガヤガヤと声が聞こえてきた。神通はすぐさまそれまでの身体と気持ちのせわしなさを解消し小さくコホンと咳払いをして、これから入ってくるであろう見学者を待った。

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 那珂も神通も自身らが見学・案内された以前とは違う設備がある。それが今神通たちがいる西の新館の食堂、それから本館の入浴設備だ。
 食堂はようやく火やガスなどが通り厨房設備が整ってきており、今までできなかった水準の炊事も可能になる。そんな説明を期待混じりに付け加えた。

「そういや会長、今いる艦娘は10人程度って言ってましたよね。」
「うん。」
「さっきのお風呂もそうですけど、こんなに広い食堂って、なんかもったいないっていうか言い方悪いけど、税金の無駄って感じしませんか?」
 とある生徒の鋭い切込んだ質問。
 那珂はドキリとしたが内心確かにと同意もできた。
「うーんアハハ。○○さんなかなかに厳しい質問だね~。ぶっちゃけあたし、鎮守府の実際の運用とかそのあたりは知らないんだ。その質問というか感想は、西脇さんにしてあげるといいかもね。」
 質問した生徒やその友人たちが相槌を打つ。那珂はその仕草を見て続けた。以前聞いた提督の言葉を適当に切り貼りして流用して答えた。
「一応フォローしておくとね、各鎮守府はある程度の人数の艦娘が勤務するのを想定して施設を作らなきゃいけないんだってさ。担当海域の安全を守るために艦娘は増やさなきゃいけないんだし、保養周りもしっかりやらないといけない。国の制度に関わる団体の設備だからきっと税金でまかなわれているんだろーけど、労働環境悪くなって訴えられたら色んな団体から文句言われちゃうかもしれないから、予測を立ててあらかじめ作らないといけないと思うの。だから多分無駄じゃないと思うなぁ。」
 那珂の説明に全員ひとまず納得の意を示す。そんな中、感想付きで意を示してきたのは阿賀奈以外の教師たちだ。
「そうだね、働く場所が快適になるのは大事だよ。従業員のモチベーションが上がるということは普通の企業だったら業績にも繋がる。我々教師だったら、君たち生徒により適切なカリキュラムで授業を進めてあげられるようになります。それがこの鎮守府では、艦娘の皆の戦闘意欲につながり、ひいては国民の安全に繋がるんでしょう。」
「そーそー! そうなんです○○先生! それが言いたかったんです。」
 那珂は調子よく同意を示して教師の感想の勢いに乗った。

 那珂は大鳥夫人や神通のいる位置から数歩分離れていたため、近づきながら説明を追加する。
「あたしたちが深海棲艦との戦いに安心して従事できるのは、国で決められた優待制度や勤務する鎮守府の設備が揃っているからなんです。やっぱり自分のところの鎮守府で食事したりや休みたいですもんね。欲を言えば美容理容を受けられるといいなぁ~とか思いますけど。ま、それはそれとして、この食堂は出来たばっかりなのでまだなーんにも使い道や担当が決まっていません。なのでいずれこの食堂を管理してくれる人を雇うと思います。そしたらこの鎮守府に務める艦娘はきっと美味しいご飯を食べることができて、きっと出撃も今以上にやる気湧いてくると思います。ね、神通ちゃん?」
「ふぇっ!? は、はい!」
 那珂は隣に位置することになっていた神通に話を振り、説明の立場に引き戻す。神通は実のところボーっとしてたため、那珂が同意を求めてきて慌てて返事をすることしかできなかった。
 その反応に和子とその友人は密かにクスリと失笑していたが、那珂も神通も気づくことはなかった。

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 その後、那珂による鎮守府案内はグラウンド、倉庫群、浜辺と続いた。
 グラウンドや倉庫に関しては特に追加説明等の準備が必要ないとして那珂は神通を浜辺に先に行かせた。

 そんな神通が先回りして浜辺前の歩道で那珂たちを待っていると、突堤の先に数人の艦娘が何かをしているのが目に飛び込んできた。何をしているのか考えてもわからないのでジーっと見ていると、数人の艦娘達は沖に向かって砲撃したり、その砲撃を別の艦娘に向けて撃ち、回避をしている。さらに別の艦娘に至っては何かを宙に放ち、操作して飛び回らせている。おそらく空母の艦娘なのだろうと推測し、神通は参考にするためにその艦娘をメインに観察することにした。
 参加する空母は隼鷹と飛鷹の二名と聞いていたから、おそらくそのどちらかなのだろう。
 神通は空母の艦娘を初めて見る。那珂が言っていたのを思い出した。加賀と赤城という空母の艦娘は、弓矢状のドローンを使って艦載機・艦上機としていた。自身らは形状はまさにそのまま飛行機の艦載機を使っていたことを加味すると、艦娘の使う艦載機は形状は自由なのだろう。
 そう理解して目の前の光景を目を細めて集中して見ていた。

 今回の空母の艦娘は、バッグのようなものから何かを取り出す仕草をし、振りかぶって艦載機を飛ばしている。距離があるのと、今神通は同調していないために視力が神先幸そのものになっているためそれが何かまでは判別できなかった。
 あわよくば演習前に情報を仕入れてやろうと目論んだが、それは叶いそうにない。
 諦めてただの観察のために沖をボーっと眺めていると、倉庫側の歩道からガヤガヤと声が聞こえてきた。那珂が見学者を連れてきたのだ。神通は小走りで駆け寄り合流した。
 神通を見て手を振る那珂。と同時に視線の端の別の存在にも気がついた。
「およ? 沖で誰か訓練してるの?」
「はい。多分、神奈川第一の方々かと。」
 神通が答えると、那珂はウンウンと頷いた後、見学者の方に身体の向きを戻して説明に加えた。

「はーい、皆さん。ここは検見川の浜です。昔から海浜公園の一角だったんですけど、あたしたちがさっき見てきた倉庫群のあたりから、あっちの川の手前までは、うちの鎮守府が管轄する土地というか区域になっています。とは言っても浜辺は県や市と共有ですので、普通に使われますし市民の憩いの場でもあります。ところで皆さん、この辺の海のことわかりますか?」
 那珂は沖を指差し示した。そこには先刻から神通が見ていた光景が続いていたが、あえて海の上の彼女らに触れずに続けた。
「この浜辺と海は元々から海水浴向けにはなっておらず、主にマリンスポーツ向けに開放されていた海域ですが、今は深海棲艦の危険もあり、それも制限されていて使えません。そのため現在ではほとんど艦娘、海保や海自、あるいは地方自治体で特別に許可された人や団体しか使いません。このあたりの決め事は他の地方自治体でもそのはずです。」
 見学者たる生徒たちからは高低様々な声とともに相槌が打たれる。
「ねぇ那美恵ちゃん! あそこにいるのも艦娘なの?」
 那珂とは同学年で友人の一人である女子生徒が手を上げながら問いかけてきた。那珂は想定通りに質問してきたことに心のなかでドヤ顔をし、口調は普段の軽調子で答えた。
「うん。あそこにいるのはこれから演習試合を行う相手の、神奈川第一鎮守府の人たちだと思うよ。」
「この目の前の海も鎮守府の敷地の範囲なの?」
「え~っとね。うちの鎮守府の管轄は堤防から○m先までらしいよ。そこから先は市や県の領海なんだってさ。けどまあ、勝手にいて何か言われるわけでもないし、そのへんはフリーダムです。だから別の鎮守府の人が使ってても問題なーし。」
「へ~~。なんかおもしろーい。」

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「艦娘って結構地方のいろんな運用と関係してるんだな~。」
「それじゃあ艦娘って公務員?」
「まっさかぁ~。それじゃあ会長は今すでに公務員なのかね?」
 別の生徒も感想を口にし合う。その内容にピクンと反応した阿賀奈はその話を口にしていた男子生徒たちにソソっと近づき、話に割り込んだ。
「ウフフ~、○○君達そこが気になるのぉ~~?」
「うわぁ!四ツ原先生!」
「うおっ、あがっちゃん!!」
「!!」

 背後にめちゃくちゃ近かった阿賀奈に色んな意味で驚いた男子生徒は瞬時にバックステップをして距離を取った。阿賀奈はその反応を特に気にせずニコニコとしている。
「ね~先生が君たちのその疑問に答えてあげよっか~~?」
「え、アハハ。別に大丈夫ですよ。」
「そ、そうそう。なんとなく思っただけっすから。」
「後で会長に聞いてみますよ。」
「えぇ~~そんなこと言わずに先生に頼ってもいいのよぉう~~?」
 その反応には気になったのか阿賀奈は脇を締め自身の大きな胸部装甲を両腕で圧縮して、口をやや尖らせて身体を左右に振って駄々っ子ばりに抵抗した。その強調された胸と阿賀奈の童顔だがスタイルの良い全身から振りまかれる無意識のテンプテーションに男子生徒たちは困り笑いを浮かべて返事を180度ひっくり返した。
「「そ、それじゃあ先生に聞きたいなぁ~~」」
「ウンウン。素直に先生に頼っていいんだからね。」
 機嫌を良くした阿賀奈は胸の前で腕を組み答えた。なお、男子生徒たちの鼻の下は誰が見ても伸びていた。


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