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同調率99%の少女(26) :那珂と川内の奮闘

バッシーーーーーーーーーーーーン!!!!

「うわあぁぁぁ!!!」
「きゃあああああ!!!!!」


 ペイント弾とは思えぬ激しい炸裂音が鳴り響く。川内と夕立は綺麗に揃って吹き飛び、3回4回と海面を転がっていった。ようやく衝撃と横転が止まり、沈みかけたその身を主機の浮力をフル稼働させて起こして海面に立ち上がる。
「……つぅ~。夕立ちゃん、大丈夫?」
「……うえぇ~~~ん! 痛い~~~!」
 夕立は初めて食らった戦艦の砲撃の衝撃に思わず泣きじゃくり始めた。川内とて戦艦の砲撃を食らうのは当然初めてだが、理解が及ばないので泣き出すほど感情を沸き立たせられないでいる。
 二人共耳から脳にかけてキンキンと響いて頭痛がひどい。吹っ飛んで海面に激しく打ち付けたせいなのか腰も痛い。食らったのが戦艦の砲撃だったのかは、自身と夕立の全身を改めて見てようやく気づいた。全身が真っ白に染め上げられていたからだ。
「な、何が起きたの一体。うわっ! あたしも夕立ちゃんも真っ白。食らったのってほ、砲撃なのかぁ……。」
「えぐっ、えぐっ……うえぇーん!」
「ゆ、夕立ちゃん、泣かないで。まだ轟沈判定出てないんだかr

「千葉第二、駆逐艦夕立、轟沈!」

 川内が夕立を慰め鼓舞しようと声を掛けてる途中で明石の声で判定が発表された。それは二人にとって、たった今食らった砲撃よりも強い衝撃だった。

「な……!?」
「えぐっ……あたし、轟沈っぽい?」涙声で夕立が尋ねる。
「ま、マジか……一撃で轟沈って。こんな強い砲撃してくるってことは、あっちの軽巡いや、それ以上ってことだよね……?」
 川内がペイント弾の飛んできた方向を見定めるが、吹っ飛んできたためにすでに方向がわからない。誰か仕掛けてきたのか、川内は必死に考える。
 あの威力は駆逐艦や軽巡洋艦のものではないことはさすがにわかる。そして敵の編成を思い出す。
 ただ一人、当てはまりそうな人物がいたことを思い出した。気に食わないやつ。神奈川第一の中で天龍と暁たち以外に唯一面識があるその人物。

 霧島だ。

 偉そうに講釈たれてあたしを試すように口を利いてきた。那珂さんからの又聞きだと、戦艦艦娘と言っていた。戦艦の砲撃の威力がどのくらいなのかわからなかったが、今さっきのアレが戦艦の砲撃ならば、なるほど、仕掛けてきたのはヤツしかいない。

 川内が張り巡らせて想像した内容は正しかった。那珂に合流することしか頭にない二人めがけて、神奈川第一の支援艦隊の霧島が自身の長口径の主砲から援護のための砲撃を放ったのだ。

「うぇ~ん川内さぁん。あたしもうこれ以上戦えないっぽい?」
 轟沈判定を受けて、夕立が猫か犬のようにすがりついてくる。川内は夕立の頭を撫でながら、その視線はその方向にいるかわからない霧島を睨みつけるべくキョロキョロする。

「大丈夫。夕立ちゃんの仇は絶対あたしが取ってやる。」
「ゔん。ところで川内さんはだいじょーぶ?」
「え?」
 夕立に心配され、川内は自身のスマートウォッチでステータスを確認した。


 大破


「うえっ!? あたし大破なの!?」
「うー、川内さんも後ちょっとで轟沈っぽい。絶対ヤバイよぉ~。」
 事実を認識するや夕立は不安の色を表情にさらに濃くにじませる。川内は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、まだ諦めない気持ちで心中は占められている。
 霧島を絶対に許さない。
 大破だろうがその怒りだけで川内は十分動き続ける気マンマンだった。

 大破と言っても身体的にはとくにペナルティは課されない。あくまで艤装の健康状態の評価のみであるからだ。だから大破・轟沈状態でも動けるのが演習モードの艦娘たちである。
 しかしそれでは実戦のシミュレーションにならない。だから演習試合では大破の者は動きを鈍くする・一定の速力を出さない、轟沈したら戦場から即時退場などのルールを設ける。それに則って艦娘たちは動こうとする。
 それを破る者は運用上許されないものとして提督、あるいは各鎮守府で設けられる監督官や教育の講師担当の者にこっぴどく説教される。プラス他の艦娘からもお前空気読めと信頼を失いかねない。

「大破だろうが、なんとかしてやる。だから夕立ちゃんはもう下がってて。」
 そう口にした川内は怒りで歪ませた顔を夕立に見せないように立ち背中で語る。そしてかかってきた通信に乱暴に答えてすぐに切ると、背後にいた夕立の一声すら無視し、激しい航跡を立ててダッシュし始めた。

「そりゃああーーーーー!!!」

 叫びながらダッシュした後、その場には嗚咽をようやく収めた夕立だけがポツンと残るのだった。


--

 那珂は天龍から離れ、改めて標的を龍田ら残りの敵に定めた。天龍には川内と夕立が迫っていることから、一言の指示で気を引いてくれるだろう。そう察して那珂は一路東へ進む。
 対する東からは龍田・暁・雷・電が迫ってきていた。


「はわわ!あの人こっちに来るのです!」
「落ち着きなさい電。こっちは龍田ちゃんもいるし、数も多いわ。」
 向かってくる那珂を見て口調でも態度でも慌て始める電。それを雷が励ましてフォローする。そんな雷の言葉に龍田と暁は頷かない。それどころか、那珂に対して険しい視線を送る。
 その態度に違和感を持った雷が二人に問いかける。
「どうしたのよ二人とも。」
「いやあね、あの人、あっちの川内の言ってた軽巡洋艦那珂だったよね~って思い出してさ。川内の言ったことを思い出したら、あの人相手にするのヤバイんじゃないかって思ったの。……もしかして龍田さん、何か知ってる?」
「(コクリ)」
 暁の想定と問いかけに龍田は無言で頷いて、3秒ほどしてから口を開く。
「合同任務で……見たからわかる。那珂さん、相手にしたらまずい。それにあの人は、突飛な動きで翻弄してくるって、霧島さんや加賀さん、那智さんたちも言ってた。」

「「えぇ!?」」雷と電が同時に驚きの声を上げる。
「で、でも私が館山の時に一緒になったときは普通の指揮っぷりで特別飛び抜けて強そうとは思えなかったけど……。」
 館山イベントの当時緊急の出撃で一緒になった雷は那珂のことを思い出すように語る。やや楽観的な雷とは違い、暁は慎重に状況を捉えて龍田に尋ねる。

「龍田さん、どうすればいい?響はやられちゃったし、天龍ちゃんはちょっと頼れないわ。」と暁。
「(コクリ) ここは鳥海さんの指示通り、私達は距離を保って砲撃。敵……特に絶対那珂さんに近づかせない。」
「「「了解!」」」

 実際の艦船では単縦陣で敵艦隊を狙うが、艦娘においては砲は横向きでも正面でも自在に向けられる。そのため、陣形と砲撃の効果は状況によってマチマチだ。神奈川第一の龍田たちは艦隊の配置上は単横陣になりながら正面に向けて一斉に主砲を構え、向かってくる敵、軽巡洋艦那珂を捉えた。

 那珂は正面の相手が砲を構えたのを目の当たりにした。かわすのは難がないが、距離と立ち位置的に回り込むのは厳しそうと判断した。
 まずは相手の出方を待とう。
 そう考えて単横陣で並ぶ龍田にまっすぐ向かうのを一旦止め、針路を北向きにし横切って距離を保つことにした。
 ほどなくして龍田らが遠距離から砲撃をし始めた。

ドゥ!
ドゥ!
ドドゥ!
ドゥ!

 那珂は龍田らの砲撃を難なくかわしつづけるが、想定したとおり那珂の向かう先を予測して撃ってきているため、距離を詰められない。詰めること自体は問題ないのだが、前進しながら余計な動きをしてかわしてスキを作りたくない。後方にはせっかく真っ向勝負から逃れた天龍がまだくすぶっているのだ。


--

 その時、龍田たちのはるか後方から轟音が鳴り煙と熱風が波状に広がり、海面から1m上を何かが通り過ぎた。
 一瞬のことだったので那珂は何が起きたかすぐにはわからなかった。が、刹那自身の後方で何かがぶつかる音と悲鳴が発せられるのを耳にした。移動をやめ、背後つまり西に那珂が視線を向けると、川内と夕立の二人がさらに後方へ吹っ飛んで何度も海面を跳ねている最中だった。着弾したあたりには真っ白いペイントが海面を漂っている。
 視線の端には天龍を確認した。彼女も突然の極大な砲撃に驚きを隠せなかった。同時に離れた場所から東進していた五十鈴たちも突然の轟音に驚いて動きを止めている姿も確認できた。

「うっひゃあ~さっすが戦艦の砲撃だ。何度聞いてもアレはビビるわ。霧島の姉御ナイス!一撃で二人を駄目にしたぜ!」
 天龍はガッツポーズを決めて喜び、川内らから視線を前方に向けた。
「さてと……次はあんただぜ、那珂さん。」

 那珂はその後の放送を聞いた後、視線の先の敵である天龍、それから後方の敵である龍田たちを見定めた。
 天龍の狙いは最初から自分のみ、そして、反対側の龍田らは近づいてこないところを見ると距離を置いて自分を狙っていることは想像に難くない。状況は結局変わっていない。どう立ち回るべきか那珂は考えた。
 自分たちの作戦では、敵前衛艦隊を撹乱しチームプレーをできなくさせることだ。天龍を龍田たちと引き離し、響を倒した今のこの状況は一応目的を達成しつつあると捉えてもいいだろうが、相手はまだ固まって行動しているのだ。支援艦隊もまったく油断はできない。
 那珂は五十鈴と川内に通信した。

「五十鈴ちゃん。そっちの状況教えて。」
「長良がほぼ大破。あと一撃でも食らったら大破確定ね。下手すると轟沈判定される。私と不知火はまったく問題なし。」
「川内ちゃんは?」
「……大破ですよ。もう通信切りますよ。あたしは絶対倒さなきゃいけない相手ができたから。」
「えっ、川内ちゃん?」「ちょっと川内?」

 那珂と五十鈴の心配の声掛けを無視して川内は乱暴に通信を切った。目視すると、川内は真っ白い体をしながら速力を上げてダッシュしはじめていた。
「川内ちゃん何するんだろ? あぁもう! 五十鈴ちゃん、そっちは龍田ちゃんたちを相手してくれる? 多分あの娘たち、近づかないで狙ってくる。」
「OK。ある意味艦娘の戦い方のセオリー通りでしょうね。こちらで応対するわ。あんたは?」
「川内ちゃんを支援する。あの娘が何をしたいのかわからないけど、守らなきゃ。」
「えぇ。わかったわ。後方の神通たちにはそちらを支援させるわ。通信は私に任せて那珂は動いていいわよ。」
 那珂と五十鈴は互いの通信を切った。そして那珂は前進し続ける川内に近づくべくダッシュして移動を再開した。


--

 川内が動き始めたのに気づいた天龍は一瞬怪訝な表情を浮かべる。

「あいつまだ動けるのか。ちっ。トドメをさしてやる。」

 川内の動きに気づいた天龍の注意を引くべく、那珂は声を上げた。
「天龍ちゃああぁーーん!!」
「!! 那珂さんか! へっ、そっちからまた来てくれるなんて嬉しいぜ!」

 再び那珂は天龍と相まみえるべく接近する。が、その移動の速力は速いながらも距離はすぐに詰めようとしない。小刻みに進退を繰り返す。
 やがて川内が天龍を追い抜き、那珂をも過ぎ去る。それをチラリと見た那珂は天龍から距離を空けて砲を構えた。その立ち位置はまるで川内を天龍から守るようだった。
 そしてその立ち位置と猛然とダッシュしつづける川内を一目で視界に収めた天龍は、那珂に対する好敵手心を一瞬収め、冷静に状況を見た。
「ん? なんだ……あいつ、どこに行く……気……あっ!!」

 天龍は川内を視線だけで追いかけて、その先を見てようやく気づいた。那珂に向けていた針路を急遽ずらし、0度つまり北気味に進むことにした。それは那珂を大きく迂回することと川内を追いかけるためだ。
 天龍の動きはある意味想定通りだった。那珂は天龍の動きに素早く対応し、行く手を阻む。

「ちっ、邪魔だ!どけぇ!!」
「ううん。どかないよ。だって天龍ちゃん、あたしと戦いたいんでしょ?さっき逃げちゃったからまた戦お?」
「……それどころじゃなくなった。あいつを止めなきゃ!」

 那珂が塞ぐ針路から数十度東にずらして進もうとする天龍。それを那珂は力を溜めた勢いによる側転で彼女の針路上に立ち、塞ぐ。天龍が別の方向に行こうとすると那珂はすかさず移動して行く手を阻む。さらに勢い良く別の方向に行こうとする事に対し、時々軽くジャンプして素早く対応することを逃さない。
 二人は何度か繰り返す。
「う~~~~邪魔だよ! どけっての!」
 何度も邪魔され、天龍は見るからに苛立ちを沸き立たせる。

ヒューーー……

ズドオオォ!!ズザバアァ!!
「うおっ!?」

 その時、天龍の背後に五十鈴から要請を受けた妙高が砲撃をした。飛んできたペイント弾は天龍の背後5mに着水し、水柱を上げる。妙高の命中精度は後方にいて落ち着いて狙えた分、そして五十鈴の指示を受けた神通のサポートがあった分、最初から高かった。
 思わず背後を見て、狙ってきた敵に睨みを効かせる。天龍の標的とそれに対する集中力は、完全に分散された。
 そして出来た隙を那珂は逃さない。
 自己で操作できる限界まで同調率を高めて那珂は天龍との距離を一気に、しかし静かに詰めた。天龍が再び振り向くまでのわずかな時間で那珂は天龍の数m前に立ち、全砲門から砲撃を放った。

ズド!ズド!ズドドドド!
ドゥ!ドドゥ!!

「うあ!」

 天龍は逆方向からの突然の砲撃に振り向くが、それは那珂にとって判定を一気に進めるには十分すぎる遅い反応だった。
 やがて那珂はトリガースイッチから指を離し、構えた両前腕をゆっくりと下ろして口を開いた。
「よそ見したらダメだよ、天龍ちゃん。まだまだ甘いなぁ~~。」
「くっ、な、那珂さんてめぇ!?」
 全身真っ白に染めた天龍がその後に言葉を続けようとしたその時、明石の声が響いた。


「神奈川第一、軽巡洋艦天龍、轟沈!」


 判定を耳にした天龍と那珂。二人の間には数秒沈黙が流れる。そして最初に口を開いたのは天龍だった。
「な、なんじゃそりゃーーーー!!!!?」
 天龍の絶叫が響き渡った。那珂はそれを見て左手で口を抑えてクスクスと失笑する。

「あ、あたしは……那珂さんと、戦うっつっても……こういうのは。あ!それどころじゃ!くそ!」
「あ、ダメだよ!!もう轟沈したんだから!」
 轟沈判定を受けてもなお前進しようとする天龍を那珂は両腕を横に伸ばし通せんぼして阻んだ。天龍は那珂から改めて轟沈の言葉を聞かされ、ようやく現実のものとして受け入れそして愚痴を吐いた。
「ちっくしょー!やられた!那珂さんにやられた!」
 天龍は何度も海面で地団駄踏む。海水が跳ねて散らばり、彼女自身の足を濡らす。そんな悔しそうな天龍に那珂は促した。
「さ、天龍ちゃん、退場退場~。」
「ち、ちょっと待ってくれ。その前に龍田たちに通信させてくれ。……おい龍田、今支援艦隊に向かってるやつをどうにかしろ!後は頼んだぜ。」
「……うん。任せt……あ、ちょっと待って。あ……」
「おい、龍田? んだよ……あ、砲撃しあってる!ちっくしょ~、あれは五十鈴さんかよ!そっちにしてやられたぜ。」
 天龍が龍田たちに視線を向けると、ちょうど五十鈴と不知火そして長良が龍田達に向けて砲撃を始めたタイミングだった。龍田たちは那珂が天龍の方に向かったため、標的をどちらにするべきか決めあぐねて動かないでいたのだ。
 川内を追いかける役目を任せようとした天龍は、龍田達すら邪魔をされて悔しさを溢れさせた。そして自分たちの危機を完全に察して脱力しながら那珂に言った。

「ホラ行けよ。もうあたしには用はないだろ。」
「すねないでよ天龍ちゃ~ん。」
 那珂は天龍に擦り寄りながら言う。天龍は那珂の突っつき擦り寄りを振りほどいて続けた。
「もういいから! 旗艦のあたしを倒した時点であんたらの判定勝ちは確実だ。ホラ、あの川内ってやつを支援しにいけよ。あのままだとあいつ、うちの支援艦隊に返り討ちにあうぞ。」
「あ、うんうん。それじゃーまた休憩時間にね。ばいばーい!」

 そう言って那珂がその場を離脱して川内を追いかけようとすると、背後から天龍に最後の声を描けられた。
「あ、ちょっと待て。」
「ん?」
「あんた、あたしと戦ってるとき、本気じゃなかっただろ。」
「そんなこと……ないよ。真面目に天龍ちゃんに向き合ってたもん。」
「ちげぇ!そういうことじゃねぇ! あんたがあたしに連続で撃ち込む前! ちょーすばええ移動。後ろに気を取られてたとはいえあたし全然気づかなかったぞ。なんなんだありゃ。」
「それは~~~~ひ・み・つ。それ言ったらあたしの弱点とか色々わかっちゃうでしょ。企業秘密ですよそりゃ教えませんって。」
 那珂がおどけて言うと、天龍は興が削がれたのか肩をすくめて返す。
「そりゃそうだな。ライバルの秘密を簡単に知ろうなんざあたしも頭悪いわ。ってそんなことはどうでもいい。一番気に食わないのは……なんであたしと剣を交えた最初の頃にその本気を出してくれなかったんだ!?」
「……。」
「……ちっ、いいや。ここで問答してたら演習試合の邪魔しちゃうもんな。終わったらじっくり語り合おうぜ。いいな?」
「うん。それじゃあ行くね。」
「敵を応援するのもなんだけど、頑張れよ。あと……独立旗艦の鳥海さんはつえーぞ。気をつけな。」

 那珂は無言でコクンと頷いて天龍の言葉を心にしまい、長話してしまった分を取り戻すべく一気に速力を上げて海上を東進した。


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 川内を追いかけて那珂は移動し始めた。結構速いぞ後輩!
 那珂は目の前を見定めた。距離は相当あったはずだが、なにせ鎮守府と海浜公園前の海だ。本気で速力を出せばあっという間に距離など詰められてしまう。
 那珂はこれまでの訓練と神奈川第一の艦娘たちから聞いた話で、演習試合に適した広さの海域に適した速力、それを理解していた。なにせ急には止まれない・方向転換など実際の船のごとく急にはできない艦娘なのだ。マジな速力を出せば演習中の海域の範囲にそぐわない移動に支障をきたす恐れがある。
 だから那珂も天龍もそして龍田たちも、敵を本気で狙うなど言っておきながら、速力は抑えていた。それはいわゆるルールなのだから。

 しかし目の前遙か先に行ってしまった川内は、その前提を理解していない。
 那珂はその前提のことを教えるのを忘れていたのを思い出した。本当に些細なことだし、単なる暗黙のルールだ。守らない者がいてもおかしくない。
 あの後輩の少女は教えてもきっと守るような性格ではないだろう。そうオチをつけてしまった。とはいえ川内の状態は大破。そのことを考慮しても、あまりに本気の速力を出すのはよろしくない。
 注意すべく那珂は通信を試みるが、当然川内は出ない。このまま敵陣に単身突っ込むのはあまりにも無謀だ。そして目の前では恐れていた可能性のうちの一つが現実のものとして起きようとしていた。


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「霧島ァーーーーーー!あんたはぁーーーーーー絶対ぃーーーーーー許さないーーんだからーーねーー!!」

 喉が潰れかねないほどのヒステリックな叫びをあげながら川内は速力区分を無視して爆進する。敵の前衛艦隊から離れた敵の支援艦隊とはいえ、本気でスピードを上げて迫ればあっという間だ。


 川内の先では霧島を囲むように数人の艦娘が陣取っていた。そして霧島たちからさらに離れたところには独立旗艦たる鳥海。しかし川内の目には標的たる霧島しか映っていなかった。周囲にいる艦娘は眼中にない。

「うわわ!あの人突っ込んでくる!どうしよう秋月姉さん!」
「落ち着いて涼月。あなたは火網でカバーして!私は雷撃するから!」

ドドゥ!ガガガガガガガガ!!

ドゥ!
ドシュ、ザブン……シューーーー

 二人の軽空母の護衛をしていた秋月と涼月は向かってくる川内めがけて砲雷撃する。二人の砲撃を蛇行して避け続ける川内。

ベチャ!ベチャ!
 しかし数発あっさりと川内に着弾し、耐久度判定をガンガンマイナスにする。

「うっだらああああああ!!!!」

 興奮状態でわけの分からない叫び声を上げながら川内は、自身の状態がリアルタイムで変化しても突撃するために速力を下げない。
 そして秋月の放った魚雷が間近で炸裂し、巻き起こった水柱とともに真横にふっとばされる。

ズッガアアアァァァァン!!!!
「きゃあああ!!!」

バッシャーーン!
「ぐっ……ちっくしょ~~~負けるかぁ……!!」

 水没しかけた身を起こして川内は再び速力をあげてまっすぐ突撃し始める。

         秋月 飛鷹        鳥海
    川内         霧島
         涼月 隼鷹


 後少しで敵艦隊陣形中枢にいる霧島にたどり着く。その時。


「千葉第二、軽巡洋艦川内、轟沈!」


 明石の声で判定の放送が響き渡る。秋月と涼月の砲撃の1~2発でついに川内の耐久度はなくなり、轟沈判定を得てしまった。

「ああああああああぁぁ!!!」

 しかし判定を得たとはいえ、スピードに乗っていた川内は急に止まれない。そのまま秋月と涼月の護衛の壁を超え、飛鷹と隼鷹の集中力を途切れさせつつ二人の間を高速で通り過ぎ、目的通り霧島に迫る。
 しかし、川内は霧島の間近で横から思い切り弾き飛ばされた。

ドガッ!!
「うあぁ!!」
「きゃ……えっ!?」

 川内が横に飛んでいったことに霧島はハッとした顔をして面食らった。そして川内を弾き飛ばした原因たる人物に視線を向ける。
「轟沈と判定されたのですよ。自分で横に飛ぶなりしてぶつからないようにしてください。他人に迷惑をかけないでいただきたいものですね。」
 左肩から上腕にかけてをさすりながら鳥海はいたって落ち着きはなった口調で弾き飛んでいった川内に向けて注意した。

「ち、鳥海?」
「はい。ご無事ですか、霧島さん?」
 鳥海から平然と問われてさすがの霧島も呆気にとられる。
「え、えぇ。まったく問題ないわ。っていうか何もあなたがやらなくても……。私は艤装が大きいから、多少体当たり食らっても衝撃受け止められるし、なんならちょっと身体を振りかぶれば艤装で相手を物理的に弾き飛ばすことくらい訳無いわ。」
「まぁいいじゃないですか。轟沈なのに動こうとするなんてルール違反ですから、許せなかっただけです。ふぅ、少々左上腕が痛いですね。」
 左上腕をスリスリと撫でて癒やしつつ、そうにこやかに口にする鳥海。
 霧島と鳥海が声を掛け合うポイントから南に10数m、川内は前進の勢いを横に転げ回る力に勝手に変えられて何度も横転し、やがて海面に全身を打ち付けてようやく止まった。


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 那珂は川内を追いかけて東へと移動中に、川内の結末を見た。突然霧島のそばに鳥海が現れ、霧島の前で川内を左肩からの体当たりで川内を弾き飛ばしたのだ。
 那珂は多少距離があって遠目であったせいもあるが、その動きをはっきりとは捉えきれなかった。
「何……今の動き。霧島さんの左後ろに急に出てきたと思ったら……。あ! それよりも川内ちゃんだ。駆け寄ってあげたいけど、さすがに敵艦隊の直ぐ側じゃなぁ~。いくらなんでもなぁ~~。」

 鳥海の実力の一部に驚きはしたが、それよりも優先すべきは後輩の心配だった。那珂は思考をすぐに切り替えて移動する。が、すぐにその先の危険性を察して速力を弱める。なんとなくダラダラとした歩みになってしまっていた。
 そんな那珂の動きをやはり同じような遠目で見ていた鳥海が気づいた。距離はあったが十分近接通信の有効範囲のため、那珂は鳥海から通信を受けた。

「そんな警戒なさらなくても大丈夫ですよ。あちらの娘に早く寄り添ってあげてください。連れて帰るまでは私たちはあなたに攻撃しませんから。それは約束します。」
「え……でも。試合中なのに本当によろしいんですか?」
「(クス)えぇ。なんたって私は独立旗艦。一番偉いんですよ?」
 その言い方と雰囲気で、那珂は鳥海の言葉を信じることにした。物腰が穏やかなのは確かだ。たった今会話しただけでもその片鱗がわかる。そして信じさせるだけの見えない圧力や威厳があると感じた。
 彼女を信じ、那珂は川内を助けに敵支援艦隊のそばまで行くことにした。
 自分は川内を助けたい。鳥海らにとってみれば敵単艦、轟沈状態とはいえそばにいさせるのはなんとなく都合が悪いのだろう。
 つまり利害が一致したのだ。どのみちこのまま距離を開けて時間を潰し、川内を見殺しにすることも出来ない。

「そ、それじゃー失礼しま~す。」

 那珂は神奈川第一の支援艦隊の数m横を通り過ぎ、川内が横転を止めたポイントについた。なぜか川内はすぐに浮き上がろうとせず、ほぼ全身を海面に浸けて大の字で浮かんだままでいた。
「立てる?」
「……頭を冷やしているんでもうちょっと待ってて下さい。」
「轟沈した人がずっとここにいるの気まずいんだよねぇ。それに髪の毛海水で傷んじゃうよ?」
「……はぁ。そういやそうですね。わかりました。」
 那珂が差し伸べたままの手を川内はようやく掴む気になり、起き上がる。尻を起点に起き上がろうとしたため一旦川内の身体はザブンと沈むが、足の艤装効果によってすぐに浮き上がる。川内は足の主機を海中に向け、全身を上手く一直線にして一気に海上に飛び出た。那珂の手を掴んだのは、飛び上がった後海面に着水する際バランスを崩しかけた時だった。

「うわっととと!」
「大丈夫? ってかすげー、沈めたビート板が浮かび上がってきたみたいに勢いよかったよぉ。」
「アハハ。なんかしっくり来る例えありがとうございます。」
 軽く冗談混じりに一言ずつ交わした後、那珂と川内は鳥海と霧島にペコリと挨拶し、一気に速力をあげてそそくさと離れた。


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 二人は鳥海たちとも、残りの龍田たちからも離れたポイントまで移動した。そこは鎮守府側の突堤の途中だ。
 那珂は川内を気遣う言葉を掛けつつ、川内が体験した情報を得ようとしていた。

「ホントに大丈夫?なんかまだふらついてない?」
「そりゃ……まぁね。戦艦の砲撃をまともに受けたんだもん。仕方ないですよ。」
「離れてたし二人の前にいたから直接見てないけど、それどんな感じだったの?」
 川内はつばを飲み込み、数秒してから再び口を開いた。
「なんというか例えられませんよ。全身に強い衝撃受けて吹っ飛んでわけわかりませんでしたもん。あれ、本物の弾薬エネルギーや本物の砲弾だったら、あたしと夕立ちゃんは今頃爆発して死んでましたよ。」
「こわっ! 訓練のペイント弾でよかったよねほんっと。」
「いやまぁ、ペイント弾であっても結構マジで死ぬかと思ったんですがねあの威力。」
「戦艦の撃つペイント弾ともなると普通に凶器になるのかもね……。さてお話はこれくらいにしてそろそろあたし行くけど……一つ聞かせて。」
 雑談を打ち切って那珂は真面目な口調になり、川内に尋ねた。
「なんで、単身で突っ込んだの?」
「え……。」
 川内は那珂が急に真顔で自分を見据えてきたので怖くなり固まった。那珂は言葉なく川内の返事を待つ。
 じっと黙って待たれて川内は居ても立ってもいられなくなったのか、モゴモゴしながら言葉を紡いで出した。
「つい、カッとなって。」
「うん。」
「夕立ちゃんが、あの娘がわんわん泣くのを見てなんか、やるせない気持ちになって。それにやってくれた相手は威力ですぐに察しましたし。館山のときあたしに嫌味ったらしく説教してきたあの霧島だって。そこまで頭の中で把握したら、なんかもう……。」
「それで、気づいたらダッシュしてたってこと?」
「……(コクリ)。」

 那珂の再びの沈黙。川内は胃が痛くなった気がして恐々として待った。
 実際には十数秒だが体感的には数分とも感じられる間の後、那珂はため息を吐きながら言った。
「はぁ……。仲間のためってことならいいや。もし大破になったからもうどうでもいいや~ってことだったらちょっと許せなかったけどね。」
「……ほっ。」川内は胸をなでおろして安心した。
「でもね、今はチーム戦なんだからなるべく一人で行動するのはやめてね。」
「でも! 那珂さんだって天龍さんと勝手に戦ってたじゃん。なんであたしだけダメなのさ!?」
「あたしは当初の目的通り、敵の撹乱の範疇にあったからね。川内ちゃんみたいに激情に任せて勝手に行動したわけじゃないよ。そこは履き違えないで。」
「う……ずるいよ……。」
「川内ちゃんはまだ経験が足りないからわからないと思うけど、そこは毎回の訓練で自分なりの振る舞い方を確立してみて。今回のことは大事な経験と思って、自分のしたことをしっかり覚えておいてさ。注意はもうこれ以上はしないから。」
「はーい。わかりましたよ。」
 ぶっきらぼうに返す川内。那珂は川内が振る舞いはこうだが内心理解を示してくれたと想定して話を切り上げることにした。

「ところで一人で大丈夫? なんだったら誰か呼んでくるよ?」
 最後の気遣いをする。川内はいまだ痛みとしびれがあるのか鈍い動きで、しかし軽い口調で返した。
「えぇと、大丈夫です。ついでなんで夕立ちゃんを拾って帰ってます。」
「あ、だったら工廠に帰らないで堤防か消波ブロックの側にいて。後でみんなで挨拶とかあるかもしれないから。そのこと、神奈川第一の響さんと天龍ちゃんにも言っておいて。」
「え~あっちの人たちも誘わなきゃダメなの~?」
「そりゃま~ね。ホラ、あそこにいるの天龍ちゃんで、あっちにいるのが響さん……かな?」
「はいはい。わかりましたわかりました。」
 再びぶっきらぼうに返事をする川内に、那珂は普段調子で笑顔を投げかけ、そして離れた。


--

 離れていく那珂の背中をしばらく眺めていた川内は、すぐさまスマートウォッチの通信アプリを起動し夕立に話しかけた。
「夕立ちゃん、あたしのほうに来て。」
「……なんで?」
「轟沈した人は、ここらへんで待っててくれだとさ。那珂さんから。」
「うん、わかったっぽい。神奈川の人たちは?」
「あたしから伝えるよ。とにかくこっちへ来て。」

 夕立から返事をもらうと川内は通信を切り替え、しぶしぶながら天龍と響に接続した。
「あ~、聞こえますか? あたしは千葉第二の川内っす。」
「おう。聞こえてるぞ。」
「……はい。どうぞ。」
「轟沈した人はここらへんで集まっていてくれと、指示があったので来てもらえますか?」
「おう。わかった。響もいいな?」
「うん、了解だよ。」

 川内の声掛けに天龍と響は素直に従う意思表示をした。川内と夕立は堤防のそばへと移動を先にした。そこは見学者が寄りかかったり寄り添っている堤防の海側の際だ。
 川内と夕立が向こうからやってくる天龍たちと待っていると、上から声をかけられた。

「あっれぇ、そこにいるのもしかしてながるん?」
「え?」
 突然今までプライベートでしか言われたことのない呼び方で呼ばれて川内は上を向いた。すると、見学者の中の男子生徒2人ほどが、堤防から身を乗り出して下、つまり川内をじっと見ていた。
「……○○君、△△君。来て……たんだ。」
「うわっ、ながるんすっげー真っ白。もしかして負けたの?」
「あ~~~~、うん。アハハ。轟沈っていって、負け扱いなんだよね。」
「ふーん、俺達遠目だったからよくわかんなかったんだけど、白くてでっけぇの食らって吹っ飛んだのがながるんだったんだ?」
「そのシーン、ライブ動画の方で載ってたぜ。ちょうど画面端っこでながるんとそっちの娘が砲撃?食らって一瞬で画面から消えたんだ。」
「アハハ、しっかり見られてたんだね。あたしとしたことが、ダメだなぁ……。」
「そんなことねぇって! ながるん運動神経いいからその程度で済んだんだろ? よく頑張ったよ。後半戦も頑張ってくれよ。前みたいな明るくてよく動くながるんを見たいんだよ。」
「そうそう。2学期始まってからなんかいっそう元気ねぇから俺たち心配なんだぜ。」
「うー。ま、まぁありがとね。でもあたし轟沈したから、後半は出られないんだ。」

 そう口にして感情に影を落とした川内は、2~3の言葉の掛け合いを経た後、話は終わりと暗に言わんばかりにくるりと海側を向き、黙り込んだ。
 そんな川内を心配げに見つめる夕立は、その後もしばらく堤防の上と横にいる川内の両方向をキョロキョロと様子をうかがっているのだった。

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