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同調率99%の少女(5) : 見学(倉庫群~グラウンド)
--- 4 見学(倉庫群~グラウンド)
本館の外に出た那珂たちは、提督の案内にしたがって本館の周辺を回り始めた。鎮守府Aは北向きに本館の玄関が向き、その他の施設が本館の背後に来るように設置されている。本館の正面は表門があり、表門に向かって歩いた場合の左側、つまり本館の左側では大規模な工事が2箇所で行われている。反対側は植林された木々のある、自然のスペースとなっている。木々の間にはテーブルやベンチが置かれており、憩いの場としても活用される。
工事区画のある方は、提督の話にでてきた本館の拡張工事の区画及び別館目的の棟と、もうひとつは倉庫目的の施設だ。倉庫目的のほうは本館とは敷地内を通る道路(4輪車禁止)を挟んだ先にあり、奥に向かって細長い工事区画になっている。その先には海がある。
いずれも防衛省の鎮守府統括部の発注の元、必要な施設をあらかじめ建ててもらっている形となる。提督は発注元たる防衛省の代理の責任者となり、現場での実際の管理を一任される。他の新設鎮守府・小規模鎮守府よりも破格の対応を受けているように思える鎮守府Aだが、実際は市や国と共用の施設が大半であるため、艦娘制度用の設備としては本館と工廠内の出撃用水路、そして訓練施設のみである。
提督は本館の拡張工事区画の脇を通って案内し、倉庫目的の工事の場所に那珂たちを連れてきた。
「ここはいずれ倉庫になるところです。国や市と共用なんですけど、自由に使えるスペースを割り当てられているので、俺はここに資料館も作るつもりです。提督になってまだ日が浅いから、俺もまだまだ知らないことが多いからね。俺自身がまず知って、それから一般の人にも気軽に俺たちのことを知ってもらえるようにしたいんだ。」
手を両腰に当てて、提督は真面目に語りだした。
「世界中の海に化物が現れて制海権が失われつつあって久しいのにほとんどの人は無関心なのはどうにもね……。やつらと戦えるのが、艤装という機械に選ばれた艦娘という数少ない人間ということももっと知ってほしい。自分たちの安全を守るために、必死に戦っている人がいるんだということを、一般市民にもっときちんと知ってもらいたいんだ。一介の会社員である俺ができるのは、今の立場を利用したこれくらいだからね。それから……」
これから建設される建物とその役割について、自分の素性のことも交えて熱く語る提督。その語り口調からは、パッとしない容貌からは想像できないほどの熱意・秘めた思いが垣間見える。
そうやって熱く語る提督を那珂は特に熱いまなざしでじっと見て、語られる言葉を自身の胸に響かせていた。その親友の普段とは違う様子に気づいたのは、その場では三千花だけであった。
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倉庫付近を道路に沿って歩いて進み、一行は海岸沿いへ来た。
海沿いには、人工の海岸と、物資運搬用の小さな港湾施設がある。その港湾施設は倉庫群や本館とはやや離れたところにあるため、提督は海岸に沿って伸びる遊歩道の途中まで進んで紹介した。その港湾施設は鎮守府・艦娘だけでなく、民間船舶にも開放されているが、基本的には防衛省や企業が使うことを念頭に置いて作られている。さすがにタンカーとまではいかないが小規模の護衛艦なら2隻同時に停まっても航行に余裕があるくらいには整っている。60~80年前には北寄りにあったが現在では鎮守府に近い位置に移設され、大幅に拡張されていた。
「ここは港湾施設になっています。わかりやすくいうと、うちだけでなく防衛省や提携企業も使える港です。実際にはうちの所有ではなく、管理を委託されている形になっています。」
そう説明した提督の指さした先の港は、今は何も停泊していない状態だが、那珂や三千花らにとっては十分広すぎてどこまでが鎮守府の敷地なのか分かりづらかった。
鎮守府のある一帯は、大昔(60~80年前)には海浜公園が隣接された人口の海岸と、民間の船舶業者が所有する敷地などがあった。付近には少し離れて隣の駅との境目あたりに大型のショッピングモールや別の公園、そして病院などがある。途中は住宅街、そしてこの時代にはすでに存在しないが、鎮守府Aの目の前の区画にはかつて県立高校があった。今その広い区画には小さなショッピングセンター街ができていた。地域活性化のために海岸沿いの区画には長い年月の間に様々な施設が建てられたものの採算がとれずに最終的には売却され大半が国に戻っていた。21世紀も終盤となった現在では、その広いエリア一帯はいくつかに分割され、それぞれ別々の目的に使われている。その内の一つに鎮守府Aが開設された。
やっとそれらしい説明の施設の見学ができているためか、三千花や書記の二人は積極的に質問をし、提督から丁寧な回答を受けている。一方の那珂はというと、自身の時とは見学のルートが異なっていたため途中の倉庫や港湾施設は初めてだったが、グラウンドの先の海岸沿いは二度目でありすでに馴染みがある。
再び見る景色に思いを馳せる。
海を眺めると、ワクワク心踊る気持ちになったり、心穏やかに休める気持ちにもなる。海はすべての生物の生まれ故郷とも言え、本来はもっと近しい存在のはずなのに、そこを荒らしている異形の存在のために海からあらゆる生物が遠ざけられてしまっている。やつらのために、人は海に触れにくくなり、いつしか自然と興味を失って、今では一般人は海に近づくことを忘れてしまっていた。このままではいけないはず。
提督の考えには賛成だ。あの人がそういうふうにするならば、自分は艦娘として、他の艦娘にはできないことを行なって、人々に海を思い出してもらい、楽しく過ごしてもらえるようにしたい。
三千花らが提督に話す一方で沈黙を保っていた那珂はそのように思いを巡らせていた。
「じゃあ、次行こうか。次は……おーい那珂。なにポケッとしてるんだ?」
「へ? あ!はーい! いきましょいきましょ~」
思いをはせる時間が少し長かったためか、提督の掛け声に一瞬気づくのに遅れた那珂は珍しく素で慌てて、提督らのもとに駆け寄っていった。
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一行は海岸沿いを倉庫のあったほうとは逆の方向に進む。そこは昔から存在する人口の海岸だ。海水浴に適した水質ではないため、泳ぐことはできないが環境保全と景観保持のために70~80年以上前の形が保たれている。
そして港・倉庫群、本館の中間には多目的に使えるグラウンドがある。ここでは艦娘たちの訓練のほか、地域住民や企業・団体に貸し出す目的に設置されている。(ただし海に非常に近いため、災害時の避難場所としては不向きとしてその目的からは除外されている)
海岸を背に、那珂たちはグラウンドの端に立って提督からの説明を聞いている。
「グラウンドもせっかく大本営に用意してもらったのに、今は完全に遊ばせている状態でね……。ときどき五十鈴という艦娘や夕立たちが運動するのに使うくらいかな。」
閑散としたグラウンドの様子を見て、三千花は提督に提案も兼ねて質問をした。
「あの、西脇提督。もしですよ?うちの高校と提携できた場合、このグラウンドをうちの高校の生徒が使ってもいいのでしょうか?」
「その辺の運用はまだしっかりとは考えていないんだ。だから提携してる学校に対してはある程度自由に使ってもいいよと開放してもいいね。その辺は責任者である俺次第だから、アイデアがあればどんどん言ってくれたら助かります。」
提督をどうにかすれば、どうやら自由に使えそうだと三千花や書記の二人らは湧き立った。
「ねぇ提督。五月雨ちゃんたちの中学校にはここ使わせてないの?」
那珂は気になって聞いてみた。
「一応自由に使ってもいいよと言っているんだけど、彼女らはここの使い道までは頭が回らないみたいなんだ。」
「そりゃあ、4人じゃ広すぎるもんね……。あと提督。対外的に言えるくらいに運用固まっていないと、五月雨ちゃんたちの学校も使わせてって言い出しづらいと思うよ。そこは文書化なりまとめておいたほうがいいと思うな。」
「う……たしかに。」
那珂の指摘に提督は図星を付かれた様子を見せる。さらに那珂が畳み掛けるように指摘をする。
「五月雨ちゃんも提督と似たとこあるみたいだけどさ~、二人とも頭の中だけで残しておかないで、私や時雨ちゃんだけでもやれるように知ってること手順書みたいにもっと書き残しておいてね。」
もはや那珂に頭が上がらない状態になってしまった提督は那珂のいうことにはい、はい、と答えるだけになった。
その様子を見た三千花は、那美恵にやりこめられる大人も可哀想だなと思った。と同時に、西脇という人は那美恵から認められているとも思った。それは、ちゃらけている普段の仕草や振る舞いとは裏腹に、何事もそつなくこなせる、本気で物事に取り組むときの彼女の観察力や行動力を一番良く知っている親友の三千花だからこそ傍から見て感じとれることであった。
取り組むとなったら全力で、一人でもやれる那美恵だが、興味のない、できないと判断した物に関してはあっさりと手放して他人にすべて任せる。それ以外は一人でやろうとする那美恵だが、提督に対する態度が普段他人に見せるそれと違うと三千花はなんとなく気づき始めた。甘えてるというか、尽くそうとしている。親友があそこまで他人(しかも学生ではない大人の男性)に何かを促すのが珍しいと感じていた。
提督と那美恵の付き合いがどのくらいの深さなのかそこまでは知らない三千花だが、着任してから2ヶ月程度と言っていた那美恵と提督のわずかな掛け合いを見て、お互いある程度信頼を得合っているのだなと捉えた。
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