同調率99%の少女(15) :幕間:艦娘たちの休憩
--- 4 幕間:艦娘たちの休憩
夕方4時を半分回った頃、那珂たちは工廠を後にし、本館へと向かっていた。本館に入るとひんやりとした風が那珂たちの顔を撫でる。訓練前にはロビーのエアコンはつけていなかったのにと那珂は不思議がるが、すぐにエアコンをつけてくれた人物が頭に浮かんだので納得の笑みを浮かべてその涼しさを堪能してロビーを後にした。
待機室に直接向かう前に更衣室に足を運ぶことにした那珂たちは、工事が行われている1階東側の区画をロビーから遠巻きに見る。十数m離れている那珂たちのところからでも、ガガガガという壁か何かを削る作業音が聞こえてきて頭に響く。
「なんか……邪魔したらいけないね。」
「当たり前よ。別の階段から上りましょ。」
五十鈴の言うことは尤もだとし、那珂たちはロビー中ほどの階段から上り、更衣室へと向かった。
そして更衣室で着替え始める4人。本館へ来る前に濡れた制服を工廠でざっと乾かしていた川内と神通は、汗特有のやや不快な感覚をわずかに残していたので首周りや二の腕、脇など気になる箇所を拭いてから私服に着替える。それほど汗をかいていない那珂や五十鈴も同じようにざっと拭き、私服に着替える。
「さて、五月雨ちゃんたちはどこにいるのかなぁ~?」
那珂が誰へともなしに問いかける。川内と神通は教わった通りの情報を口にした。
「きっと待機室ですよ。まさかお土産3人じめしてすでにお土産食べ終わってたり!?」
「……さすがにそんなことしないと…思いますけれど。」
そんなことしそうなのはあなたと夕立さんだけですと神通は口に出しかけるが、あくまで思うに留めることにする。
川内と神通が反応を見せる中、那珂は五十鈴が無反応なのに気づいた。
「五十鈴ちゃん?どーしたの?」
そう那珂が語りかけると、五十鈴は自分の携帯電話をじっと見ているが、ほどなくして慌てて顔を向けた。
「えっ?な、なに?」
「いや……五十鈴ちゃんの反応がなくて寂しくなっちゃってさ~。」
「寂しいってあんた……。ところでちょっと私、用事を思い出したからこのまま帰るわ。」
五十鈴はやや急く様子を見せて那珂たちに伝える。
「え?待機室寄って行かないの?お土産あるんだよ?」
「私の分は結構よ。あなたたちで分けちゃっていいわよ。ホント急ぐからゴメンなさいね。お先に失礼するわ。」
五十鈴の反応が本気のものだとわかり、那珂は真面目に返事をして五十鈴が帰るのを見送った。
先に帰宅した五十鈴に続いて更衣室から出た3人は普通の女子高生に戻っていた。更衣室から出たその足で3人は3階にある待機室へと向かった。
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待機室には予想通り五月雨・夕立・村雨がいた。
「あ!那珂さん、川内さん、神通さん!お疲れ様でしたー!」
「うぅ~ん!ありがとー五月雨ちゃーん!」
ガバッ襲いかかるかのごとく那珂は五月雨に素早く駆け寄っていって五月雨を抱きしめ、彼女の頭を撫でる。
「うひゃぁ!ちょ、ちょっと那珂さ~ん。恥ずかしいですよ~。」
本気ではないややノった遠慮がちなリアクションを取る五月雨。那珂と五月雨の様子を見た川内は当然のツッコミをした。
「ハハ……那珂さんさっそくやってらぁ。」
「ゆ、有言実行すぎます……。」先程と同じく顔を赤らめる神通もさり気なくツッコミを入れた。
「あれ?そーいえば五十鈴さんは?」夕立が首を傾げながら尋ねる。
「うん。ちょっと用事があるとかで先に帰っちゃった。だから五十鈴ちゃんの分のお土産、取っておいてあげてね?」
「あ、わかりました。そういうことでしたら、はい。」
那珂の説明を素直に受け取って五月雨はお土産を取り分けた。
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五月雨たち中学生3人に那珂たち高校生3人で、しばらく歓談が続いた。話は川内たちの訓練の様子から各々の夏休みの予定など、多岐にわたる。
「砲撃はわかりやすくて楽しいけどみょーに疲れるよね。みんなもそうだった?」
川内は五月雨たちに質問をする。それに真っ先に答えたのは村雨だった。
「えぇ。私たちも最初やったときは訓練終わりでバテバテでしたよぉ。」
「うんうん。運動してるんだけど、なんだかめちゃくちゃ勉強したあとの疲れっぽかった。だからあたしどっちかっていうと砲撃苦手。魚雷撃って派手にボカーン!ってやるほうがワクワクするっぽいし好き!」
明るくケラケラと笑いながら言う夕立。それに五月雨も続く。
「私は初期艦研修でみんなとは別だったんですけど、同じ五月雨担当の人たちの中で私が一番ダメダメのバテバテで、みんなの足引っ張っちゃって。もっと体力つけなきゃなーってその時思いました。」
「まぁすぐに対策できるのが体力づくりだからねぇ。精神力とかそのあたりは艤装と数多く同調して慣れないとね~。それこそお・と・も・だ・ちになる感じで。」
「おともだちって……まぁおっしゃりたいことなんとなくわかりますけどぉ。」
苦笑いしながら村雨が突っ込んだ。那珂のへんてこな例え発言と村雨の弱々しいツッコミに他のメンツはアハハと乾いた笑いを部屋に響かせた。
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女子6人集まり、夕方数十分経っても話されるのは他愛もない話題。この日も提督は結局鎮守府には出勤せずにいたため、少女たちの歯止めはそもそも存在しない。
しばらく会話が続く中、神通は夕立がじっとこちらを見ていることに気がついた。神通は恐る恐る尋ねてみた。
「……え、えと。あの……夕立さん? な、何か……?」
「んーーーとさ。神通さんさ、前髪うっとおしくなぁいっぽい?」
「……えっ!?」
自身の容姿のことに触れられた神通は思い切り驚いてのけぞった。夕立の言葉に戸惑い、反論せずに黙りこくってしまう。そんな後輩を見かねた那珂は助け舟を出す。
「髪で思い出した!そーいやあたしも夕立ちゃんに着任当時に髪型のこと言われたっけ。ねぇねぇ3人とも。艦娘と普段の髪型って意識して変えたりしてる?」
「えぇと~、私は……やろうとするとと誰かさんに怒られちゃうので、ちょっと…。」
「私もさみと一緒。怒られちゃう。けど、いつか変えてやろって思ってる。」
五月雨と夕立はそれぞれの意見を口にする。五月雨と夕立が発言すると、なぜか村雨はギロリと鋭い視線を送った。那珂は一瞬気になったが気にせず話を進めた。
「そっかそっか。変えたいって気持ちはあるんだね。あたしも一緒。前に言われてさ、あたしもそろそろ艦娘としての自分の姿を決めてみたいんだよねぇ。だからヘアスタイル!あたしに似合うの何か考えてよ。あとこっちの川内ちゃんと神通ちゃんにも。ね?」
突然の話の展開にあっけにとられる那珂以外の少女は数秒して反応を示した。真っ先に反応したのは夕立と川内だった。
「うんうん。前にあたしが那珂さんとちょっと話したことだよね。さっき神通さんのだら~っと垂らした前髪見てて思い出したの。」
「いいですね~。あたしは別にいいけど、この神通には可愛い髪型させてあげたいよ!ね、神通。みんなに考えてもらおうよ?」
グイグイ来る夕立と川内に押される神通は戸惑いを隠し切れない。那珂の助け舟は結局はこの二人によって神通の一番苦手な空気の方向性に戻っていた。しかし彼女の心の中では、普段と違う自分という存在になんとも言えぬ高揚感が湧き上がり始めていたのを感じていた。しかし神通はそれを自分から口に出して言える性格ではない。
皆から反応を黙って求められた数秒の後、神通はゆっくりと頭を縦にゆらし了解の意を示した。
「よっし、それじゃああたしと神通ちゃんの髪型、みんな考えて~。」
「「「「は~い。」」」」
那珂の掛け声と共に、五月雨たちと川内はあれやこれやぺちゃくちゃ話し始めた。その光景はさきほどまでとまったく変わらないものようだが、今回は目的がしっかり決まっていたのでダラダラとした会話ではなく、中身のある割としっかりした話し合いだ。
女性の最新ヘアスタイルの知識や流行があまりわからない川内はとりあえず音頭を取ってみたがすぐに五月雨たちが口に出す内容についていけなくなり、目をキラキラさせてじっと3人を見るだけになっていた。結局髪型の話題のアイデアを出して練るのは五月雨たち中学生組だった。
「やっぱ、那珂さんは今のストレートがいいと私は思うな~。」
「いーえ、さみ。それじゃあ変化がなくて面白く無いわよ。後ろはウェーブにして、前髪はふわっとした横分けの大人っぽい感じが那珂さんには似合うと思うわぁ。」
「あたしはね、もじゃもじゃっとした横髪に後ろはお団子ヘアがいいと思うよ。前も那珂さんあたしの意見にノリノリだったもん!」
「それじゃあ神通さんは?神通さんの髪型は二人は何がいいと思う?」村雨は対象を変えてアイデア出しを続ける。
「うーーーん。神通さんこそ前髪横分けでふわっとした後ろ髪が似合いそう。そのほうがその……絶対印象良くなると思うなぁ。」
一瞬ちらっと神通の方に視線を送って五月雨は想像の評価を口にする。
「てか神通さんは前髪思いきって切ったらどーかな?後ろも別に今のようなロングじゃなくてもいいっぽい?」
大胆なアイデアを出した夕立は同意を求めて神通を見る。天真爛漫で素直すぎる言葉しか出さない夕立の言葉に神通はまたしても戸惑いを示すも、なんとか自分の意見を口からひねり出した。
「え……と、あの。さすがに切るのはちょっと。」
「えーー。それだと前髪絶対邪魔っぽい。」
「ちょっとゆうちゃん!失礼だよ。」
普段夕立を的確に制御する時雨がいないため、代わりに五月雨が弱々しいながらも制御するためにツッコミを入れる。が、基本的には誰のツッコミも気にしない夕立は五月雨の制御を振りきってアイデアを口にする。
「それじゃーさ、パーマは?」
「パーマか……それもいいわね。」
夕立のアイデアに何かピンと来るものがあったのか、村雨は少しうつむいて考えた後、神通をじっと見て髪型を想像する。
「あと例えば……部分的にカーラー使って形付けるのもいいわね。でもそれだと後ろ髪が……なにか印象を変えるポイントがほしいわ。」
中学生組のかなりの真剣かつ親身な議論を一歩距離を置いて見ていた那珂たちは、思いの外の取り組み姿勢だったことに驚きつつもその様子をあたたかく見守ることにした。
「うーん。なんか思った以上にすげーいい娘たちだわ。めちゃ真剣に考えてくれてるんですけど。」
「いや……那珂さんが依頼したんじゃないっすか。那珂さんがきちんと収めてくださいよ。ほら、神通もあっけにとられてないで。」
那珂の言葉に川内はツッコんでその言葉の終わりで、隣にいた神通に軽く肘打して触れる。
「はい。でもあの……すごく感謝です。こんな私のために……。」
神通の言葉の弾み具合が明らかに嬉しそうな反応だったので、川内はそれ以上言わないでおいた。
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「あの~那珂さん。」
「はーい?」
話し合いが終わったのか、五月雨が那珂に伝えてきた。
「アイデアなんですけど~。今日はもう遅いので、明日いろいろ試させていただけませんか?必要な道具も足りないので。」
「道具?」
「はぁい。私たちいろいろ持ってきます。」村雨がウィンクをして補足する。
大掛かりなことにならなければよいがと内心ドキドキしつつ、那珂は落ち着いた返しをした。
「それじゃあ明日、期待してるよ。あたしと神通ちゃんの新しい艦娘っぷりをたっぷり演出させてよね。」
「「「はい。期待してください!」」」
五月雨たちが考える新しい自身と神通、それがどんなものか、心の底から楽しみで仕方がない那珂であった。
その日は6人で揃って本館を出て帰ることとなった。全員で戸締まりを確認してまわり本館を戸締まりした後、工廠へ顔を出し、明石たち技師に挨拶をして鎮守府を後にした。
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その夜、那美恵は一足先に帰ってしまった凜花に電話で連絡を入れた。
「おこんばんはー凜花ちゃん。」
「はいはい。」
「今日はなんで先に帰っちゃったのさー!いちおー凜花ちゃんの分のお土産、取っておいてもらったよ。」
「……ごめんなさいね。ホントにちょっと用事があったものだから。」
「そっか。そうそう!五月雨ちゃんたちがね、あたしとさっちゃんの新しい髪型考えてくれてるんだよ。明日その発表をしまーす。だから、凜花ちゃんもいつもどおりの時間にね。」
「ちょっと悪いんだけど、明日は訓練に付き合えそうにないわ。」
「え?どーして?」
「ちょっとね。でも鎮守府には行くわよ。」
「そっか。来てくれるんならお話できるからいいや。」
「それと一緒にも行けないわ。お昼前には鎮守府に着くと思うけれど。」
「えっ、そーなの?なんで?どーして?」
「……ゴメン。今は言えない。」
「うー。じゃあ聞かないでおく。」
「そうしてもらえると助かるわ。そうそう、提督が来るのは明日からだそうよ。五月雨から連絡もらったわ。」
「えっ?あたし具体的な日付けまで聞いてないけど!」
「提督と五月雨の気まぐれでしょ。」
「うーなんか悔しいぞ。」
「なんでくやしがるのよ……。」
「まぁいいや。彼も~来るんならぁ~、あたしと神通ちゃんの華麗なる変身、見てもらおっかなぁ?」
「はぁ……どうぞご勝手に。」
「いやいや、五十鈴ちゃんも見てよね?」
「わかったわかった。時間が空いたらね。」
その後しばらくはとりとめのない話題を2~3やりとりし、那美恵と凜花の電話ごしのおしゃべりは寝落ちしかけた凜花の懇願によって終わった。