同調率99%の少女(23) :たった二人の出撃
# 4 たった二人の出撃
那珂たちが初日の訓練を終え、神通たちが長良型への指導の初日を終えたその翌日。場所は違えど、鎮守府Aのメンツは己に与えられた役割や立場を遂行していた。
神通は五十鈴と朝早く本館に集まり、この日の訓練の打ち合わせをしていた。自分たちの訓練当初の那珂と五十鈴の光景さながら、二人は真剣に内容を詰める。
「名取は武器の説明からね。長良は昨日まで少し砲撃をさせてしまったから、一旦ストップして、二人とも説明からにし直しましょう。いいわね、神通?」
「はい。それで、主砲以外も今日説明とデモを行いますか?」
「そうねぇ……どうしようかしら。」
待機室で頭を悩ます二人の視界の端には、長良と名取がいた。五十鈴は元々二人とは行動するときほとんど一緒なのだ。学校以外に、鎮守府への出勤も三人揃って行う様子が目立ち始めていた。
自分たちのときは、本来の艦としては一番の姉貴分のはずの同期が、いっつも朝は欠けていたっけな……と、心の中で苦笑いして、長良型の三人をそうっと流し見ていた。
「ねぇねぇりんちゃん!あたし今日は魚雷撃ちたい!主砲は面白いけど、今日はそんな気分じゃないの。いいでしょ?」
「あんたの乗り気とか気分とか聞いてないわよ。宮子とあんたの差分を解消しなきゃいけないんだから、少し黙っときなさい。」
「うひぃ……りんちゃんきびしいぃなぁ~。」
長良は肩をすくめておどけながら意見を引っ込め机に突っ伏す。そんな親友を名取は背中をポンポンと優しく撫でて慰めていた。
「今日はまず武器の説明をするわよ。二人が水上航行できるようになって、艦娘としての足が問題なくなった今が正式なスタート地点と捉えて頂戴。いいわね?」
「はーい。」
「うん、わかった。」
五十鈴のキビキビした指示に相槌を打つ長良と名取。
二人は初めて見ることになる武器にドキドキしていたが、神通は別の意味で胸の高鳴りを感じていた。
基本訓練を終えてからまだ3週間程なのに、果たして武器の取扱いとその説明を、この年上の後輩たちにわかるように、また恥ずかしい思いをせずにできるだろうか。
今日に至るまでの日数、神通は自主練も含め通常訓練は一通りこなし、ようやく移動しながらの砲雷撃に慣れてきた。それでもまだ総合的な成績では川内や那珂はもちろん、不知火や夕立らにすら未だ追いつけない現状である。
ただ神通の能力、命中率のみに注目するとなると話は別だ。砲雷撃の精度と集中力のフィルターを重ね合わせて評価を割り出すと、神通は鎮守府Aの艦娘の中でもトップクラスに躍り出るようになる。トップが那珂なのは誰の目にも明らかだったが、その次点で神通がいることに川内を始め他の艦娘たちも目を見張った。
ただ元来の自信の無さから、神通が他人も納得する自身の優秀な点に気づいていなかった。
自信の無さからうつむき始める。傍から見れば何の脈絡もなくただ俯いてしまったように見えるそんな様を、五十鈴は視線と口を長良たちから向けて問いかけた。
「どうしたの?何か問題とか提案あるのかしら?」
「え!? あ、あの……大丈夫だと、思います。」
「そう。」
五十鈴は一瞬怪訝な顔をするが、気にし続けるつもりはないのかすぐに視線を長良たちに戻して話を続けた。
その後五十鈴と神通は、出勤してきた提督に挨拶と説明をしに執務室へと赴いた。説明を始める前に五十鈴がこの日の提督の予定を伺う。
「今日の提督の予定は?館山に行かなくていいの?」
「あぁ。妙高さんに全権委任してるからね。それに、万が一の体制ということで、俺は鎮守府に残って担当海域を監視できるようにね。村瀬提督とすり合わせ済みさ。だから現場での立ち回りはあの二人にすべておまかせ。観艦式が終わっても今日は館山に泊まるよう言ってあるから、迎えに行くのは明日だよ。今日はずっとここにいるから、君たちは気にせずのんびり訓練に集中してくれていい。」
「そう、安心しました。わかったわ。」
最大の責任者が今日はいる。五十鈴は安心感を得て笑顔で受け答えした。その後2~3の雑談を交わしたあと、4人は執務室を後にした。
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神通たちが演習用水路の脇で武器の説明を始めてから15分ほど経った。工廠の第二区画では民間の小型艇の整備を行っているのか、機械音が響き渡ってくる。技師たちも慌ただしく作業をしているため、四人はやや肩身狭く感じて縮こまっていた。
なおかつ、機械音が思いの外うるさく、試し撃ちをさせようにも集中できずに進行が滞ってしまっていた。
「あの、五十鈴さん。やはり……プールに行ってやりませんか?」
「そ、そうね。今日は何だか皆さん珍しく作業しまくってて気まずいわね。」
神通が提案すると、激しく同意見だったのか五十鈴が戸惑いつつも素早く賛同してきた。結局4人は普段通り、演習用プールで続きを行うことにした。武器は主砲パーツ、副砲パーツ、機銃パーツをいくつかのみだ。魚雷は各々発射管だけは装備していたが、五十鈴の方針で装填はしていない。
気を取り直してプールサイドで五十鈴と神通は説明および試し撃ちの準備を進めた。
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そして1時間半ほど経った時、プール設備の出入り口から一人の技師が小走りでやってきた。五十鈴も神通も顔見知りのその女性技師は息を切らしており、まだ呼吸が整わないうちに喋り始めた。
「ハァ……ハァ。い、五十鈴ちゃん、神通ちゃん。提督さんから緊急の連絡よ。急いで執務室に来てだって。」
「「え!?」」
想定だにしていなかった“緊急”という語を含む発言を耳にし、揃って聞き返した。しかし技師の女性は詳しい内容までは聞いていないのか、とにかく執務室へと促すのみ。神通と五十鈴は顔を見合わせて、技師の女性に了解の意を伝え先に戻ってもらい、自身らも演習用水路を伝って急いで工廠に戻った。
軽装のためすぐに艤装を外せた神通は、コアユニットだけは残して同調したまま、比較的重武装な五十鈴たちの艤装解除を手伝った。
「りんちゃん、あたしたちも行くよ?」
「う、うん。私も聞きに行くよ。」
拒否して一問答やっている時間がもったいない五十鈴は長良と名取の言葉に軽く頷き、二人の同行を許可した。
五十鈴らがノックをして執務室に入ると、提督はノートPCの打鍵を止め、手招きして艦娘を近寄らせた。執務席の前まで五十鈴らが来ると、提督はようやく口を開いた。彼の眉間にはシワができており、その表情に五十鈴らはゴクリとツバを飲み込んで身を固くした。
「ついさきほど、東京海上保安部から連絡があった。東京港で深海棲艦が確認された。」
東京港と聞き、神通らは息を呑んだ。さすがに首都圏の水域の有名どころ真っ只中とくると、緊張感が違う。
「船の科学館近く、つまり東京海上保安部の近くに2体発見したとのこと。駆逐艦級と類別される個体だ。」
「ねぇ提督。警戒線は?今回はなんで鳴ってないの?」
五十鈴がすぐに気づいた違和に提督は頷いて答えた。
「厄介なことに、レーダーやソナーに引っかからない個体らしい。幸いかどうか怪しいが異常奇形タイプじゃない。深く潜られて見逃す心配はないが、やつらは砲撃まがいのこともしてくるから危険性は高い。沿岸にいる市民や観光客にはすでに緊急避難指示が出された。すぐに退治してほしいとのことだ。」
「了解よ。」
「了解致しました。」
五十鈴と神通は普段の真面目さを数割増しして返事をする。真っ先に返事をした二人に対し、長良と名取は戸惑ったままだ。
「え、え、えぇ!? 東京湾に深海棲艦って、それって大丈夫なの?」
「こ、怖い~。ここの検見川浜も、結構近い……ですよね?」
「あんまり大丈夫……と言える状況ではないかな。今回は……。」
途中で喋りを濁して提督が視線を向けたのは五十鈴と神通だ。提督の言わんとする事を察した神通はボソッと喋って補完する。
「出撃できるのが、五十鈴さんと私の……二人だからですか?」
「ご明察通り。」
こめかみを掻いて乾いた微苦笑を浮かべておどける提督だが、この人員の少なさとタイミングに不安だらけだった。隠しきれないその様は五十鈴と神通に伝わってしまった。
「ねぇ提督、本当に出現ポイントは東京港でいいのね?他はないのよね?」
「あ、あぁ。うちと海上保安庁の連絡体制は、東京海上保安部と千葉海上保安部とその各地方の保安署だ。東京以外からは今のところ連絡受けてないから、大丈夫だと思う。とにかく最優先で東京港の深海棲艦を倒してきてくれ。他があってもそれからだ。」
「うちらも行ってあげたいけど、さすがに砲撃すらままならない今じゃねぇ~。」
「うん。私も。」
「そうだな。二人には……いい機会だから臨時で秘書艦を任せる。出撃したメンバーとの通信の手順を学んで欲しい。早く二人にも一人前になってもらえれば俺としても助かるからさ。五十鈴たちは早く出撃準備を。俺との直接の通信コードはこの番号で確保しておいたから。何かあったらいつでも連絡してくれ。あと東京海上保安部の連絡は……で。」
自身らにまだわからぬ事なだけに空気を読んで長良と名取は引き、二人にすべてを託す気持ちで心の内を述べる。提督は頷きつつも二人に期待を込めていることを示し、そして五十鈴らに再度必要な案内を出した。
五十鈴らは執務室に残る三人に海兵風に敬礼をして本館を後にした。
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工廠では提督から連絡を受けた技師が神通たちを待ち構えていた。
「あ、来た来た。二人の艤装は出撃用水路の前に移動しておいたからね。」
「ありがとうございます、○○さん。」
「(ペコリ)」
五十鈴は立ち止まらず言葉で挨拶をかけて技師の側を駆け抜ける。神通は一旦立ち止まって会釈をし、慌てて五十鈴のあとを追って出撃用水路へと向かっていった。二人は艤装を装着し、別の技師と出撃の手はずを確認する。
「今日は奈緒ちゃんいないから、私が水路の操作をするわ。」
「よろしくお願い致します。××さん。」
「(ペコリ)」
明石の代わりに水路の操作をする技師に対し二人は素早く返事をしながら水路に駆けて行き、飛び降りる直前に同調を開始した。
その瞬間、名前と格好だけだった五十嵐凛花は軽巡洋艦五十鈴に、神先幸は軽巡洋艦神通に完全に切り替わった。今回の二人は、本番用の弾薬エネルギーおよび本番用の魚雷も全装填済みである。
構内放送で二人の名が呼ばれる。技師が操作と出撃時のいつもの儀式を始めた証だ。その直後、提督の声が響き渡る。二人の大人の声を聞き受けて、神通と五十鈴は心に安心感を得て、水路を抜けて湾へと飛び出していった。
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検見川浜にある鎮守府Aから東京港たるエリアへは、直線コースの航行でも50分近くかかる。ただしそれはベースとなる速力区分=スクーターで進んだときの時間で、今回は違った。
先頭を行く五十鈴は、速力区分=自動車で行くことを神通に指示していた。鎮守府Aの面々で決めた速力区分のうち、“自動車”はスクーターの2倍速、つまり約20ノットで航行することになる。
人の身で20ノットを出し、身体に受ける風はお世辞にも弱いとはいえない。ただしバランスは艤装が自動的に制御するため、二人はもちろん、一般的な艦娘もよほど変な姿勢でないかぎりは速度に負けて転ぶつまり転覆するなどということはない。
東京湾を斜めに突っ切る神通は、日が出ている明るい海を航行することに心が弾んでいた。先日の初出撃は夜間戦闘であったため、暗いという恐怖が自然に植え付けられたが今回は違う。今日は安心して戦えそう。そう高揚感があった。
これから戦いに行くのに薄らにやけて不謹慎と感じたが、そんな顔を見られる心配はない。
神通は安心して五十鈴の後に続いて進んだ。
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やがて二人の視界には東京○ィズニーシーや若洲海浜公園が遠目に確認できるようになってきた。前の夜間のときよりも、水平線上の先のその姿はクッキリと見える。それでなくても同調して視力がよくなっているため、普段眼鏡着用の神通も、裸眼でその光景を視界に収められている。
次に見えてきたのは海の森公園のある青梅・若洲人工島だ。2020年および2060年代に東京オリンピックが開催され、一部競技の開催場所ともなった場所で名実ともに東京港の玄関たる人工島だ。ごみ処理施設等があった時代はすでに遠く過ぎ去り、公園以外にもレジャー施設、市民の海上の足たるフェリー設備が設置されている。
ただしフェリー設備は2080年代、半分以上稼働停止している。深海棲艦の被害が懸念された結果である。それでも鎮守府Aが設立されてからはフェリーの本数はほんの僅かではあるが回復した。
五十鈴はそのフェリー乗り場から出るフェリーの護衛を一度したことがあるため、複雑な思いを秘めて横目に見る。神通は当該地域の地理なぞ女子高生の知識レベルでしか知らなかったため、海上から東京港に入るという普通ならばありえぬ行動も相まって、不思議で愉快な思いを湧き上がらせていた
そんなバラバラな思いを胸に二人の艦娘は東京港の中心部に入り込む。
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位置的には暁ふ頭公園の海の森公園寄りの橋をすぎた頃、二人はこちらに向かってきて、なおかつ前方の妙な方向に放水している船を見かけた。遠目のためハッキリとは確認できないが、どうやら巡視艇らしいというのは想像に難くなかった。
五十鈴は提督から事前に確認していた無線通信でもって連絡を試みた。
「こちら深海棲艦対策局千葉第二支局の艦娘、五十鈴です。海上保安部の方ですか?要請により参りました。応答願います。」
「(ザ……)こちら東京海上保安部所属の巡視艇○○。前方約200mに深海棲艦2体。○時○分から×分にかけて、沿岸施設に向かって体液のような物を三度放出、被害あり。明確に害獣判定、深海棲艦勢力DD2匹と測定。以後の対応の引き継ぎを願います。」
「了解しました。行くわよ神通。私は右から、あなたは左からまわりこんで。あの巡視艇からやつらを引き離すわよ。」
「……はい!」
五十鈴の合図で神通は10時の方向に、五十鈴本人は2時の方向に針路転換し始めた。二手に分かれたのとほぼ同時に巡視艇は放水をやめ、艦娘たちに深海棲艦を任せるために速度を落として距離を空け始める。
深海棲艦の駆逐艦級と判別された2体は放水がやんでも針路を変えず、そのまま五十鈴らに向かって直進してきた。
五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを対象の方角に向けつつ、9~10時の方角に駆逐艦級を視界に収める位置まで航行し続ける。さすがに上半身を軽くひねらないと狙えない体勢になると、速度を落としつつカーブして針路を左手側に捻る。
神通はというと、五十鈴の見よう見まねで姿勢と針路を駆逐艦級のほうに向け、やや遅れて右手側に曲がって完全に深海棲艦2体の背後に回り込んだ。海上保安部の巡視艇は前方の深海棲艦との間に艦娘が入ったことを確認し、緩やかにUターンしてこれから戦場海域になるその場を離脱した。
「このまままっすぐに見据えて、集中して魚雷を撃つわよ。いいわね?」
「はい。」
「先輩からあなたにおさらいよ。艦娘の魚雷の最大航続距離は?」
五十鈴から質問を投げかけられた神通はすぐには答えず、腰の魚雷発射管を前方に向け、駆逐艦級をジッと睨みつけた。
艤装の脳波制御を伝って数々の情報が魚雷発射管を経由して魚雷のメモリに書き込まれる。
自動操舵装置が、標的の方向と進行のコースをインプットする。
速度調整装置が、前方150mに収まる駆逐艦級に可能な限り安全に素早く当たるための速度を魚雷にインプットする。
深度調整装置が、調整された進行コースと速度を受けて、駆逐艦級の海中にある腹に確実に当てるための深度の浅深の範囲をインプットする。
魚雷発射管にあるスイッチに指を当てて情報を入力し終えると、神通は正解を口にしながら一瞬チラリと五十鈴の方を見る。念のためもう一つのスイッチに手をあてがって同じ思考をしてから口を開いた。
「……正解は、距離だけなら最大15km、威力とコースを最大限にカバーするならば、約3km、です。」
チラリと意識を五十鈴に向けた神通は一拍置いて、右の魚雷発射管のスイッチだけでなく左の魚雷発射管のスイッチも押した。
ドシュ、ドシュ
スゥーーーー……
ズド!ズドドドーーーン!!!
神通の腰の魚雷発射管から放たれた一撃必殺のそれは、5秒以内に駆逐艦級の2体の脇腹に相当する部分に激突し、東京港の大井ふ頭と青梅流通センターの間の海域に二本の5~6mの水柱を作り上げた。
もちろん、二体の駆逐艦級は爆発四散して肉塊に成り果てた。
水柱が収まり、二人は、駆逐艦級の大小様々な肉塊と鱗と思われる鋼のような硬い物質、そして目玉と思われる、爆炎で焼け焦げた球体を目の当たりにした。通常ならば東京港たる海に浮かぶはずのないものが浮かび上がってきたため、遠目でも確認できた。
あえて口に出すまでもなく、完全勝利である。
五十鈴が指示だけ出して撃たなかったことに疑問を覚えた神通は尋ねてみた。
「あの……なんで、五十鈴さんは撃たなかったんですか?」
「……それじゃあ逆に聞き返すけれど、あなたはなぜ二つも魚雷を放ったのかしら?」
「それは……五十鈴さんが。」
撃つ動作を一切していなかったから。言いかけた神通のセリフを五十鈴がキャンセルさせた。
「ゴメンなさい。意地悪な問答をする気はないの。あなたの初めての戦闘をちゃんと見届けたかったの。」
「五十鈴さん……。」
五十鈴は頭だけなく身体も完全に神通に向けて続けた。
「この前の緊急の出撃では私はあなたとは別艦隊だったから、あなたの実戦の姿勢を見たかったのよ。仲間の不意な行動や状態悪化があっても、きちんと判断して臨機応変に行動できるかね。ちょっと心配だったのだけど……普通に戦えたわね。うん。安心したわ。あなたの訓練をサポートした身としては、やっと個人的な合格を出せるわ。とっさの判断で行動できたのはさすがよ。ご苦労様。試すような真似して本当、ゴメンなさいね。」
「そういうことであれば別に……。うぅ、でも恥ずかしいです。ありがとうございます。」
五十鈴の意図がわかり、神通は若干抱いていた憤りを解消させた。しかし自分の動きを観察されていたのかとわかると、今度は恥ずかしさで顔を赤くする。もちろん俯いて。
五十鈴はそんな神通を気にせず感想を尋ねた。
「どう?日中の戦いは? 怖い……という感情は多分同調のおかげで感じてないと思うけれど、その他不安は?」
「確かに、怖くはありませんでした。後は……五十鈴さんの動きを参考にさせていただいたので。」
「そう。役に立てたのなら幸いだわ。次はあなた主導でやってみるのもいいわね。」
軽い口調でそう口にする五十鈴。その雰囲気に神通は真に受けて頭をブンブンと横に振って返事とした。
五十鈴はクスリと笑うがすぐに真面目な顔になる。
「フフッ。それじゃあ戻りましょうか。そうそう。海保の方々に報告しておかないと。」
そう言って五十鈴は無線で巡視艇に連絡し、帰還する旨伝えて任務終了を合図した。
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東京港を南下して東京湾に出た二人は、雑談しながら一路北東に針路を転換した。鎮守府に早く戻るためにやや速度を上げる。
「さーて、この後は長良たちの訓練の続きよ。急な任務に邪魔されたから集中してやりたいわね。」
「はい。でもなんとなく、今回の出撃、気分転換といいますか、私自身、ハッキリ自信が持てたような気がします。」
「そうね。変に小難しい出撃よりも、初出撃はこれくらいの緊張感と難度のほうがいいスタートが切れるものね。那珂たちが帰ってきたら、教えてあげましょう。一足先にちゃんとした初出撃できたってね。」
軽やかに語る五十鈴の言葉に神通はコクリと頷き、長い髪を潮風になびかせながら進んだ。
20分ほど移動に時間を費やしていたその時、五十鈴は鎮守府から通信を受けた。
「はい。こちら五十鈴。……提督? はい。はい……えっ!?えぇ。わかったわ。今すぐ向かいます。」
口ぶりが怪しい雰囲気になってきた五十鈴の声を聞いていた神通は何事かと不安をもたげて五十鈴の背後をひた走る。通信を切った五十鈴が急停止して神通に対面して喋りだした。
「これから養老川に向かうわよ。」
「よ、養老……川?」
「千葉県の養老川の河口付近で、深海棲艦らしき物体が1体浮かんでいるのを民間人が発見したって千葉の海上保安部に連絡があったらしいの。あの辺りは火力発電所や石油会社があるから、その手の設備を万が一にでも攻撃されたら大被害になるわ。急ぎましょう。」
「は、はい!」
気持ち的には初出撃となる一戦を終えて気持ちよく戻ろうと思っていた矢先に発生した二つ目の緊急の案件。神通は心がざわめき始めたが、深呼吸をして気を落ち着けて五十鈴の後を追う。
鎮守府に戻る航路の途中で東南東に針路を切り替え、速度を20ノットに上げて二人は養老川河口へと向かった。
しばらくして河口付近にたどり着いた二人が見たのは、公園の端で何かの機器を用意して川に向かって放水している数人の姿と、対象たる深海棲艦1匹の光景だった。
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明確な撃退手段を持たないため、海上保安部の隊員や市民ができるのは、せいぜい脅しのための放水程度だ。水を、活動するための環境の根本要素とする海洋生物の一部たる深海棲艦に、放水がどの程度通用するのか明確にわかってはいないが、想定通りの軽い脅し程度には効果を発揮することが多い。
ただし最低でも消防機器に代表されるような、強力な放水能力を持つ本格的な機器でないと効果的ではない。それゆえ、地上からの深海棲艦への対策は、正式な機材を所有する消防団もその役割を担っている。
このまま放水で沿岸部に近づけないように保ってくれれば五十鈴たちとしても行動しやすい。五十鈴は後ろにいる神通にこの後の動き方を伝える。
「養老川は川幅が最大350m前後しかないわ。私達の魚雷ではどんなに抑えても距離が伸びてここでは危ないから、今回は砲撃および射撃で行くわよ、いいわね?」
「は、はい!」
場を読んで咄嗟の判断で指示を出す五十鈴に、神通は感心する間もなく砲撃の準備を急かされる。左腕に装着した2基の単装砲の砲身の向きを調整し、腕を構える。狙いやすい左腕を前方に向け、深海棲艦との距離を測った。まだ遠すぎる。さすがに集中しても狙える距離ではない。
僅かに腕を下げる神通を見て、五十鈴は言った。
「まだ撃つことを考えないで。せめて100mくらいまで近づいたらね。さて神通。あなたの作戦を聞きたいわ。あなたならあそこにいる深海棲艦をどうやって安全に倒す?」
「え!? そ、そう……ですね。えと……」
神通は僅かな時間でシミュレーションを完遂させるべく頭を働かすが、敵勢力が先ほどと異なり判別がつかないので肝心の動き方まで行き着かない。
それを正直に言うことにした。
「敵の正体…というか勢力の判別がついていないので、細かく決められませんが、とにかく、沿岸部から引き離すべき、かと。そのためには、威嚇射撃をします。」
「そうね。こういうシーンでの基本のやり方がそれよ。よくわかってるじゃないの。」
「さ、さすがに……教科書に載っていた事例にそっくりなので……。」
五十鈴に褒められたゆえの照れは自信の知識の由来を明かすことですぐに解消させた。五十鈴も引っ張るつもりはないのか、神通の受け答えを聞くと一つだけアドバイスを述べ、すぐに前方を向いて次の案を期待し始める。
「本当なら偵察機持ってきていればよかったのだけれどね。まぁ仕方ないとして、実際に誰がどう動く?」
「そう、ですね……。」
相槌を打ちながら、そうかしまったと心の中で舌打ちをした。自分の強みは、艦載機の操作だ。それだけは誰が何を言おうと譲れないし譲りたくない。そんな得意といえる分野の操作をするための大事な機器を持ってきていない。慌てていたがゆえの結果だ。
ないものは仕方ないので、今いる自分含めた艦娘二人を効果的に動かすしかない。神通の頭の中では、自分すらコマだ。頭の中でこの辺りの地図を広げて、3つのコマを置く。挟み撃ちにするには誰か一人に大きく遠回りして川上に向かってもらう必要がある。なおかつ川下の一人は河岸に沿って近寄り、深海棲艦が川の真ん中に移動するよう砲撃する。川上の一人の射程に入ったら、集中砲火して撃破。
神通はその旨伝えると、五十鈴はコクリと頷いて承諾した。
「わかったわ。私はどっちをすればいい?」
「五十鈴さんは川下を。私は遠回りして川上に行きます。私は……慣れてきたとはいえ、まだ動く敵を砲撃するのは厳しい、です。」
有利なポジションを自ら選ぶことで自分でも最大限に役立てるようにする。そう思惑を抱いて答えた。神通が言い終わると五十鈴は数秒ほどジッと神通を見ていたが、“そう”と一言だけ口にして方向転換し神通の右側に移動した。
何か含みがある反応だったが今は深入りすべきではない。そう判断した神通はあえてスルーして五十鈴と合図を示しあい、五十鈴とは逆の左側、方角としては北の河岸に向かった。
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神通と五十鈴の唯一の誤算は、地上から放水して応戦していた消防団の存在だった。彼らは、養老川河口付近に姿を現した、水面に立つ少女の姿を目の当たりにしたことで、俄然やる気と希望を湧き上がらせていた。
遠目なのではっきりとした判別はつかないし、別段連携体制にあるわけでもないので、消防団から少女たちに、あるいは五十鈴ら艦娘から消防団に連絡を取り合えたわけでもない。が、深海棲艦ではないことは分かる。なおかつ近づいてきているのでだんだん判別がつくようになってきている。
せめてあの少女たちの役に立とうと考えてもおかしくない。
消防団はもう一機の放水砲装置を川岸ギリギリに設置し、ホースを水面に落として取水し、放水用のホースを深海棲艦に向けて、発射し始めた。
艦娘の存在によりやる気を得た消防団の放水砲は、あろうことか深海棲艦のギリギリ手前に放って脅すという目的から逸れ、深海棲艦自体に当てて追い払ってやろうという目的にシフトしてしまった。
ブシューーーーーー!!!
ザバァ……
背に強烈な水流を直接浴びた深海棲艦はブルブルと身を震わせて顔を水面に浮かび上がらせる。日中といういうことと水中に没していたということもあり、はっきり見えなかった目を怪しく橙色に光らせ始めた。
その目は消防団側からしか見えなかったので、明らかな異変に消防団のメンツはざわめき立つ。水上に出た目らしき物は明らかに自分たちの方を向いているからだ。
動きが止まっているが何かがおかしい。
そう気がつくのはあまりにも容易い。
深海棲艦の背がパカパカと動き始めたように見えた。それは五十鈴たちからでは距離があったため確認できない。しかし五十鈴と神通の目にも、何か様子がおかしいと映る。
バシュ!バシュ!バシュ!
「なんか、発射した!?」
「い、五十鈴さん! 何か見えました!?」
距離が空いていたためやや声を上げて神通が尋ねると五十鈴も同じような声で返事をした。そしてその口調には焦りの色が見えていた。
「えぇ!ちょっと予定変更してこのまま二人で近づくわよ。いいわね?」
自身が立てた作戦が変更になる。予定外のことが発生したためだ。こういうとき、アドリブで動きを変えられる五十鈴はさすがだと感心した。まだ自分は状況に応じた作戦変更ができない。
神通はひそかに悄気げる。
バシャ!バッシャーン!シュー……
「うわ!うわぁ!!」
「やべやべ!後退後退!」
河岸付近が慌ただしくなる。消防団は放水砲の機器そのままで一斉に内陸側に走っていく。しかしそれでも深海棲艦は何かの放出を止めない。
バシュ!バシュ!バシュ!
バシャ!バッシャーン!シュー……
パァン!!
深海棲艦が放出した何かが河岸に降り注ぐ。ほとんどは地面に命中してそのまま何も起きなかったが、放水機器に一つが当たった瞬間、効果がハッキリした。
ポンプを構成する金属製の管が音を立てて溶け、表面の形を変え始める。当たった何かが隙間を伝ってポンプの部品内に入り込んだ瞬間、甲高い破裂音を立てる。そしてその直後、放水機器は取水ポンプ付近から爆発を起こした。
ズドガァーン!!
大小様々な鉄の破片が地上部はもちろんのこと川にも飛び散った。
深海棲艦に約50mまで近づいた時、神通たちようやく河岸の様子を把握することが出来た。消防団が使っていた放水機器は見るも無残な形になっていた。
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二人が異変をハッキリ認識できたときは、放水機器が破壊されるという、消防団にとって明確な被害が出てしまっていた。
五十鈴は瞬発的に速度を上げる。その直前、五十鈴は神通に指示を出した。
「ちょっと引きつけておいて、お願い。」
「え、え? は、はい……。」
五十鈴は神通の答えを待つ事無く深海棲艦を追い抜き、河岸近くでドリフトばりに急停止して消防団に向かって大声で問いかけた。
「こちら千葉第二鎮守府の艦娘、五十鈴です!あなた方の所属を教えてください!!」
五十鈴が消防団に諸々の確認をすると同時に神通は左腕を構え、速度を緩めて徐行にしてから1基の単装砲で砲撃した。
ズドッ!!
バッシャーン!!
神通の砲撃は深海棲艦の右胸ばらと思われる部分の手前10mに着弾して水柱を上げた。驚いた深海棲艦は咄嗟に水中に身を沈め、方向転換して移動し始める。
水上部分から敵が見えなくなった。つまり、見失った。
((まずい。水中に逃げられた……どうしよう?))
ただでさえ不安だったところにさらに不安を煽られる事態。表向きだけは冷静にと努める神通の心境はもはやアタフタと小さな自分が走り回っているようだった。
こういう時、艦載機またはソナーを使えばいいのだろうが、不幸にもどちらも装備していない。川内や夕立のような裸眼で深海棲艦の影を捉える能力もない。それでも神通は必死に水面とごく浅い水中を凝視する。
数十秒後、件の深海棲艦は水中に没したポイントから東南東に20mほどの場所から顔を出した。そこは、養老川の臨海備蓄センターの前、波止のため湾になった部分の袋小路だった。
しめた
結果的に有利に追い込んだ形になったため、神通はやや俯いてニンマリと口で弧を描く。幸いにも五十鈴は河岸側にまだいるので、自分が湾に入れば、完全に追い詰められる。
神通は速度を上げて湾に入り、五十鈴に合図を送った。
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五十鈴は避難勧告を伝えている最中に突然背後で砲撃音を聞いたため驚いたが、ひとまずの目的を完遂させた。そして方向転換して神通の方を見ると、深海棲艦の姿は無く必死にキョロキョロと探している。
砲撃による状況の動きがあったのか。五十鈴はすぐに察し、神通と同じく周囲を注視していると、一足先に発見したと思われる神通から指示が耳に飛び込んできた。
「五十鈴さん! あいつを……一緒に狙いましょう。」
「えぇ。わかったわ。」
神通は五十鈴に指示を出した後、また深海棲艦が潜って逃げないように左腕を構えつつも慎重にゆっくりと歩を進める。もはや集中しすぎて目の前の黒い生物しか見えない。五十鈴もほぼ同じように深海棲艦との距離を詰めている。
ジリジリと距離を詰める二人の目前で、深海棲艦は再び背中の各部をパカパカさせて何かを発射してきた。
バシュ!バシュ!バシュ!
数個の何かは神通の近く、神通と五十鈴の間、五十鈴の近くに降り注いできて着水し、いくつかの小さな水柱を巻き上げていた。
「くっ!攻撃してきたわね。神通!大丈b……夫そうね。」
五十鈴は神通の方をチラリと見、最後まで言いかけてやめた。五十鈴がビクッと反応してかわす動作をしたのに対し、神通はピクリともせず、まっすぐ標的を見据えているのだ。
((すごい集中力。あの娘、ああいうところはさすがだわ。負けてられないわね。))
五十鈴の闘志が燃え上がる。その感情の使い道の半分は、目の前の深海棲艦を狙うライフルパーツを握る握力に行き着く。そして残りは睨みつける眼力と集中力にプラスされた。
二人が深海棲艦との距離をさらに詰め、頃合いになった瞬間、今度は深海棲艦ではなく、神通ら艦娘の主砲が火を噴いた。
ドゥ!
ドドゥ!ドゥ!
深海棲艦が反応して避けるより早く、二人の砲撃によるエネルギー弾は目、背、カマに相当する部分の三箇所に当たった。
もだえ苦しむが、深海棲艦はかろうじて動くことが可能だった。逃れようと湾を出るべく進もうとするが、針路の先にわざと砲撃して神通がそれを防いだ。止まったところを離れたところにいた五十鈴が狙いすまして三連続の砲撃で畳み掛ける。
ドドゥ!ドゥ!ドゥ!
ズガァ!!
五十鈴の鋭い三連撃はいわゆるヘッドショットになり、深海棲艦の頭を完全に貫通した。ほどなくして深海棲艦はゆっくりと水面に横たわり、プカプカと力なく浮き始めた。
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トドメを刺した五十鈴は距離があったためやや速度を上げて神通に近づいてきた。
「この深海棲艦を撮影するわよ。」
「え? そ、それに何の意味が……?」
突然の提案に戸惑う神通。五十鈴はそれに対してサラリと説明した。
「今回、こいつがどの等級だったのかわからなかったでしょ。こいつが新種かもしれないし、あるいは私達や海上保安部が知らなかっただけの既存の種かもしれない。こいつの全長を撮影して鎮守府に送っておくの。そうすると提督が大本営にデータを送って、国のデータベースで調べてくれるのよ。」
「へぇ……そんな作業が、あったんですね。」
「まぁ、これは実際の現場でしかやらないから、訓練時に説明しなかったのは悪かったわ。ちょっとこれ持ってて。急いで撮っちゃうから。」
そう言って五十鈴は自身のライフルパーツのベルトの金具を外し、ライフルパーツを神通に渡した。そしてすぐに深海棲艦だった物体に近寄り、持ってきていたデジカメで撮影する。その手際は素早いというよりも、なんとなく急いでいる様子だった。
神通は撮影している五十鈴に確認してみた。
「あの……随分慌てているようですが、なぜなんですか?」
「深海棲艦はね、倒して死亡するとあっという間に腐食したり破裂して原型を留めなくなるの。そうなるとさすがの国のデータベースでも判別は難しくなるのよ。」
神通の方は一切向かずに撮影をしまくる五十鈴。ようやく五十鈴が顔を向けてカメラの電源をオフにすると、神通はすべてが終わったことを察してホッと胸をなでおろした。
そして二人が帰りの準備をしていると、深海棲艦だった物体は五十鈴の説明通りあっという間に腐り、バラバラになって湾や川底に沈み、文字通り海の藻屑と消えた。
そして五十鈴は河岸に戻ってきた消防団員に報告し、最寄りの海上保安官連絡所から海上保安部に連絡をしてもらうことにした。神通の側に再び戻った五十鈴は次に提督に連絡をし、この日二戦目の現場の任務完了報告をした。
基本的に他人との折衝は五十鈴任せにしている神通。性格的に赤の他人と会話するのは苦手なためだ。それが仕事であっても、所詮女子高生の神通としてはノータッチでありたい。
また、五十鈴は率先してその手の作業をしてしまう。そして折衝事を神通にやらせる思考はない。そのため五十鈴との組み合わせは神通としては利害が一致していた。
「……ということです。写真は送っておきましたのでお願いします。……え? はい。……はい!? またなの!? 次は……牛込、えぇと、地図を確認して行ってみるわ。燃料とバッテリーは……大丈夫だから。へ?トイ……変な心配なんかしないでいいわよデリカシーないわね!」
五十鈴の反応っぷりを耳にして、神通は再び嫌な予感がした。五十鈴が提督との通信を終えて振り向いて顔を見合わせると、すぐに予感が確信に変わった。
「あの‥‥神通。よく聞いてくれる?」
「?」
妙に改まって語りかけてくる五十鈴に、神通は身構える。
「もう一箇所、追加で行くことになったわ。」
その時の五十鈴の引きつった笑顔を、神通は忘れることができそうになかった。
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その後神通と五十鈴は海岸線に沿って南下し、袖ヶ浦の牛込海岸にたどり着いた。付近の海上保安官連絡所によると、深海棲艦らしき生物が4匹出現、浅瀬に3匹ほど乗り上げ、もう一匹は船道を通って船溜に入ってきてしまっているという。
浅瀬に乗り上げた3匹は駆逐艦級、比較的巨体である。浅瀬に入って呼吸器官が水面に出てしまったためか呼吸ができなくて苦しがっている。頻繁に体液のようなものを放出し、暴れもがいている。船道に入ってきた残りの駆逐艦級も船溜をうろうろしているという。
潮干狩り場として有名な場所のため、来ていた観光客を避難させ様子を見ている最中とのこと。
神通たちは数十分かけて牛込海岸にたどり着くと、浅瀬は潮が引いて海底が完全に露出した状態になっていた。海水がほとんどないため、3匹の深海棲艦は動けなくなって息も絶え絶えもがいている最中だった。
「なるほどね。潮が満ちてる最中に入ってきて、潮が引いて戻れなくなったのかしら。」
「こうしてみると……なんだか普通の魚みたいにかわいそうですね。」
「あまり感情移入しないほうがいいわよ。」
「それは……わかりますが。」
一旦立ち止まっていた二人はゆっくりと船道に向かって移動する。
「とりあえずあいつらは放っておきましょう。もはや動くのもしんどそうだし、そのうち息絶えるわ。もう一匹を優先して倒すわよ。」
「(コクリ)」
二人が船道を通ると、ちょうど船溜から残る一匹の駆逐艦級が沖に進んできていた。
船道は狭く、目の前の深海棲艦の巨体だと、神通たち二人で道を塞いでしまえば確実にぶつかるしかなくなる。つまり艦娘の攻撃を防ぐことができない。
五十鈴がライフルパーツを構えると、神通も左腕の単装砲の砲身を調整して構えた。五十鈴はもはや声を出さずに神通に視線を指先だけで合図を送る。神通としても、そうしてくれたほうがなんとなく取り組みやすい。
そうしてタイミングが合った瞬間、二人の主砲が同時に火を噴いた。
ドゥ!
ドドゥ!
ズガァン!!
着弾の衝撃で駆逐艦級の巨体が左右に揺れて軽く沈む。しかし駆逐艦級は潜る気はさらさらないのか、すぐに体勢を立て直す。そして次の瞬間、口を開けて黒く濁りが混じった紫色の体液状のものを吐き出した。それと同時に海水が吐き出される。
思いの外飛距離があるその液体は五十鈴に向かってきた。その液体は海水と重なった次の瞬間、五十鈴の電磁バリアに検出され、手前100cm程度でジューという蒸発音の後、爆発した。
ボン!ボボゥン!!
「きゃっ!」
五十鈴が悲鳴を上げてのけぞっていると、狙われていない神通は五十鈴の方を目だけでチラリと見た後すぐにを前を向きそれ以上気にすることせず、数歩前に出て再び砲撃した。
ドゥ!
ズガァン!
集中して狙える距離とシチュエーション。この機を逃すべきではない。神通は他人を心配して機を失うのが怖かった。
駆逐艦級は打ちどころが悪かったのか、神通の一撃で絶命した。
神通は敵がプカプカ浮いてきた事を確認するとすぐに後ろを向き、爆煙を吹き飛ばして姿を現した五十鈴に伝える。
「一匹、倒しました。」
そう感情を込めずに言うと、五十鈴はケホケホと咳をして呼吸を整えた後、拍手を送ってきた。
「うん、よくやったわ。ちゃんと戦況を見て行動を起こせたじゃないの。」
神通はてっきり味方の心配をしなかったことを咎められると密かに気にかけていたが、杞憂に終わった。構えすくめていた肩をゆっくりと下ろす。そして五十鈴の次の言葉を待ってみた。
「そんなに気にしないで。あなたってば、態度と表情に出てるわよ。」
「えっ!?」
神通は俯いていた顔を一気に上げた。五十鈴と視線が絡む。なぜバレたのだと心臓がキュッとつぼむ感じがした。
「あなたに心配されるようじゃ私もまだまだってことね。ちゃんとバリアは効いたし、怪我もなし。だから心配はいらないわ。」
「けど……。」
神通は実際の初出撃の際、足の艤装を破壊されて、艦船的にいえば轟沈の憂き目にあったのを思い出して、後から気になって仕方がなくなった。勝てたからいいが、もし敵が執拗に攻撃し五十鈴に追い打ちをかけていたら?
どうするのか本当の正解なのか?
自身の軽率な行動で仲間が危険な目に合うかもしれない。もし逆の立場だったら、どんな手を使ってでも助けて欲しい。そう考えると五十鈴の本音も実はそうだったのかもしれない。
再び俯く神通に五十鈴はピシャリと言った。
「ホラ、また俯かない! まだここでの任務は終わってないのよ。あそこに打ち上げられてる3匹を始末しないといけないんだから。」
「は、はい……。」
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神通と五十鈴が残りの三匹のところに行くと、うち二匹はすでに力尽きていたのか、ピクリとも動かない。残りの一匹も息も絶え絶えで、かろうじて腹ビレに相当する部位をゆっくりと動かすのみだ。
「もう、死んでいるのでは?」
「かろうじて生きているわ。だから一発で楽にしてあげるのよ。」
五十鈴の冷酷とも感じられる声が脳に響き渡った感じがした。神通は今のこの状況に戸惑いを隠せないでいる。
深海棲艦とはいえ海の生き物の命を奪うことに変わりはない。優位性が変わると、こんなにも可哀想に思えてくるのか。気にし過ぎたらいけないのはわかっているが、こうしてじっくり見る機会があるので考えが捗ってしまう。しかし海水という生きるための環境を失って死にかけているこの個体を早く楽にしてやるという考えにも納得がいく。
艦娘となった自分がすべきなのは、やはり深海棲艦を倒すことなのだ。互いの関係や状況がどうであれ、変わることはない。
神通はなんとなく理解出来た気がした。
「あんたがやらないなら、私がするわ。」
五十鈴のセリフと行動を神通は手で塞いでとめた。それだけで意思は伝わった。
「そう。それじゃあやりなさい。これも経験なんだから。」
「(コクリ)」
一旦深呼吸をする。幾分気持ちが落ち着き、冷静に敵を倒す思考が戻ってくる。そして神通は得意の左腕の単装砲を構え、トリガースイッチを押した。
爆音とともに目の前の駆逐艦級の腹が衝撃で破裂した。数秒して残った部位が異様に膨らみ始める。
「あ……これは危ないパターンね。こいつは爆発するわ。離れるわよ!」
「はい。」
二人が3匹の深海棲艦の死体から10mほど距離を開けた途端、甲高い音を立てて駆逐艦級の身体は爆発四散した。側にあった影響か連鎖反応で残りの二体も破裂し、潮干狩り場の一角に、深海棲艦の身体の一部が四散して残った。
潮が満ちれば海に流れるなどして、人目につかなくなるだろうと踏み、二人は任務完了とした。
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一旦船溜に戻り、五十鈴は側にいた潮干狩り場の管理者に駆除完了した旨を報告した。神通はやや離れたところで五十鈴が管理者の老人と会話するのを眺めていた。
すると港近くで待機していた観光客が神通や五十鈴のいる近くまで出てきて、ひそひそと話を始めた。
神通は態度には出さなかったが、ハッとした。よく考えたら、海上にポツンと立っている自分たちは、恰好の注目の的じゃないか。艤装を装備していなければ、生身の人間では絶対できない行いをやってのける存在が自分たち艦娘なのだ。
艦娘の知名度がどのくらいなのか、今まで普通の女子高生だった神通は知らない。艦娘界隈のことなど最近まで特段興味がなかったし、艦娘の気持ちや立場などを知ろうと図る気もサラサラなかった。
人に見られるのが苦手な神通はどうすればいいのかまごついて五十鈴の背中に視線を送るが、五十鈴の話はまだ終わっていない。
そうっと観光客の方に視線を戻すと、小さな女の子がガッツリ見ているのに気がついた。離れたところにいる別の子どもも。そして年頃は小学生と思われる数人がきゃあきゃあ黄色い声を上げている。
恥ずかしい。とても居心地が悪い。落ち着かないので早く帰りたい。
なんか手をこちらに振っている。どう反応すればいいの?
手を振り返すのは恥ずかしいし、笑顔を送るなんてもってのほかだ。こういうとき、那珂さんなら率先して話しかけたり接してうまく立ち回ってくれるんだろう。
神通がわざと視線をそらして明後日の方向を見てごまかしていると、ようやく話が終わったのか、五十鈴が戻ってきた。
「話終わったわ。なんだか感謝されちゃった。このあたりの人は艦娘と会うの初めてなんですって。今度揃って潮干狩りしに来て下さいですって。一応名刺渡しておいたから、うちの鎮守府をご贔屓にって営業しておいたわ。……どうしたの?」
「い、いえ! なんでも、ありません。早く、帰りましょう。」
神通の顔がやや赤らんでいるのが気になった五十鈴だったが、特に気にしないでおくことにした。
「やっとこれで帰れそうね。」
「(コクリ)」
二人揃ってグッと背筋を伸ばして身体をほぐしていると、五十鈴のスマートウォッチに通信が入った。
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