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同調率99%の少女(15) :砲撃訓練

--- 3 砲撃訓練

 この日は曇り気味で日差しが弱く、耐えられない暑さと日差しではなかった。この天候を理由に川内は午後はいつもより早く訓練を再開したいと願い出ていた。那珂は五十鈴と顔を見合わせ、どうするか話し合う。

「どうしよっか、五十鈴ちゃん?」

「どうしようって言われても……。いつもより日差しが弱いとはいえどんな気候でも熱中症になるときはなるわよ。私は提督の指示を守りたいわ。彼に余計な心配をさせたくないもの。」

「うーん、私はどっちかっていうと今回は川内ちゃんの味方かなぁ。」

「だったらあなたの思うままにしたらいいじゃない。」

「まぁ五十鈴ちゃんの意見もわかるけどね。工廠内に屋内訓練場みたいなのがあれば一番いいんだけどなぁ~。」

「だったら行って明石さんに聞きましょうよ。」

 五十鈴の意見ももっともだと判断し、那珂はひとまず工廠に向かうことにした。もし自身のあてが外れて屋内訓練場がなければ、工廠の一角を借りて引き続き艤装の各パーツの説明と触ってもらう程度には進めようと考えていた。

 工廠についたが明石がいない。

 そうか。本館に行って提督の代わりに建設会社の社員や大工と話をしているのか。

 そう気づいた那珂は事務室に行って明石の同僚の女性技師に尋ねることにした。

「ゴメンなさいね。そういう施設は工廠の中にはないの。」

「そうなんですかぁ~。あたしたちが座って午前中みたいなこと出来るスペースがあればいいんですけれど、残念です。ところで工廠ってこれだけ広いけど、艦娘以外には何に使われてるんですか?」

 那珂がさらに質問すると女性技師はそれに軽やかに答え始める。

「艦娘以外はね、一般船舶の修理とかも一応請け負っています。その関連の設備があるからそれが結構スペース取ってるの。どうしてもっていうなら、屋内の出撃用水路の側ならいいですよ。あそこは艦娘専用のスペースだから。ただ床はちょっと汚れてるので、シートかパイプ椅子でいいなら貸すけどどうする?」

「あたしはどこでもいいですよ。」

 川内が答えると神通も頷く。後輩二人が従う意を示した為、那珂は皆の健康と訓練の早急な再開の意欲を満足にさせるためにもこの日の午後の訓練はまずは工廠内で行うことを決定した。

 とはいえ工廠内ではさすがに訓練用の弾を使ったとしても派手に行うことはできない。那珂たちが指定されたのは出撃用水路がある、艦娘専用の区画だった。水路の周りには那珂たちはまったくわからないが大事そうな機材がある。

 結局那珂と五十鈴は各装砲の具体的な紹介、水路に向けて空撃ちさせるなどの控えめな訓練とさせた。

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 その後川内と神通は那珂から休憩の指示を受け、砲撃訓練を再開した。1時間ほど続けると、二人の構え方や主砲パーツの扱い方は様になり始める。その様子に那珂は満足気な視線を送った。

 ふと那珂が時計を見ると、時間は4時近くになっていた。頃合いもよいと判断し、川内たちに声をかける。

「よっし。それじゃあ今度はプールでするよ。実際に的に当ててやろーね。」

「的ですか?テレビとかの射撃でよく見るアレですか?」

 川内が素早く反応した。

「そーだよ。ちょっと待っててね。出してきてもらうから。」

 そう言って那珂は出撃用水路の区画から離れ、一人で事務室のある区画まで戻ってきた。近くにいた技師に事を伝えると仕舞ってある場所を教えてくれたので早速運び出す。

「へぇ~こういう的なんですか。」

「うん。そーだよ。あたしも訓練してた時はこれ使ってたよ。これ面白いブロックになっててね。訓練用の弾薬エネルギーや魚雷が当たるとその爆発で砕け散ることは砕け散るんだけど、組み立てればまた元通りに戻るの。つまり再利用可能な道具ってことだね。」

「へぇ~。」

 さきほどと全く同じ呆けた声をあげる川内。

 那珂が指し示した的、それは複数あったがそのいずれも形が若干異なる、所々が白黒になった金属体だ。色違いの部分がブロックになっており、面と面を別の面に触れさせることで付着し、全体としての形を変えることができるものだった。

 訓練用の弾薬エネルギーおよび魚雷に反応し、実際の効果よろしく、角度、エネルギー量等を瞬時に計算して破壊された形を取る。つまり自己分解し、個々の小さなブロックの集合体になる。実際の出撃で使われる本番用の弾薬エネルギーでも似た効果は臨めるが、的(ブロックの集合体)の耐久度の限界を超えてしまうため、破損してしまう。

「訓練用の弾薬エネルギーを入れてもらうから、今度こそ思いっきり撃ちまくっていいよ。」

 那珂の開放的な指示に川内はもちろん、神通も安心感と高揚感を抱く。そして4人は自身の艤装を一旦技師たちに預けて訓練用の弾薬エネルギーを注ぎ込んでもらい、的を持って演習用水路から飛び出していった。

 水路を伝ってプールに進入した那珂は的をプールの端に投げ置いて自身らは向かいになる逆の端に移動して川内と神通に指示を出した。

「さて、改めまして。今回はあの的を撃ってもらいます。砲撃があたしたち艦娘の最も基本の攻撃方法だから、しっかりと感覚を掴んでね。今日に限らず今後も自主練必須だヨ。撃ち方はついさっき空砲で感覚を掴んだと思うけど、実際に的を狙うのはまた感覚が違うと思うからまずは10mくらいの距離から撃ってみて。使うパーツは自由、とにかく的に当てることだけを考えて自分で撃ち方とか立ち位置とか工夫してみてね。ある程度的が砕けてきたとあたしか五十鈴ちゃんが判断したら、距離を変えてもらいます。いいかな?」

「「はい。」」

 那珂の指示に返事をする二人。川内は来る前に両腕にはめていた単装砲・連装砲をマジマジと見つめてすでに撃つ気マンマンでいる。深呼吸を終えた神通は左手につけた連装砲を川内と同じように眺め、僅かに高ぶる気持ちを落ち着けるべくもう一度深呼吸をした。

 那珂の指示後、川内と神通は自身の狙うべき的と直線上の10m手前に立った。二組の間は5~6mほど離れている。そんな二組に、川内には那珂が、神通には五十鈴が監督役として後ろから見る立ち位置になっている。

「それじゃあ始め!」

 那珂が合図をすると、早速とばかりに川内は右腕を前にスッと伸ばし、手の甲に位置する単装砲を操作し始めた。

「えーっと、たしかこうやってこうして……と。よし、砲身が降りてきたぞっと。そんでこうして……もう片方も。」

 川内は各部位のスイッチを押して手首をクイクイッと動かし、砲架と砲身を指先に向かせる。続いてもう片方の手のグローブに取り付けた連装砲も向きを調整する。そして左腕も前に出し右腕よりやや低くして並べ、川内は腕と腕の隙間から10m先の的を睨みつけた。両親指は人差し指の付け根の脇に軽く添えて位置を微調整する。

 そして……

カチリ

ドゥ!

ドドゥ!!

 川内が単装砲と連装砲から放った弾はまっすぐ、しかしやや角度をつけて飛んでいき、的に当たる頃には交差するように右の単装砲の砲撃は的の右側に、左の連装砲のは的の左側に当たり的の左右の一部をバァンと砕いた。

「よっし。まずは側面に命中か。やっぱ実際に撃てるとわかりやすくて楽しいわ~。」

 自身の砲撃が当たったことを目の当たりにした川内はガッツポーズをして鼻歌交じりに次の砲撃をすべく両腕を構えて的を狙い始めた。

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 神通が何度も深呼吸をする隣、5mほどの距離があるが隣では川内がいち早く砲撃を始めていた。神通は自分も早くせねばとやや焦り始める。

 左腕をゆっくりと上げて目線に対して水平になるように動かす。神通は連装砲を左腕のグローブカバーの手首の少し手前にある2番目の端子に取り付けていた。神通は一通りの端子の試行で、手の甲にあたる1番目よりも2番目のほうが扱いやすいかもとコツを掴み始めていた。1番目の端子に取り付けては、砲架や砲身を調整する際に同時に手首が動く。そんなの欠陥ではないかと思える状態になることを神通は気にかけていた。瑣末な物事が気になる質の神通は違和感を持ったことはなるべく避ける。

 左腕を前方やや右、1時の方向にまっすぐ向けて中指を曲げて2番めの端子のスイッチを押し、手首をクイクイっと動かす。腕自体は目線を横切るように位置しているが、2番めの端子に取り付けた連装砲の砲架と砲身は的めがけて0時の方向を向いていた。

 再び息を吸って吐く。鼓動がトクントクンと感じられる。初めて実際に敵たる的を狙う行為。意識してしまい、どうしても緊張が取れない。

 神通が再び深呼吸すると、後方にいた五十鈴が神通に声をかけた。

「どうしたの?」

「いえ。どうしても……気持ちが高ぶって落ち着けないので。」

「気持ちはわかるわ。私だって訓練当時はものすごくドキドキしたもの。でも一度撃ってしまえば気持ちも落ち着くというか慣れるわ。さ、やってごらんなさい。」

「はい。」

 背中を押された感もあり神通は最後の深呼吸をした後、改めて的を凝視し、左腕を構えた。

カチリ

ドドゥ!!!

 神通の砲撃は的の右側頭部に相当する部分をかすめた。

「へぇ、初めてにしては良い位置ね。今の感覚を忘れないでもう一度やってご覧なさい。」

 五十鈴がストレートに褒めてきたために顔を俯かせる神通。やや頬が赤らむ。僅かに熱を帯びたためにそれに気づく。しかし照れはすぐに収まる。先輩の言うとおり忘れないうちに今さっきの感覚で撃ちたかったからだ。

 再び構える。的をまっすぐ見据えると、先程砲撃が掠めたと思われる側頭部付近から僅かに煙が立ち上がっているのに気がついた。神通は思案する。さっきの角度よりもほんの少し右下。そう確認した神通は左手のトリガースイッチを押した。

ドゥ!ドゥ!

バッシャーン!

 今度の神通の砲撃は的の左下半身を数cm離れて流れていき、プールの水面にあたって水しぶきを巻き起こした。狙いがというよりも前に伸ばした左腕の方向がほんのわずか1時の方角に寄りすぎていたためだった。しかし自分の問題に気づかない神通は五十鈴の方に振り向いて尋ねた。

「五十鈴さん、当て方とか調整の仕方で何かポイントとか……ありますか?」

「うーん。そうねぇ……。」

 五十鈴は神通の腕の角度のズレに気づいていた。他にも撃つ時の体勢を工夫してみることを提案し、包み隠さず伝えることにした。

 五十鈴からアドバイスを受けた神通はややうつむいて目を細める。その仕草はしょげたわけではなく、純粋にアドバイスを頭の中でとき解いて理解しようとしているためであった。そんな神通を黙って見守る五十鈴。

 ほどなくして顔を上げた神通は的の方を向き、再び構えて狙いを定め始めた。

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 那珂は川内が砲撃する様をじっと見ていた。川内の砲撃は彼女が水上移動練習をしていたときのように大雑把なように見えた。しかし回数を重ねるとその大雑把さは大胆さに変化し、精度はゆるやかに上がってきていた。

((さすが川内ちゃんはゲームやってるだけあるなぁ。もう完全にコツを掴んだみたい。・・・命中した分と同じくらい外しまくってる感じだけど。))

 川内は最初はまっすぐ棒立ちで砲撃していたが、そのうち工夫をし始めしゃがみ撃ち、左右に立ち位置を変えて撃つなど様々な撃ち方を試していた。その分だけ外す回数も多かったが、いずれの撃ち方も最終的には命中した回数が外した回数を上回った。那珂は目に見えて成長していく川内の姿を大満足に感じていた。

((川内ちゃんの物怖じしなさと大胆さと成長度、これは絶対うちの鎮守府の強い艦娘になれるかも。あたしもうかうかしてられないや。))

 しばらく川内の砲撃を見ていた那珂は、一度だけチラリと川内の隣の水域で練習している神通を見た。神通の後ろでは五十鈴が那珂と同じように立って神通の砲撃する様を観察していた。ちょうどその時は神通が後ろを向いて五十鈴に話しかけて何かを相談している時だった。それを目の当たりにして那珂はわずかにコクリと頷いて納得した表情になり自身の視線を再び川内へと向けた。

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 その後的を半分以上破壊した川内は那珂の指示でもう10m後退して20m距離で砲撃訓練を続けることにした。川内の目の前には下半身に相当する部分しか残っていない的がぷかぷかと浮いていた。それを見て気づいた川内は那珂が立っている背後へ振り向き言った。

「あのー。的あんだけ壊しましたけどどうすればいいですか?」

「おぉ!?そーそー。破壊し終わったらちゃーんと元通りに組み立てなおさなきゃいけないんだよねぇ。神通ちゃんのほうが落ち着いたら探してみよっか。」

「えー、めんどい。」

「コラ!文句垂れない。」

 本気で面倒くさそうに気だるく愚痴をこぼす川内であった。

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 一方の神通は的を半分どころか前面をわずかに破壊することしかできずにいた。

 その様子を後ろから見守る五十鈴。神通の進みの遅さに気づいた那珂は五十鈴の側に移動し、状況を確認した。

「ねぇ五十鈴ちゃん。神通ちゃんの様子だけど……どう?」

「ものすごく時間をかけてるわ。そのせいでなかなか的の破壊が進まないでいるの。動きをつけてみたらとは提案したけど、それも実践できていないようだし。」

 五十鈴は額を僅かに抑えながら神通の背を見て語る。那珂もその視線に釣られ、しばらく神通の様子を見ていることにした。

 神通は左腕2番めの端子に付けた連装砲の二本の砲身の隙間から的を狙い見るようにしていた。腕の角度はこれまで数回の砲撃で感覚を掴みかけていた。そのため初めて的に当てられたときの腕の位置を必死に思い出しては固定する。それで砲撃をするが、なぜか当たらない回もあった。神通はそれが納得できず、わからないでいた。しかしそれを五十鈴に毎回尋ねるほど厚顔ではないしそんな度胸はない。それゆえ神通は最初に掴んだ感覚が復活するまで毎回集中してから撃つことにした。

ドドゥ!!

 この回は的の右半身中央付近をかすめた。脇腹に相当する部分がわずかに砕け落ちる。近い。近いが感覚が違う。神通は腕はそのままながらうつむいて目を細めて自身のいる水面をしばらく見つめていた。

 やがて自分の身体がかすかに揺れていることに気がついた。波の立たないはずのプールで揺れるのはおかしい。神通の視線は水面から自分の艤装の足のパーツに移っていた。そこで初めて足のパーツから出る波動に気がついた。

 浮力制御が相当効いているとはいえ、波の強弱に合わせ装着者の体重や立ち方、重心のかけ方を緻密に検知して浮力を調整するのが足のパーツ、艦娘の主機なのだ。

 もしかしてと思い神通は顔を上げて目を細めて的を見る。10m先の的もかすかに浮き沈みをしているのに気がつく。なるほどと、頭の中にかかっていたもやが急に開けた感覚を覚えた。深く吸い込んで吐いた呼吸が非常に気持よく感じる。

 一度左腕を下ろし、もう一度深呼吸をした。そして左腕をまた上げて再び2本の砲身の間から的を見据えて狙いを定める。視界が開けると同じ物を見てもこうも違うものなのかとわずかに口の両端が釣り上がりにやける。

 次の砲撃の際、神通は的が自身から見て右に僅かに傾いたのを確認すると、左腕の角度を右にごくわずかに傾けてからトリガースイッチを押した。

ドドゥ!!

ズガァ!

 神通の連装砲から放たれた2つのエネルギー弾は2つとも的に命中し、前面を破壊した。

 再び的の浮き沈みをじっくり観察し、再び引き金を引いて撃ちこむ。

ドドゥ!!

ズガァ!

 連続で命中した。前2回と同じくらいの時間をかけた後三度撃つ。それも命中する。

 後ろで神通を注視していた那珂と五十鈴は、急に神通の砲撃の命中率が高まったことに驚愕した。那珂は神通が完全にコツを掴んだことを察し、五十鈴の肩に手を置いてつぶやいて去った。

「もう大丈夫そうだね。神通ちゃんってば驚異的な観察力だよ。」

「そうね。砲撃の合間の観察がまだ長いけど、すごいわこの子。」

 素直に感心する二人をよそに、神通は後ろの二人がなぜ自分を生暖かい目で見ているのかよくわからずに背中がムズムズするような感覚を得て気恥ずかしさを増した。

 そして川内に遅れること十数分後、半分以上破壊して五十鈴から認められた神通はようやく那珂たちの次の話題に加わることができた。

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「それじゃー二人とも。壊した的をなおそっか。」

「「はい。」」

 那珂と五十鈴が率先して的のあるポイントまで移動し、川内と神通が後ろをついていく。4人は的のあったポイントの周囲を行ったり来たりし、爆散した的のかけらたるブロック体をひたすら拾い集めた。的のかけらはそれぞれを手や足などでグッと抑えて固定すると、すぐにドンドンくっついて戻っていくが、当初那珂たちが持ってきた形に戻らない。

 厳密には戻すことはできるが、的の修復をすべく触っている人物の感性に寄ってしまう。白黒の小さなブロック体は、わずかな接面であってもまるで半田ごてで接合したかのごとくくっつく。それゆえ、その形をいくらでも変えられる。

 那珂たちが運びだした当初の形は、前回別の艦娘が使った時に組み立てた形なのだった。

「那珂さん……これ、前のような形に戻らないんですけど。まずくないっすか?」

「ん?別にいいのいいの。これ決まった形を持ってないから。前誰使ったかわからないけど、その人が組み立てなおしたときの形だもの。まー、好きな形を作って的にしてねってことで。」

「へぇ~!そうなんですか。」

「……便利にできてますね……でもなんだかアバウトな感じも。」

「アハハ。神通ちゃんツッコミありがと~! あたし造形には詳しくないから、二人で適当な形に作り変えちゃっていいよ。」

「って言われてもなぁ。図画工作みたいで興味あるっちゃあるけど。」

「……狙いやすい形とか……いけませんか?」

「あらなんだか珍しいわね。神通がそんな要望言うなんて。」

 五十鈴が軽く突っ込むと神通は顔をうつむかせてしまう。もちろん五十鈴は本気で冷やかし目的で突っ込んだわけではないので素早くフォローの言葉をかけて気分を戻させた。

「冗談よ。そんなに気にしないでちょうだい。」

「アハハ、神通ちゃんの気持ちもわからないでもないかな。まー、どんな形にするかはお任せするよ。」

 那珂が再び促すと、最初はしぶしぶといった様子で的の破片を戻し始めた川内と神通だったが、やがてノリだしたのか二人ともほぼ無言で工作に没頭し始めた。。

 やがて工作に満足した二人が的から離れると、そこには破壊する前とは別の形になった的が浮かんでいた。

「「……。」」

 無言で的を見つめる那珂と五十鈴。那珂はそうっと呟いた。

「まぁセンスは人それぞれだよね。うん。」

 そんな反応をする那珂に川内は説明する。

「本格的に作るならもーちょっと落ち着いた場所でやりたいですし、早く砲撃訓練再開したいのでてきとーにしました。」

 川内が素直に述べると神通もコクリと頷いて右手でサッと自分の組み立てた的を指し示した。

「うんうん。二人とも優先順位わかってるよーでなによりです。それじゃー再開しよっか。」

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 新たな距離でも川内は一切気にすることなく、最初に直立、しゃがみ、左右移動しての砲撃を一通り試しながら感覚を掴んでいく。一方の神通は撃つ直前に腕をかすかに動かしはするが、身体全体は直立した状態で砲撃を続けていた。艤装の補正で視力も高まるとはいえ、成人男性の腰ほどの大きさしかない的を肉眼で的を狙って確実に当てることに二人共難儀な様子を見せていた。

「う~~的が大きいから当てられるといえば当てられるし結構普通に見えるけど、それでも当てるのきびしくなったなぁ~。ねぇ那珂さん。那珂さんたちはこの距離でも全部当てられるんですかぁ?」

 川内は振り向いて那珂を見て言った。

「まさかぁ。普通に数発は外すよ。艦娘の視力による狙える距離はね、もともと目が良い人もだけど艤装との同調で高まる能力で、肉眼で乳幼児サイズの敵を認識して安定して狙える距離が100m前後までらしいの。だからその限界の距離で全弾でなくても命中率を上げることはポイントなんだよ。ちなみに艤装の自動照準調整機能を使うと、もっと距離が開いても命中できるようになるよ。まぁそれも同調で視力が良くなっていることが大前提らしいんだけどね。」

「あ~。同調したら異常に目が良くなるのは最初はビビりましたよ。てか那珂さんは元の視力いくつですか?」

「ちなみにあたしは元の視力どっちも1.5だよ。ちなみに今この那珂の状態であの的はこの距離でも普通に当てられるよ。」

 そう言って那珂は自身と的の間に誰も居ないことを確認したうえで右腕を上げ1番目の端子につけた単装砲から砲撃した。その位置は川内の位置からは1.5mほど後ろであるが、腕を水平に上げて3秒もしないうちに砲撃して的の中心よりやや斜め右下に命中させた。那珂のその様を目の当たりにした川内は羨ましがって愚痴をこぼす。

「うわぁ……那珂さん構えてから狙うまでみっじかぁ!いいなぁ~あたしも視力大体同じくらいなはずなんですけどねぇ。那珂さんくらい普通に素早く当ててみたいなぁ。」

「アハハ。それは経験の差ということで。あとは視力良くなるやつグッズとかテキトーに試せば~?」

「う……那珂さんすっげぇ他人事みたいに。」

「だってぇ~他人事だも~ん。」

 那珂は右手と人差し指をクルクル回して川内を茶化しわざとらしく突き放す仕草をした。

「それじゃあ神通みたいにメガネかけよっかなぁ~。てかメガネかけるって艦娘はどうなるですか?」

「どうなるって……。別にそのまんまメガネの度分見えるようになるだけだと思うけど。でも視力自体は元のより良くなってるから外しても支障ないかな。あとは本人次第だけどね。」

「ふ~ん。でも今の神通はメガネかけてる分、あたしより有利ってことだよねぇ。なんかずるいなぁ。」

「ホラホラ。視力悪い人のことそんな風に言ったらいけないよ。割りとマジで死活問題なはずだし。」

「はいはい。わかってますって。」

 川内から話しかけられてつい那珂はそのままおしゃべりを続けていたことに気づき、川内に発破をかけて訓練に戻させた。その後10分ほどの砲撃訓練の後、川内と神通に指示を出して中断させた。

「はーい!二人とも。やめ!」

「「はい。」」

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 那珂の合図に川内と神通、そして五十鈴が振り向きそして近寄っていった。

「お疲れ様でしたー。今日はこの辺でおしまいにしておこっか。どう?疲れたでしょ?」

 那珂が3人が近くに来たのを待ってからそう尋ねると、川内と神通はすぐさま愚痴をこぼし始める。

「はい。めちゃ身体を動かしたわけでもないのに、なんか疲れたっていうか。なにこれ?」

「私も……この疲れ変な感じです。」

 川内が手足をわざとらしくプラプラさせると、神通も肩をすくめて首を左右に傾けてコリをほぐすような仕草をする。

 那珂と五十鈴は顔を見合わせ、苦笑しながら答えた。

「それはまだ馴染みきってない証拠かな。同調してないと撃てない武器だから、使うときは精神的にも肉体的にも二重に疲れるの。これはひたすら訓練して慣れの感覚を艤装に覚えこませることで解消されるよ。同じことを同じ時間やって、疲れが目に見えて起きなくなれば、艤装が自分をわかってくれたってことかなぁ。」

 那珂に続いて五十鈴が説明を加えた。

「それが、人の心や精神状態を検知する機械・艦娘の艤装よ。私達の精神状態を覚えるらしくて、使えば使うほど艤装は馴染んでくるのよ、私たち自身が想像する以上にね。それに提督や明石さんが言ってたけど、うちに配備される艤装は精神が高揚していると普段よりも高出力の砲雷撃ができるそうなの。ゲームや漫画が好きな川内、あなたならこの意味わかるかしら?」

 五十鈴は言葉の最後に川内に確認を求めた。川内は一瞬呆けたが、顎に指を当てて数秒思案するとすぐに顔を上げて合点がいったという表情を見せる。

「あぁ~。よくありますよそういう設定の漫画とか。いわゆる真の力とかそんなやつですよね? それが現実にあるのがこの艤装なんですか!?」

 川内は具体的に漫画やアニメの作品例を挙げ、わざとらしく両腕や腰まわりの艤装のパーツに視線を向けて語った。それに那珂はコクコクと頷くが彼女が口に出した作品は川内以外誰もわからなかったので、その部分は無視してサクッと答えた。

「そ~そ~。だから常にポジティブに、前向きに振る舞うべきなんだとあたしは思います!まあでも常に張り切ってたら疲れちゃうから、毎日そう振る舞う必要はないかな。自分に嘘ついてまで艤装に勝手なあたしたち像を教えこむべきでもないしね。あたしたちがスムーズに活動するためにも、なるべく普段どーりの自分で艤装と付き合っていこうね。その上でたまには普段の自分の殻を破るくらいしてもいいと思うんだ。そうして艤装に覚えてもらえれば、少ない疲れで今までと同じかそれ以上に活動できるようになるはずだよ。」

「あるはずって……なんか肝心なところ曖昧じゃないっすか。」

 川内がツッコミをする。それに頷く神通。後輩からツッコまれて軽くおどけて那珂は答えた。

「おぅ!川内ちゃんいいツッコミ! ぶっちゃけあたしや五十鈴ちゃんも、まだまだ完全に慣れてるわけじゃないしね~。それに意図的に艤装の本当の力を使えたことないし。」

「いや……あんたは何回か発揮してたじゃないの。」すかさず五十鈴も突っ込んだ。

「……とまぁこんな感じで、いっつも他の人に言われて気づく感じ?」

「なんだか不安になる機能だなぁ。でもそういうの、バトル漫画のパワーアップ展開みたいで好きですよ。ある日覚醒するんだけど、最初はいつまたスーパーパワーを発揮できるかわからないっていう展開。いいなぁ~!いつか那珂さんにつづいて二人目の真の力発揮する艦娘になりたいですよ。」

 将来の展望を口にする川内。すると那珂は説明を付け足した。

「あ、ちなみにあたしはこの鎮守府で二人目だよ。うちで最初に艤装の真の力を発揮したのは五月雨ちゃん。そこんとこよろしく!」

「え!?マジ?本当なんですか、五十鈴さん?」

 那珂の白状を受けて川内は五十鈴に確認する。五十鈴は肩をすくめた後コクリと頷き、那珂の言葉に箔をつける。

「えぇそうらしいわ。私も提督や時雨たちから聞いただけだけどね。最初は信じられなかったけど、私は那珂との演習や合同任務のときのこいつのとんでもない動きや艤装の様子を目の当たりにしてそういうのが本当にあるんだって信じるに至ったわ。」

 そう静かに語る五十鈴の言葉に川内は頭をゆっくりと縦に大振りしながら感想を口にした。

「へぇ~~。人は見かけによらないなぁ。あのおっとりした感じの五月雨ちゃんがねぇ。ということは、あたしじゃなくてもしかしたらこの神通が、ふとしたきっかけで艤装の真の力を発揮できることがあると。」

「そーそー。そーいうこと。だからぁ、神通ちゃんがあたしや川内ちゃんをあっという間に追い抜いてうちのトップに立てる可能性も十分あるってこと。まぁ真の力は抜きにしても普通に強くなれば万々歳ですよってこと~。」

 那珂はその場でリズムをつけて跳ねたり指を振ったりして語る。言及されていた神通は恥ずかしげにぼそっと今の気持ちを口にするだけだった。

「わ、私は普通に強くなれればそれで……いいです。」

「あたしは真の力まで求めたいけど、まぁ今は早く訓練終わらせられればいいや。神通、一緒にがんばろーね。」

 川内はカラッとした意気込みを口にし、神通はそれにコクリと頷いた。

--

 那珂たちは使用した的を掴み、演習用水路を辿って工廠へと戻った。工廠に入り女性技師を呼ぶと、明石も工廠に戻ってきているのに気づいた。二人をを呼び寄せ艤装一式を外して受け渡す。

「はい、お疲れ様でした。今日一日でいろいろ説明しちゃいましたけど、わからないことがあったらいつでも聞きに来てくれていいですよ。」

「はーい。頼りにしてますよ、明石さん!」

「ご迷惑をおかけするかもしれませんが……ありがとうございます。」

 川内と神通が二者二様の返事を返す。那珂と五十鈴も軽い笑みで返した。

 その後艤装一式を仕舞って戻ってきた明石は歩みを緩やかに止めつつ思い出したように言った。

「そうそう。さっき五月雨ちゃんからお土産もらったんですよ。」

「え?五月雨ちゃん工廠に来たんですか?」と那珂。

「えぇ。戻ったら美味しく頂いてますって伝えておいてくださいね。」

「どーせ来たならプールに来て見ていってくれればよかったのに……。」

「きっと2人の訓練を邪魔したくなかったんでしょう。あの娘、ああ見えて結構気を使う娘ですから。」

「まーいいや。戻ったらナデナデプニプニして疲れを癒やしてもらおっと。」

 那珂の不穏な発言を聞いた那珂以外の4人は呆れながら突っ込んだ。

「ほ、ほどほどにね、そういうことは。」苦笑する明石。

「あんたは……あの娘に変なことしないで頂戴よ。」こめかみを抑えながら諌める五十鈴。

「動いてない那珂さんがなんで疲れるんすかー!」

 川内は別の点でツッコみ、神通は何かを妄想したために俯いて赤面していた。

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