同調率99%の少女(24) :三人の戦場
# 2 三人の戦場
急な知らせを聞かされた会議室の艦娘たちは、ザワザワとし始める。特に那珂たち鎮守府Aの面々は思い当たるフシがあるために全員でその海尉に詰め寄って問いただす。
「うちの艦娘二人が交戦中ってどういうことですか!?」
「詳しく教えていただけますか?」
那珂に続き、提督代理の妙高が珍しく感情的に詰め寄って説明を求める。傍には理沙が立ち不安そうな表情をしている。海尉は二人をなだめながら口を再び開いて説明をした。
その説明を聞き終わるや否や、那珂と川内は誰よりも激しく沸き立って反応した。
「神通。確かにそう名乗ったんですね。」決まりの悪そうな表情を浮かべる妙高。
「ねぇ那珂さん、早く助けに行きましょう!? 15分前って今からするとさらにヤバイ状況になってますって!」
「那珂さん、僕からもお願いします。神通さんが、とても気になるんです。」
異常に慌てふためく川内に続き、静かながらも表情は今にも泣きそうな不安定な感情を浮かべて懇願する時雨。不知火も同様に前に出て言葉を発さない懇願の表情を浮かべる。他のメンツもそれぞれ心配そうな色を浮かべていた。
那珂は妙高に向かい直し、全員の思いを整理して発言した。
「妙高さん。神通ちゃんと五十鈴ちゃんを助けに行きましょう。これは他の誰でもない、あたし達で行かないといけない任務です。」
那珂の真剣な顔を目にし、妙高は一度目を瞑り、溜息でない整えるための呼吸を僅かにした後、那珂を見つめて言った。
「わかりました。提督代理として指示を致します。那珂さん。編成後、ただちに神通・五十鈴両名の救出に向かってください。あとの責任は私が取ります。それから理沙と五月雨ちゃん。」
「は、はい!」「はい!」
「五月雨ちゃんは秘書艦として残って下さい。理沙あなたはまだ艦娘ではないけど、五月雨ちゃんと一緒に秘書艦として私の右腕になって。館山基地の司令部に報告しに行きます。」
妙高の鋭く真剣味溢れる表情による指示に、五月雨と理沙は背筋を伸ばして返事をした。那珂たちも全員真面目に返事をし、五月雨以外のメンバーはすぐさま部屋を飛び出そうとする。
その時、遠巻きに話を窺っていた様子の神奈川第一の天龍たちが声を掛けてきた。
「なぁ、あたしらも行こうか?」
天龍の提案に、残っていた神奈川第一鎮守府の艦娘たちもウンウンと頷く。それを耳にして那珂は柔らかい笑顔で天龍に言った。
「ありがと。気持ちだけ受け取っておくよ。これはあたしたちがやらないといけないから。二人とも、あたしの大切なお友達だし、仲間だし。」
「いやそりゃ気持ちはわかるけどさ、もう夜だし、絶対6人だけじゃやべーだろ。素直に頼れって。あたしたちは隣(の鎮守府)同士じゃん? こっちには霧島さんたち戦艦もいるし、空母の赤城さんたちもいる。あたしらがいれば負けねーぜ。なぁみんな?」
天龍が背後へ振り向き同意を求めると、言葉を引き継いで霧島が那珂に近づいてきた。
「同じ観艦式に出た仲間じゃないの。どうかお仲間の救出、私達に手伝わせて。」
「霧島さん……。」
那珂は迷っていた。確かに心強い。しかし那珂の心の奥底では、自分たちの危機は自分たちで乗り越えたい。そう強くあった。そうでなければ、自分たちのためにならない。
那珂にとってはこの危機でさえ、自分たちの教育のチャンスであった。
しかし思いとは別に、焦りもある。
艦娘関連で初めて出来た同じ軽巡洋艦担当という関係で親友、五十鈴こと五十嵐凛花。
同じ高校で将来有望、大切に扱いたく、自身の傍にいてほしい、かわいい後輩神通こと神先幸。
死なんて考えたこともなかった今までの甘い捉え方。同じ場にいなくて初めてそれを現実の恐怖として感じる。もし二人が死んでしまうようなことがあったら?
本当は心配で心配で胸が張り裂けそうだった。
しかし感情に身を任せすぎてはいけない。那珂は急を要するという事態の優先度を考えた。数十分に感じられる2~3秒葛藤し、口論している時間の無駄、そして焦りと死への恐怖が自身らのプライドに勝った。
「うん。お言葉に甘えちゃう。ただし、あくまでもうちらが主導でやらせて。」
「オッケィ。了解よ。こちらは支援艦隊とでもいえばいいのかしらね。天龍、いかが?」
「ん?あぁ、いいぜ。パパに伝えに行こうぜ。」
那珂の言葉に霧島が素早く反応する。そして同意を求められた天龍は快諾し、ここに両鎮守府の共闘が成立した。
話をとりつけた那珂は海尉に案内を願い、艤装を保管してある施設へと急いだ。妙高と五月雨そして理沙は司令部のある部屋へ、霧島は天龍そして鹿島を伴って駆けていった。
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那珂は途中で明石や数人の艦娘関連の技師と思われる人の集団と出くわした。
「あれ、どうしたんですか皆?」
「実は……」
那珂は急ぎたかったので内容を思い切り簡潔にして伝えた。内容と意味がしっかり伝わっているかなどもはや気にしている余裕はない。しかし明石は那珂の説明で理解できたのか、真面目な顔に戻って近寄って声を掛けてきた。
「そういうことですか。わかりました。でしたら私も手伝います。」
明石の快諾を得た那珂たちは連絡のため現れた別の海尉が運転するジープに乗り、基地を縦断して艤装の保管施設へと向かった。
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艤装を受け取って各自装備し始めた最中、那珂と川内はあるものを手にした明石に話しかけられた。
「お二人にはコッソリお伝えしておきますね。実は新装備を作ったんです。」
「「新装備?」」
那珂と川内は声を揃えて聞き返す。
「えぇ、まだ試作機なんですが、機能テストでは合格判定をもらったので、きっとお役に立てるはずです。」
「これは……偵察機?」
那珂が素直に尋ねる。一方で川内はその物体をマジマジと眺めている。
「と言ってもただの偵察機じゃないですよ~。夜や暗がりでも見えるよう、撮影映像の視認性を高い高感度のカメラに交換したんです。」
「でも……艦娘の艦載機の操作って、夜は環境や人体の影響のためにむかないんじゃ……?」
「へぇ~。本当に夜でも使えるんすか?」
那珂と川内は揃って新装備に対する心配を口にする。そして川内は穴が空くほど見ていたが、顔は偵察機の側にありながら視線だけを明石に向けていた。二人の疑問を受けて、明石は意味ありげな笑顔を浮かべる。
「そこはホラ。この技術お姉さんを信じなさい。」
「アハハ。技術お姉さんって~。」那珂がケラケラ笑う。
明石もつられてクスクス笑いをこぼすが、すぐに真面目な顔になり、申し訳なさそうに言った。
「こんな緊急事態でなんですけれど、お二人が実地でテストしてくれると助かります。夜でも偵察機が使えるとなれば、いろんな任務が捗るはずですから。」
明石の気持ちを察した那珂は頭を切り替えて彼女の言葉をフォローした。
「うん。まぁ、目が増えるのはいいことだよ。それだけ敵と神通ちゃんたちの捜索が捗るし。」
「うんうん。那珂さん、そーいうときは索敵って用語を使えばバッチリですよ。」
「さくてき……それもゲームか何かで得た知識?」
「はい。でもれっきとした軍事用語の一つですよ。この偵察機、旧海軍に当てはめると、九八式水上偵察機ってところですかね。まぁ形は全然似てないし機能も役割も違うかもですけど。」
川内のいつもの偏った博識ぶりに那珂も明石も苦笑するしかない。
「それじゃあその新装備はせっかくだから川内ちゃんにお任せするね。暗視能力がある川内ちゃんのほうが、きっと良いテストになると思うし。」
「そーですねぇ。そうしてもらえると、今回の川内ちゃんのデータで、今後よい改修が行えるかもしれません。」
「ち、ちょっとちょっと待ってよ二人とも。あたし、艦載機の操作苦手なんですよ!?」
「そこはホラ。技術お姉さんの今後の昇給とか諸々を助けると思って。ね? 開発物に成果が出れば、会社からも査定に良い影響が出るんですよ。」
「え~~~。明石さん、なんか私情交えてません? まぁ、いいけどさ。」
明石の眉を下げた苦笑顔に、川内は気が削がれたのか諦めて夜間偵察機を受け取ることにした。しかしただでは終わらせない。那珂に向かって釘を刺す。
「ねぇ那珂さん。これあたしが使うのはいいんですが、フォローしてくださいよ。艦載機飛ばすと、あたしその後多分絶対移動できそうにないっすから。それからもしヤバかったら即交代。」
「フフッ。りょーかい。」
後輩の泣き言に快く了解する那珂だった。
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那珂たち6人が自衛隊堤防から海上に降り立って出発した頃、本部庁舎では、妙高と五月雨・理沙が、村瀬提督と館山基地司令部の数人の幕僚長に事態を報告して話し合っていた。そして霧島たちの意向を村瀬提督は理解したのか、支援艦隊として出撃することを許可した。それは館山基地の司令部としても追認された。
支援艦隊は旗艦霧島として、那智、足柄、暁、雷、電が編成を指示された。天龍は自分が入らなかったことに腹を立て、父である村瀬提督に詰め寄った。村瀬提督はいたって冷静に、日中の哨戒任務で旗艦として任務を果たしていることを筆頭の理由に挙げ、頑として娘の参加に首を縦に振らなかった。
加わることができなかったため、腹いせと励ましを兼ねて天龍は暁に声をかけ、背中を(物理的にも)強く押して発破をかけ、待機を命じられた他の艦娘たちと共に鼻息荒くして去っていった。
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那珂たちは速力を電車つまり約25ノットまで上げて一気に進んでいた。本物の艦船であってもかなり高速航行になり、船首船体の形状によっては波による浮き沈みで衝撃がある。艤装のバランス調整機能が効いているとはいえ、それは艦娘という人の身であっても同様である。
那珂たちは時折海面から足を浮かし、瞬時に海面に落ちてその身を揺らす。しかし艦娘の艤装効果により転倒するところまではいかず、那珂たちは移動することに集中できている。そして6人の頭の中には、神通と五十鈴をなんとしでても早く助ける、という目的が海上で身を跳ねさせることへの不安を勝っていた。
さすがに25ノットで飛ばすと、館山基地から浮島までの直線とパス上の計算で約15km航路は、14~5分ほどでこなすことができる。しかし旗艦の那珂はそのままストレートに行くことを考えていない。
途中で速力減を指示した那珂は、大房岬を通り過ぎる途中で合図して完全に停止し、後ろにいる川内たちに顔を向けた。
「なんで止まるんすか? 神通たちのピンチなんですよ。早く行こうよ!」
同僚の絶対的な危機に焦りを隠す気がない川内は敬語を使ってはいたが、声を荒げて那珂を急いた。
「うん、一度冷静に状況を把握したくてね。あたしも結構焦ってたから。みんな、ちょっとだけいいかな?」
「はい。」
時雨に続き、川内以外の他のメンバーは素直に返事をした。しかし、那珂が一番返事をもらいたかった川内の声が続かない。
「川内ちゃん?」
那珂は川内の顔を覗き込むように身をかがめて近寄る。夜間であることと、探照灯は進行方向に伸ばしているため、両名の顔は艤装のLED発光による灯りでしか照らされない。
「はぁ。わかりました。わかりましたよ。大体那珂さんの行動が正しいんでしょ。はいはい。従いますよ。」
そうぶっきらぼうに返す川内に那珂はイラッとしたが、それを表に出さずに話を進めることにした。
「まず川内ちゃんは、偵察機を飛ばしてこの先の海域を確認して。昨日の今日だし、もしかしたらまだ近くに余計な深海棲艦がいるかもしれないし。ある程度飛ばしたらオートで戻して。その間にちょっとずつ移動するよ。あたし達は川内ちゃんを取り囲むように円陣を組むよ。それなら川内ちゃんでも大丈夫でしょ?」
那珂が自分を、しかも下手くそ操作しかできない自分の艦載機に頼ってくれるという事実に、川内はコロッと態度を変え全身で喜びを表した。
「那珂さん……あたし偵察機本当に飛ばしていいんですね!? あたしの索敵に頼ってくれるんですね!?」
「まぁね。それにせっかく夜間でも問題なく使えるって明石さんが言ってくれてるんだから、使ってあげないと。サクッと空から捜索しちゃおーよ。海上からは夕立ちゃんと、レーダーを装備してる不知火ちゃんが先頭に立って警戒しながらゆっくり進んでね。」
「はーい!」「了解しました。」
那珂の指示で全員陣形を変更した。中央に川内が位置取る。早速川内は新装備の夜間偵察機を、右腕にとりつけたカタパルトパーツに設置して飛び立たせた。先頭を任された夕立と不知火は、まずは速力歩行、5ノット前後を保ってゆっくりと前進し始めた。那珂たちは、川内が移動しながらの艦載機操作をこなせないために、無防備状態の彼女を警備するように三方に立っている。
「よし。なんとか飛び立てた。……うっく、頭いてぇ~目がシパシパするぅ~! そして暗ぇ~!」
「川内ちゃん……黙って操作できないの?」
「いや、あたし艦載機操作するの、訓練以来なんですよ? それにあたしにも落ち着いて操作するやり方ってもんが……うわぁ~落ちる~~~!上昇上昇!」
独り言をブツブツ口にしながら艦載機を必死に操作する川内を見て、那珂は仕方ないかと半ば強引に自分を納得させ、おとなしく見守ることにした。
その後安定したのか、川内の独り言の音量はかなり小さくなっていた。その雰囲気は真剣そのものになったので、じっと待つ那珂そして二人の駆逐艦。
やがて、川内が艦載機からの映像の説明をし始めた。
「……っと。とりあえずまっすぐ行かせるか。よし。今のところ、大房岬から先にはなにもなし。ちなみに、この夜偵からあたしたちを見ると、ジャギジャギのモザイクが動いて見えます。まぁまぁ見やすいです。でも明石さん、なんでこんなカメラフィルターかけたんだろう? ふつーに暗視したときの赤黒や緑黒の映像でいいのに……(ブツブツ)。」
「今あたしたちとはどのくらい離れてる?」
「え!? えーっと。わかりません。そーいう情報がまったく頭に入ってこないです。」
「何か適当な目標見定めてみて。距離感とかそういうの伝わってこない?」
川内はその後黙り、しばらくして口を開いた。
「んー、とりあえず街の灯りっぽいの見てみたんですけど、全然ですね。」
那珂は首を傾げる。駆逐艦二人は軽巡の二人が話している内容がわからず、目をパチクリとさせている。
「あぁゴメンね二人とも。駆逐艦は艦載機使えないからわからないだろーけど、艦載機を使うとね、目標にした対象物との距離とかいろんな情報がね、頭に中に浮かんでくるの。カタパルトパーツと艤装のコアユニットを通じてるらしいんだよね。」
那珂の説明に続いて川内が現状をさらに説明する。
「基本訓練でやったときは、たしかに偵察機から見える情報やら見定めた建物との距離が浮かんできたんだけど、今回はそういうのがさっぱりなの。明石さん、さては何かしくじったなぁ~?」
「アハハ。ありえそ~。でも機械周りでは頼もしい明石さんにしては珍しいよね~。」
那珂と川内は分かりあってコクコクと互いに相槌を打っている。時雨と村雨はポカーンとした様子を継続していた。
那珂は対応策を言い渡して改めて川内に偵察を続けさせた。
「ん~じゃあまぁいいや。とりあえず一旦戻して。夕立ちゃんたちと距離空いちゃったからちょっと急ぐよ。」
「「「はい。」」」
カタパルトへの着艦を脳波を通じて指示した川内は、偵察機からの映像や情報が途切れたのを確認してから、那珂たちに伝えて移動を再開した。ほどなくして夜間偵察機がチカチカと先端を発光させて合図を送ってきたのを目にした。川内がカタパルトのある腕を上げると、カタパルトのレーンのLEDが順に点灯しだした。その後川内は無事自動着艦した夜間偵察機を掴み上げ、一回目の偵察を終えた。
「ねぇ那珂さん、偵察機どうします?ただでさえあたし操作あぶなかったのに、距離とか情報がこないんじゃ、ゲーマーでもあるさすがのあたしでも無理ゲーてやつですよ。」
那珂は、偵察機があればすぐに発見できると期待していたため、機能不備によって肩透かしを食らうと、考えを変えた。
「じゃああたしが使うよ。機能に問題あるなら川内ちゃんに無理に使わせられないもん。それにあたしなら移動しながら使えるから。川内ちゃんはお得意の暗視能力を使って周囲の警戒にあたって。とにかく急ぐことに方針変更!」
「「「了解。」」」
その方針は、川内としては実のところ願ったり叶ったりであった。
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那珂は川内から夜間偵察機を受け取ると、早速自身のカタパルトパーツに設置して放った。やや鈍い反応を見せながら以後の艦隊の指揮を川内に任せると、艦載機の操作に注力することにした。
川内は艦載機操作中の那珂の反応の鈍さを垣間見ているため、代わりに指揮をとり始めた。
「よーし。一旦夕立ちゃんたちに追いつこう。那珂さん、行きますよ。」
「(コクリ)」
時雨と村雨は那珂の急に黙りこくるようになったその姿に違和感を覚えるも川内に倣って気にせず、那珂を守るように位置付いて航行を再開した。
周囲を川内たち5人に囲まれながら、那珂はしばらく偵察機を進ませる。すると、数体の動くモザイクを発見した。
「み、見つけた、よ。あたしたちは南から来てるから……対象は左、つまり西に向かって移動中。2体を4体が追ってる。うん。下手なレーダーやソナーよりも、わかりやすいかも。けど艦娘なのか深海棲艦なのかまで判別できないから、それは……状況で判断するしかないかな。」
「まだまだ機能足りてないっすね。あとで明石さんに文句言っておこう。ゲームのバグは致命傷なんだから。」
「ハハ……川内さんは相変わらずですね。」
「またゲームに喩えちゃって~。」
川内の言い草に時雨と村雨は苦笑する。
川内はあわせてケラケラ笑いつつも、先頭を進んでいる夕立と不知火に確認する。
「おーい、先頭の駆逐艦~。索敵の状況はどうかね~?」
「ブー、名前で呼んでくれない川内さん嫌っぽい。」
「レーダー、前方100mから500mまで、反応なしです。もっと距離?」
不知火が事務的に報告して指示を待つ。それには那珂が暗に答えるがしゃべりにまで神経を集中できないのかたどたどしく口にする。それを聞き耳立てた川内が正式な指示として口にした。
「2分強飛ばして……多分距離が……限界まで広げないと。」
「不知火ちゃん、レーダーの感度を限界まで広げろってさ。」
「了解。」
不知火がレーダーの感度を最大にまで高めるとほどなくして、彼女から短い言葉で報告がなされた。
「320度の方向に3.5km、反応5つ。」
「5つ?6つじゃなくて?」
「はい。」
「またアレじゃないですかぁ。レーダーにもソナーにも引っかからない厄介な個体。」
村雨がそう口にすると、皆ハッとする。
「あ~、そっか。その可能性は確かに。そうすると捉えられるのはあたしか夕立ちゃんだけか。どうします、那珂さん?」
「……ちょっと、待って。あれ? なんか1体が逆方向に動き始めた。あ、消えた?……お、元の集団のところに出てきた?なんか妙な動き。よくわかんね。とりあえず戻そう。」
那珂は夜偵の帰還を自動にすると、すぐ顔を明るくし、川内たちの確認を改めて聞いた。
「ゴメンゴメン。えーっと、それでなんだっけ?」
「どうやら1体は、レーダーにもソナーにも引っかからなそうな個体みたいです。それでどうしようかって聞きたかったんです。」
川内が改めて尋ねる。すると那珂はサラリと答えた。
「ん~っとね、川内ちゃん、あたしたちに指示して。今のあなたが旗艦なんだし。」
「え? いや、でもアドバイスくらいは。」
「それはもちろんするよ。今は急いで神通ちゃんたちの元に行きたいけど、他にも危険があるかもしれない。こういう時、あたしは慌てて助けに行くって感情的になるよりも、みんなの能力を活用して冷静に助けに行きたい。だからまずは川内ちゃんのゲーム由来の知識でこれからの戦況を見て動かして欲しいって思う。」
那珂の言葉に、川内は反論する気がなくなる。時雨ら駆逐艦も黙って那珂の言葉を聞いていた。その中で、村雨が二人の間をフォローするように口を開いた。
「私も、どっちかっていうと、川内さんのゲーム知識を頼りたいですねぇ。今まで私達、提督から指示された出撃任務をこなすことしかしたことありません。誰かを助けに行くとか、そういう緊急の任務ははっきり言ってどうしたらいいかわからないですし。」
「うん。僕も同じです。今の僕達には那珂さんと川内さん、お二人だけが頼りなんです。その那珂さんが川内さんを頼るっていうなら、僕らも従います。ゆうも同じでしょ?」
「うん。あたしは川内さんを最初っから信じてるけどね。」
「(コクリ) 不知火も、従います。」
川内は全員から暖かい視線を送られて、照れくさくなったのかそっぽを向いて後頭部をポリポリと掻く。視線は5人から外している。
「うー、なんかやりづらいなぁ。なんでみんなそんなに無条件に新人のあたしなんか信じられるんだか。まぁいいや。○○くんたちには負けるけど、あたしだって戦略ゲームやりこなしたゲーマーの端くれだ。ちょっと待ってね。色々思い出してみる。」
ウンウン唸りながら考え込んだ川内は、やがて意を決して指示を口にした。
「まずは移動力の高い斥候ユニットを先に動かして敵を識別するのが定石なんだよね。」
「せっこうって?」
夕立が素早く質問する。
「敵を調べに行く担当のことだよ。大体の戦略シミュレーションでは、斥候が敵を調査すると、味方の回避や命中率、地形効果がプラスされたりするの。」
「ふーん。それじゃあ大事ってこと?」
川内が説明すると、夕立はなんとなくわかったのか、一言で確認する。川内はそれに言葉無くコクンと頷いて返事とした。
「なるほどね。その斥候っていうのは、あたしたちでいうところの、さっきあたしと川内ちゃんが使った夜間偵察機ってことでいいのかな?」
「そうですね。でもあれだけじゃ足りませんね。それは那珂さんだってわかってるでしょ?」
川内が試すような口ぶりで問うと、那珂はクスリと笑って答えた。
「うん。足りないね。今のまま行ったんじゃ、情報が足りなすぎて逆にあたしたちが危険かも。かといってこのまままごついていられないしね。」
「そーそー。そうなんです。だから、ここは少数精鋭で本当に誰かに行ってもらうんです。」
川内の提案に、全員ピクッと反応し、一斉に視線を送る。川内は5人をざっと眺めた後溜めてから口を開いた。
「夕立ちゃんと不知火ちゃんに、行ってもらおう。」
「あたし……たち?」
夕立と不知火は顔を見合わせる。
「うん。二人はさっき見つけた方向と距離に向かってとにかく前進。夕立ちゃんの裸眼の暗視能力と、不知火ちゃんの持つレーダーで、敵の数や正確な情報をゲットしてきて。」
「りょ~かいっぽい!」
「了解しました。その務め、必ず果たします。」
そして川内が合図をすると、二人はゆっくり発進、その直後一気に速力をあげて暗闇の海上に溶け込んでいった。
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二人の背中を見送った川内は、はぁと呼吸をし、那珂へ振り向いて言った。
「ここまではいいですかね?」
「え、うん。問題なっし。さて旗艦さん、残ったあたしたちはどーしますか?」
「あ。え~っと。うん。そうですねぇ。どうしましょう?」
斥候・偵察ユニットを派遣した後の残りのユニットは、基本動かさずに放置してたよなと自分のゲームプレイ状況を思い返した川内。実のところその先はノープランだったため、途端に那珂に頼る気満々で聞き返した。
「タハハ……。もーちょっと先まで考えていてほしかったなぁ。やることはまだあるよ。一つは夕立ちゃんたちの報告を逐一確認する。二つ目は周囲の警戒。三つ目はこれから来る神奈川第一の支援艦隊との連絡。」
「うおぉ……やることありますね。よし。時雨ちゃん、夕立ちゃんからの連絡待ちね。後のやり取りお願い。那珂さんは神奈川第一の人との連絡頼みます。あたしと村雨ちゃんは、周囲を警戒しよう。」
「分かりました。」
「りょ~かい~!」
「はぁい。分かりました。」
周囲を警戒(という名の単なる周回)していた川内は、しばらくして連絡を受け取った時雨から報告を聞いた。
「川内さん。ゆう達が発見したそうです。約300mまで接近、ゆうの能力でも緑黒の反応を4匹発見、位置関係を捉えたそうです。」
「よっし!」思わずガッツポーズをする川内。
「それで、そのまま助けに行っていいかって。どうしますか?」
「えっ!? ち、ちょっと待って。那珂さん!」
川内は慌てて那珂の方を向く。すると那珂はちょうど別の通信をしている最中だった。
那珂はこれから出発する直前だという霧島たち、それから館山基地にいる妙高達に連絡をした。一通り連絡し終わると、しばらくして再び霧島たちから通信があった。
「こちら支援艦隊の霧島よ。敵の情報を教えて。こちらのレーダーとソナーでは限界の4km周囲には何も発見できないわ。」
「今あたしたちは、南無谷崎の北1km付近にいます。ここから320度の方角約3.5km付近にて、うちの艦娘二人と深海棲艦が交戦中と思われる位置を捉えました。今、駆逐艦の二人に偵察のために先行して進ませています。」
「そう。こちらもしばらく前進し、あなた方の位置を捉え次第、また連絡するわ。」
「了解です。……え!? あ、ちょっと待って下さい。」
那珂は突然肩をポンポンと突かれて振り向くと、そこには川内が通信はよ終われと急かさんばかりに迫っていた。那珂はスマートウォッチのマイク部分に指を軽くあてがい、川内に尋ねた。
「なに?」
「夕立ちゃんたちが神通たちを発見しました。300mまで近づいたらしいんですけど、このまま助けに行ってもいいかって。どうします?」
「え?マジ? えーっと、それじゃあ不知火ちゃんだけ戻ってこさせて。夕立ちゃんはその場に待機。」
「了解。夕立ちゃんはその場で待ってて。不知火ちゃんだけ戻ってきて。でもなんで!?」
川内は那珂の言葉そのままを時雨に伝え、そのままの勢いで那珂に問い返す。
「不知火ちゃんのレーダーの結果を霧島さんたちに送りたいから。夕立ちゃんはそのまま現地の状況を見続けてほしいから。」
そう口にすると那珂は通信を中断していた霧島との会話を再開した。
「ゴメンなさい。たった今うちの駆逐艦が対象を発見しました。ちょっと距離あってレーダーの情報もらえないので、彼女から受け取り次第そちらにも送ります。」
「了解よ。」
短い一言で霧島は納得し、通信を終了した。
一瞬の慌ただしい連絡の応酬が落ち着くと、それぞれが懸念を口にし始めた。口火を切ったのは時雨だ。
「あの……那珂さん。ゆうを残したのはまずいと思います。」
「なんで?」
「そうそう。どうしてさ時雨ちゃん。」
那珂の頭に浮かんだ疑問符に川内が疑問符を寄り添わせる。
「お二人はゆうのことを知らないので仕方ないと思いますが、あの娘は、我慢して待つというのが一番苦手なんです。」
「そーいえばそうね。ゆうが我慢できるのは、私達の誰か一人でもいればこそだもの。一人にしたら危険だわ。そこだけは那珂さんの判断ミスですよ。」
「うえぇ……んなアホな。だって普段の生活ならともかく仕事中だよ?」
那珂のツッコミに時雨と村雨は頭をブンブンと振って那珂の想定を否定する。
数分して不知火が那珂に連絡を入れてきた。と同時に夕立が時雨に通信を入れてきた。
「レーダーの結果、送ります。」
「あ、うん。こっちも不知火ちゃんを検知できるようになったからどんとこい~。」
「ねぇ時雨~!一人で寂しいしつまんないっぽい! 神通さんたち見てるだけなのヤだからもう行っちゃうよ。」
「えっ、ちょ! 待って待って! 今那珂さんや神奈川第一の人たち来るから!」
「答えは聞いてない!」
余裕ある那珂の応対とは異なり、時雨の応対は激しい焦りを伴いながら終始した。時雨は振り向きすぐに友人の問題行動を報告する。
--
「嫌な予感的中です。我慢できなくなったようです。もう行くって……。」
「「え~~!?」」
声を揃えて驚き呆れる那珂と川内。もはやこうなってしまったら止まって作戦を練っている場合ではない。
そう決意した那珂は、川内にビシっと伝えた。
「こうなったら全員で行こう。途中不知火ちゃんを拾っていけば目的の場所着くだろーし。」
「いいや。那珂さんは神奈川第一の人たちに連絡を。まずは切り込み隊長的に行きますよ、あたしが。」
「え?」
那珂たちの驚きの一言が出終わるのを待たずに、川内は主機をフル作動させ、周りへの波しぶきなど一切お構いなしにダッシュし始めた。
「てやーーーーー! 待ってて、神通ー!」
「ちょっと川内ちゃん! 旗艦はーー!?」
「なかさんにぃ~~任せまー」
川内の叫び声は途中で途切れて海上を彷徨うように消えながらかろうじて那珂たちの耳にたどり着いた。
「い、行っちゃいましたね……。」
「あの人、やっぱり根本的にはゆうと同じなのね~。」
「あぁもう、川内ちゃんってば。仕方ない。あたしたちも行くよ。」
頭頂部をポリポリと素早く掻きながらそう言って那珂は一時的に三人だけの単縦陣を作り、通信しながら移動することにした。
「霧島さん。詳しい情報送信します。」
「オッケィ。受け取ったわ。あなた達の位置も把握したわ。一人いきなり離れたけど、大丈夫?」
「え、アハハ。えーはい。大丈夫です。あたしたちも動いているので。」
那珂が慌てて取り繕うと、霧島は必要以上に気に留めることはせず、その後の行動指針を伝えて通信を切った。
霧島たちは大きく西に移動し、件の戦闘海域には、南西から突入するという。那珂たちはそのまま進むならその戦闘海域には東から入ることになるため、一応挟み撃ちが出来る算段だ。
那珂たちは川内が進んだ方向に向けて移動開始した。途中、那珂は戻ってきた不知火と合流を果たし、事情を伝えて4人編成で目的の海域へと、それぞれの主機に頼み込んで猛ダッシュする。
近距離を裸眼で察知できる期待の二人がいないため、那珂は逐一レーダーによる監視と報告をさせるべく不知火を頼った。そんな不知火の表情にはうっすらと笑みが浮かぶも、その笑顔はこの当然すぎる暗闇では誰の目にもつかない。
那珂は一瞬、不知火の雰囲気に違和感を覚えたが特に気に留めず、彼女に監視と報告の仕事をただただ促すだけだった。