同調率99%の少女(25) :艦娘熱、再び
# 2 艦娘熱、再び
那珂達が経験した館山での任務とその他夏休み中の活動のレポートが完成したのは、日曜日のことだった。今回の土日で那珂と神通は鎮守府本館の待機室で作業をしていた。傍らには、ようやく復帰したので事情を伝えたが呆けたままの川内がいる。
事情を聞いた五十鈴と長良・名取、そして駆逐艦勢も揃っている。
元気よくやる気に満ちて作業をする一同だが、それぞれの学校ですでに二学期が始まっていたため、その場にいる艦娘の顔には久しぶりの登校による気だるさと、やっと訪れた土日の開放感がごちゃまぜになった色が浮かんでいた。
「神通、こっちのレポートのこの章は終わったわ。見てちょうだい。」
「はい、ありがとうございます五十鈴さん。」
五十鈴が神通にレポートの文章の作成が終わったことを告げる。神通と五十鈴は一緒に行動していたため、二人で担当分を作っていた。
「ねぇ那珂さぁん。あの時の私達との合流位置なんですけど、GPSの正確な位置書いたほうがよくないですかぁ?」
「僕もそう思ってた。そのほうがリアリティが増すかも。そうするとこっちも書き直したほうが。いかがですか那珂さん。」
村雨と時雨の提案に那美恵はコクンと頷き、彼女らに校正を任せることにした。
「ホラホラみんな、あと少しだから頑張れ~。」
そう軽々しく叫んだのは川内だ。その発言は全員(主に那珂と五十鈴)のイライラスイッチをONに切り替えるに十分すぎた。
「ちょっと川内。あなたも十分当事者なんだから一緒にやりなさい。」
「う……わかってますって。だから最初にやったこと全部話したじゃないですk
「それで終わりじゃないんだぞ~川内ちゃん。他の人が書いたのを見てチェックしてあげるとか、仕事はいくらでもあるんだからね~!」
先輩二人の圧にたじろぐ川内であった。
その日那珂たちは艦娘の仕事をすることなく、ただひたすらに全員一丸となってレポート作成に終始した。そのレポートは那珂の高校だけでなく、村雨たちの中学校でも使われる想定の資料として出来上がった。その場にいた殆どのメンツが結果的に参加することになったイベントなのだ。それぞれの学校で活用せねばもったいないというのが艦娘たちの一致した意見だった。
「あたし達はぜーんぜん話題に混ざれないね~。」
「う、うん。でもまだ訓練中だし、仕方ないよ。」
長良と名取の愚痴にも満たないつぶやきは一同の表情に一瞬だけ影を落とすことになった。が、二人もそれ以外の面々も、本気の愚痴等でないことはわかっているので意に介さない。
「まぁまぁ~。長良ちゃんも名取ちゃんはこれからだもん。早く訓練終わらせて一緒に任務出よ?」
「那珂ちゃ~ん!」「那珂ちゃん……!」
那珂の言葉に長良と名取は沸き立つ。二人のやや潤んだ笑みに、那珂はカラッとした軽快な笑みを返した。
長良が手伝いを名乗り出るも、それは五十鈴と名取が頑として断った。その焦りっぷりに那珂達は彼女には何か地雷があるのだろうなと察し、彼女らの任せるところとした。代わりに加わった名取は成績優秀、表現能力にも長けているのか、那珂はすぐに名取を気に入る。新人名取への仕事として、最終的な校正を任せることにした。むろん訓練の監督である五十鈴とセットだ。
結局その日仕事がなくボーッとしていたのは川内と長良の二人だけだったが、二人の人となりがわかっていたので、誰も気にしないでいた。
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週が開け、完成したレポートは印刷された紙媒体と電子データでもってそれぞれの学校に艦娘部と鎮守府の共同の名義で提出された。
五月雨たち、不知火の中学校で発表会が開催されたのと同じく、那珂たちの高校でも全校生徒・教師に向けて艦娘部の活動として発表が行われた。
全校集会の場で生徒会や教師陣からの連絡事項、各部活動からの校外活動等の報告が終わった後、那美恵は顧問の阿賀奈、それから教頭とともに再び壇上に立った。
つまり、艦娘部が最後の報告だ。
「最後となりますが、艦娘部からの報告があります。艦娘部部長、光主那美恵さんどうぞ。」
生徒会副会長の三千花が促す。その口調には親しみは篭っていない、あくまで事務的なものだ。
顧問の阿賀奈から那美恵へと挨拶が連続する。那美恵は軽く深呼吸し口を開いた。視線はまっすぐ、生徒たちの集まりの中央に向かっている。
「艦娘部からの発表は、こちらです。」
那珂は背後のスクリーンに映像を映してもらい、それを指し示しながら続けた。
「我々艦娘部は、この夏季休暇の間に千葉県館山の海上自衛隊、それから神奈川にある艦娘制度の艦娘の基地の一つ、通称神奈川第一鎮守府と一緒に、地域の祭りや哨戒任務つまり周辺海域の警備を行ってきました。あたし達が所属している千葉第二鎮守府は検見川浜にあり、そこで普段は待機し警備等の任務を行いに行きます。今回あたし達が行ったのは……」
那美恵はおおよその説明を手短に済ませ、学校が受け取っていた動画のうち、関係各所向けに編集済みのダイジェスト動画を流した。その映像は特に艦娘としての那美恵達がメインというわけではない。未だ艦娘部の素性や活動について理解が及んでいない一部の生徒や教師に現実のものとして知らしめる目的のためには適していると踏んで第一弾の公開に選んだものだ。
5分程度の動画が終わり、那美恵は再び壇上から話し出す。
「今回お見せした映像は海上自衛隊とテレビ局が編集したものです。これ以外に、生の映像を動画として受領していますので、後ほど学校のホームページに掲載しておきます。よろしければご覧ください。あたし達艦娘の活動を理解していただければ幸いです。ご静聴ありがとうございました。」
直前までは校内、範囲広くても他校との学校間程度の規模の話が続いたため、急に飛び出してきた海上自衛隊や館山という検討のつかぬ組織名・地名の連続に、生徒たちはもちろんまだ動画やレポートを見ていなかった教師陣も驚きすさまじい感心を素直に表していた。
那美恵は壇上から去る前、一通り見渡して期待通りの反応だと捉えて密かに安堵した。
動画公開後、各生徒は休み時間中あるいは教師の指示で授業の余り時間など、様々なタイミングで那美恵たち艦娘の活動を目に焼き付けた。
那美恵のクラス、幸のクラスでは動画視聴直後に、本人らにクラスメートが殺到した。そのあまりの興奮っぷりに幸は当然だが、さすがの那美恵もたじろぐほどだ。
国の組織の一部や地方局やネット局とはいえ、テレビに出たという事実は効果がありすぎた。
二人ともクラスメート、隣のクラスの生徒からその場でインタビューまがいのおしゃべりと注目で晒しとなっていた。
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一方で二人とは待遇が違ったのは流留だった。
男子からはおおよそ那美恵や幸と似た盛り上がりと注目だったが、女子生徒からは冷ややかな目で見られていた。
気まずさの度合い自体は以前のいじめのときより和らいでいたが、それでも流留にとって一学期と大して変わらぬ空気に感じられた。
「ねぇねぇながるん。艦娘になってたんだって? 俺全然知らなかったよ。どうなの?面白いの?」
「え、あぁ……うん。まあやりがいはあるから、楽しいかな。学校よりも。」
「ながるんはどこに映ってたんだ?」
「あ~、あたしの映ってたところは動画だとほんの少しだよ。あたしは主役じゃなくて周りを哨戒してたいわば裏方だから……ね。」
さすがに以前ほど気兼ねなく男子と会話をする気になれず、歯切れ悪く受け答えする流留。ただ本人の対応具合なぞ、遠巻きに睨み妬んでいる女子生徒にとって関係ない。
表立った(SNS等でも)いじめは鳴りを潜めたというだけで、わずかな事でも炎上する要素は流留の意思に関係なく、捉え方一つで生み出される状況になっていた。
男子は一学期のことなど忘れているのかあまりにも気兼ねなく話しかけてくる。女子は遠くから睨みをきかせるだけ。
正直何もかも鬱陶しく、学校から早く離れて鎮守府に篭りたい気持ちでいっぱいだった。
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その日、部室代わりの生徒会室へ集まる那美恵たちは生徒会室直前まで、ぞろぞろと取り巻きがついてくる有様だった。
「ねぇねぇ神先さん。なんで生徒会室に行くの?会長に何か用事なの? あ、そういや会長も艦娘だったっけ。だからなの?」
「そういえば和子ちゃんも生徒会だけど和子ちゃんは違うよね?もしかして和子ちゃんも艦娘だったりするの?」
「う……えと。ぁぅあ……と。」
人生でこれまで他人にちやほやされたことがない幸は、応対のスキルがないためにオーバーフロー気味だった。
そのとき、突然幸と幸を取り巻く生徒たちに隙間が出来た。集団が掻き分けられて何人かがよろける。
「さっちゃん。ホラホラさっさといこ!」
「キャッ!」
「うわっとと!」
「う、内田さん……。」
幸は強引に腕を掴まれ引っ張られるために歩行速度が上がり、その他生徒達との距離が空いた。
「まったくさっちゃんってば。あんな奴らいつまでも構ってる必要ないんだからね。適当にあしらっちゃえばいいのよ。」
「で、でも……。」
背後に聞こえる文句を無視し、幸のおどおどした態度を気にせず流留は幸の腕を引っ張り続け、やがて二人は生徒会室の前にたどり着いた。周囲には幸運にも人はいない。
ガララと扉を開けると、そこには二人の期待通り那美恵がいた。プラス、生徒会メンバーも勢揃いだ。
「こんちはー、艦娘部部員、川内来ました~!」
「あ、あの。お疲れ様です。私も来ました。」
「おー、二人とも来たね~。待ってたよ~。」
「お疲れ様、二人とも。」
「よ、内田さん!」
「さっちゃん、ここまで大丈夫でしたか? 生徒会の仕事があったから先に行っちゃってゴメンね。」
那美恵に続いて三千花、三戸、和子が声を掛けてきた。
そこにある雰囲気は教室とは違う、心地よさ。流留は自然とニンマリした。傍にいた幸は流留の笑顔を見て、その真意までは知らずにただ同調してはにかんでみせた。
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「さて、二人には報告しなきゃいけないことがあります。」
艦娘部メンバーが全員集まったことで、那美恵はやや真面目口調で改まって話し出す。流留と幸はただ黙って那美恵のこれからの発言を待つ。
「実はですねぇ~~、メディア部があたしたちに取材を申し込みたいってさぁ~!」
「へぇ~~、いいじゃないですか! もっと有名になるんじゃないですか?」
流留が真っ先に沸き立って反応すると、幸は無言ながらコクコクと勢い良く頷いて同意を示す。
「ウフフ。それからね、先生方から鎮守府の見学会でも開いたらどうかって提案されちゃった。あたしが聞いた声だけでも、鎮守府を見学したいっていう人結構多かったからやってみようかなって思ってるの。二人はどう?」
「いいと思います。きっと、すごく効果的かと。」
「そうだね。あたしたちが海の上で砲雷撃して戦ってるところ見せたら、ぐうの音も出ないほど黙らせることできるし。」
「「え?」」
「あぁいや。あたし個人の話。気にしないでスルーして。」
流留の台詞に一抹の不安を感じたが、ここで掘り下げて話題がブレるのを避けたい那美恵は彼女の言葉どおりスルーして自身の話を続けた。
「それでね、インタビューは鎮守府で受けようかなって思ってるの。見学会もそのときにできればなぁって。だってあたしたち艦娘部は学校に部室ないし、むしろ鎮守府が巨大な部室って感じだし。ねね、どうかな?」
「はい。良いと思います。」
「うん。あたしもその方がいいです。学校でやられたらクラスのやつらに何言われるかたまったもんじゃないし。」
幸に続いて流留も即時賛同する。またしても流留の言い方に違和感を覚えた那美恵だったが、やはり気にせず話を継続した。
「それじゃあメディア部には伝えておくね。それから二人には、見学会の内容とスケジュールを考えてもらいたいの。」
「「内容?」」
「そ。いつ、どういうふうにやるか。」
「それは……私は構いませんけれど。」
そう言いながら語尾を濁して幸は流留に視線をそうっと向けた。流留はその意味がわからず幸を見つめ返す。
「え、ん? 何?」
「あ、いえ。」
キョロキョロと色んな方向を向く流留。気まずそうに流留から視線を外した幸の心境に想像がついた那美恵は代わりに指摘した。
「流留ちゃんはイベント事を計画したりそういうのできる? あたしとしては二人の可能性を信じて任せたいんだけどさ。」
流留はいつぞや那美恵と話した内容を思い出し、ハッとした表情のあと顔にやる気をたぎらせた。
「あぁ! そういうこと! じ、じゃあ任せてくださいよ。あたしだってやればできるんですから。さっちゃんや時雨ちゃんに任せたままだなんて嫌ですもん。」
「ん。おっけぃ。その言葉が聞きたかったの。」
流留がやっと明るく応対し出したので那美恵は安堵の息を密かに出し、軽いステップで颯爽と生徒会室を後にした。那美恵が出ていった後の生徒会室では、生徒会の仕事をする三千花たちと、手持ち無沙汰にボーっとする流留と幸の姿があった。
この日、艦娘部の活動は那美恵と放送部の交渉で終いとなった。