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あの時のパン
十代終わりから二十代初旬にかけて、三回の入退院を経験している。
いずれも消化器系の疾患で、それ故に厳しく制限されてきたのが食事だった。
刺激物はダメ、アルコールも多く摂取したらダメ、油脂類は特にダメ!!というのが医師からのお達しであった。
カレーライスなどはいうに及ばず、入院中は一切れのパンすらダメという徹底ぶりだったのだ。
しかし何分、出るものは止めどなく出て、栄養にもならないから痩せ細って行くばかりで。
70キロ代だった体重はみるみる間に落ち、退院の頃はなんと56キロしか無かった。
一ヶ月半の点滴と、妙に薬臭いお粥ばかりだったから無理もない。
ほぼ一日寝るばかりの入院生活の中の、数少ない楽しみのひとつが「ラジオ」だった。
その中でも民放ラジオのCMが妙に楽しかった。
楽しかったCMは限られていて、専ら「食べ物のCM」に限定されていた。
「Pasco」(敷島製パン)のCMがお気に入りで、番組が好きだったのか、このCMが聞きたかったのかが判然としないくらいです。
BGMとして流れていたのは「Bread」の「If」でした。
製パン会社がBread の曲を採用するのもベタな感じですが…爽やかな曲調と、大きな愛に溢れた歌詞は、放送時刻の朝10時という時間にはピタリでした。
放送を聞きながら、ベッドの上で夢想します。
…退院したらまずはパンを食べよう。
食パンにバターと苺のジャムをたっぷりと着けて、ローストなんかしないで半分に折って、そのまま齧りつくんだ。
傍らにインスタントコーヒーのカップがあって、ふうふう言いながら啜りながら食べるんだ。
…どんなに美味しいだろう。
どんなに…どんなに。
…そう夢想しながら、目を閉じてラジオを聞いていました。
実は当時、パスコブランドのパンは、私の地元ではほとんど見かけないものでした。
ライバル会社である「ヤマザキ製パン」や「第一パン」が主なシェアを持っていたのです。
なので長年、パスコのパンを探し求めていたのですが、ここ数年で普通に手に入るようになり、あの頃の夢がやっと叶った形になっています。
大袈裟ではあるけれど、生きてて良かったと本当に思います。
あのCMのパンが食べられたという、それだけで十分に。