38年間ありがとう! 〜「A LETTER FROM DRIES(ドリスからの手紙)」
こんにちは。
2024年3月18日(現地時間)、ドリス・ヴァン・ノッテンが自身の名を冠したブランドを退任することを表明しました。
その日、ソー・エルメスを観に来た私はパリにいました。
(記事「エルメス主催の国際馬術大会 Saut Hemès 2024(ソー・エルメス 2024)」)
そして数日前に訪れたドリスのブティックを思い出しながら、ニュースを読みました。
コレクション初期から追い続けてきたドリス。
33年間私と一緒に過ごしてくれたドリスの服に感謝しながら振り返ってみたいと思います。
1991年にメンズコレクション、1993年にウィメンズコレクションをパリで発表したドリス・ヴァン・ノッテン。
当時は今のようにコレクションをリアルタイムで見る、なんて想像もつかなかった時代。大内順子さんによる「ファッション通信」("This program is produced by SHISEIDO."の声が蘇る)や、雑誌を食い入るように眺め憧れていたものです。
ファッションと呼ばれる半年で賞味期限が切れるような虚しい「モノ」は作りたくない。情熱を詰め込み、持ち主に寄り添い、一緒に成長してくれるようなもっと崇高な「何か」をつくりたい、とブランドを立ち上げたドリス。
こんな服を作りたい、と形から入るのではなく、感じたことを服に込めるという発想からつくられるドリスの服。なので豊かな感性が凝縮された独自の生地、刺繍、プリントの制作に多くの時間が費やされます。
インドには駐在員が常駐し、ドリスの要望に応えるためにフル回転する刺繍工房があります。ドリスのコレクションには消えゆく伝統工芸を保護する為、毎シーズン「刺繍」が登場します。
これらはドリスの芯だと感じています。だからどのシーズンも私が必ず手に入れるのが刺繍とジャカード。あらゆる文化の手仕事への敬意が込められ、そこにはいつも静謐で知的な空気が流れています。
2000年秋冬のスカートと2006年春夏のコート。
削ぎ落としたシックな土台に、アクセサリーと靴で民俗的味付けを施し強烈な「洗練」を打ち出した2009年春夏。最高に格好良かった。
ミリタリーの生地にビーズ刺繍、大胆で繊細。ドリス独特の見事なバランス感覚にクラクラした2010年秋冬。とってもハンサム!なシーズンでした。
ドリス念願のオペラ・ガルニエでのショーの開催が実現した記念すべきコレクション、2016年秋冬。
アントワープ郊外の邸宅で草花に囲まれて暮らすドリス。
庭園の花たちを愛でるドリスが生み出すのは繊細で豊かな色。ドリスにしか出せない色。
17 世紀の植物のエッチング、ジャングルの風景、海の風景のプリント。着たかった一枚。
チェック x 花の組み合わせに皆が魅了された2013年春夏。
2015年春夏は、アルゼンチンのアーティストAlexandra Kehayoglouがドリスの為に特別に制作した長いフォレストカーペットが印象的なシーズンでした。
青山店にもその一部がディスプレイされていました。
東信さんの"tower of flowers"が咲き乱れた2017年春夏。
ショーの経過と共に氷の溶けゆく、そして花の朽ちる様「時の経過」もコレクションに反映されていて、それはそれは美しいインスタレーションでした。
異なる要素を掛け合わせ、思いもよらない組み合わせで驚嘆させてくれるのがドリス。どこにも存在しない「異国」の誕生。
東欧、そこからさらに北のどこか。凍てつく空気を感じた2008年秋冬。
重くて肩凝るけど…どうしても欲しくて手に入れたバングルネックレス。
インドネシアのバティックに、パールとバイカラーの靴を合わせるという素晴らしき組み合わせに狂喜乱舞した2010年春夏。
どこか遠い国のエキゾチシズム。ドリスはいつもそれを捉え魅せてくれる。
グレーフランネルのジャケットに降り立ってくれた鳳凰。
チノ素材と清朝の装飾、この上なく優雅なコレクションを披露してくれた2015年秋冬。
クラシック音楽とともに育ったドリス、テーラリングとクチュールシェイプを大切に受け継いだ正統。だからどんな組み合わせでも端正。
何ものにも影響されず自らの美意識を貫くため、そしてクリエイションの自由を守るために財政的に独立。最も成功したインデペンデントブランドと称されてきたDries Van Noten。
2018年、会社の過半数の株をスペインの Puig(プーチ)に売却するまで。
このニュースを聞いた時、そう遠くない未来ドリスは引退されるんだろうな…と思った。私の中でDries Van Notenというブランドがひと区切りついた瞬間でした。
ああ、それから2020年春夏にはラクロワとの共作がありましたね。
ショーを見終わった後、ドリスを愛する人と「何買うか決めた?そもそも買える値段なの?日本にどのくらい入荷するの?」と夜中まで悩んだ会話が忘れられない。
(記事「ドリスとラクロワの共作!Dries Van Noten Spring 2020」)
ああ、こうなるのか。ラクロワの装飾過多なファンタジアと、ドリスの知性と品性が組み合わさると、こんな風に情熱を秘めた知的な美しさを醸し出すのか。
試写会で泣いた、映画『Dries:ドリス ヴァン ノッテン〜ファブリックと花を愛する男』。
殺到する密着取材を断ってきた孤高のデザイナー、ドリス ヴァン ノッテン。カメラは2014年9月にグラン・パレで開催された2015年春夏ウィメンズコレクションの舞台裏から、2016年秋冬メンズコレクション本番直後までの1年間に密着しています。
(記事「映画『DRIES:ドリス ヴァン ノッテン ファブリックと花を愛する男』試写会」)
この退任に際し、ドリスからプレス関係者に配信された手紙。私はVOGUEを通じて読みました。
A LETTER FROM DRIES
1980年代初頭、アントワープ出身の若者だった私が描いた夢は、ファッションの中に何かを伝える声をもつことでした。ロンドン、パリ、さらにその先へ私を導いたこの旅を通して、そして数え切れないほどの人々の協力や支えによって、その夢は実現しました。
そしてこれからは、これまで時間を割くことのできなかったすべてのことに焦点を移したいと思っています。
このように6月末をもって退任することをお知らせするのは悲しくもあり、同時に嬉しくもあります。私はこの時に備え、しばらくの間準備をしてきました。そして、新しい世代の才能がブランドに新たなビジョンをもたらす余地を残す時期が来たと感じています。
次の2025年春夏メンズコレクションが、私のドリス ヴァン ノッテンでの現在の役割における最後のショーとなります。
2025年春夏ウィメンズコレクションについては、長年にわたり非常に緊密に協力してきた私のスタジオ・チームが制作します。彼らは、必ず素晴らしい仕事をしてくれるでしょう。
今後適切な時期に、ドリス ヴァン ノッテンのメンズとウィメンズのストーリーを引き継ぐデザイナーを発表する予定です。
しかしながら、私は自分がとても大切にしているこのメゾンに引き続き関わることになります。
Marc Puig、Manuel Puig、Jose Manuel Albesa、Ana Triasをはじめ、私たちを信じ続け、さらに強力な会社の構築に協力してくれたプーチ (Puig)の関係者に感謝します。
また、ファブリックやアクセサリーのサプライヤー、アトリエ、メーカー、インドの刺繍に携わる人々、そしてたくさんの美しいアイデアを実現するために協力してくれたすべての人に感謝の意を表します。
ドリス ヴァン ノッテン・チームの全員にも感謝の気持ちでいっぱいです。この数年間、正確に言えば38年間、あなたたちは私にショーを開催し、ショップをオープンし、年に4つのコレクションを制作し、ドリス ヴァン ノッテンというブランドを今日の成功に導く機会とエネルギーを与えてくれました。
プーチが私たちのビジネスの一部となって以来、私たちが望むとおりに成長を続けることができました。ビューティーと香水のラインが加わり、アクセサリーを拡張し、eコマースをスタートし、エキサイティングで革新的なショップをオープンしました。
このブランドには今、たくさんの花が咲き誇っている。庭と同じように、ここに何を植えるかを決めるのはあなたたちです。やがてそれは育ち、ある時が来れば花は咲き続けるのです。
そして言うまでもなく、私とともにすべてのコレクション制作に関わり、一番初めからこのメゾンを築 くためにサポートし続けてくれたパトリック・ファンヘルーヴェに深く感謝します。
最後になりましたが、私たちの活動を愛してくださっているすべての人に、心からの感謝をお伝えし たいと思います。私たちの服が世に出るのを目にし、着る人の人生の中に、その服の居場所があることを知る······。そのことに、私は言葉では言い表せないほどの充実感を感じています。
そして今、私は確信しています。
ドリス ヴァン ノッテンの未来は、これからも明るく輝き続けることを。
Dear Friends,
In the early '80s, as a young guy from Antwerp, my dream was to have a voice in fashion. Through a journey that brought me to London, Paris and beyond, and with the help of countless supportive people, that dream came true.
Now, I want to shift my focus to all the things I never had the time for.
I'm sad, but at the same time happy, to let you know that I will step down at the end of June. I have been preparing for this moment for a while, and I feel it's time to leave room for a new generation of talents to bring their vision to the brand.
The next Men's Spring Summer 2025 collection will be the last in my current role at DVN. The Women's Spring Summer 2025 collection will be made by my studio team with whom I have been working very closely during all these years. I have full confidence that they will do a great job.
In due time, we will announce the designer who will continue the story of the DVN Men & Women. However, I will stay involved in the House that I treasure so much.
I thank everybody at Puig - Marc Puig, Manuel Puig, Jose Manuel Albesa and Ana Trias - for continuing to believe in us, and for helping us to build an even stronger company.
Also, my thanks to the fabric and accessories suppliers, ateliers and manufacturers, embroiderers in India and everybody who helped us realise so many beautiful ideas.
I feel such gratitude to all those at DVN. During these years, 38 to be precise, you gave me the chance and the energy to produce four collections a year, to stage shows, to open stores, and make DVN the success it is today.
Since Puig became part of our business, we could continue to grow the way we wanted to. We have added beauty and perfume lines, extended the accessories, added e-commerce and opened exciting and innovative stores.
The brand is now blooming. Like in a garden, you decide what to plant; and at some point, it continues to flourish.
And of course, thank you to Patrick, for helping to create all the collections, and for supporting me from the very beginning to build this House.
Last but not least, my heartfelt appreciation to everybody who loves what we do. Seeing our clothes out in the world, knowing they have a place in your life, has fulfilled me beyond words.
I am sure of this: the DVN future remains bright.
独創性と情熱、そして知性に溢れた気高きデザイナー、Dries Van Noten。
彼と同時代を生き、彼の作った美しいものを纏える幸せを嚙みしめたい。
ありがとうドリス。