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#167 物事の捉えなおしと並べ替えをする時が来たのだから

キッチンでりんごを剥く母の目からぽとり、と涙が落ちた。
あ、と思うのと同時に鼻の奥が急につんとして
みるみるわたしの視界は歪んだ。


ただ運が悪かっただけなのに
起きてしまった出来事がみんなで母を責める

わかっていることはただ一つ
悪いのは彼女じゃないということ。

彼女に乗っかっている全部全部を取り除いてしまいたかった
払いのけてしまおうと思った


・・・

思考の癖 というものの話をしたい。

わたしは別段、マイナス思考とかその反対とかでもない。ただ何か起こった時には「きっと理由があるんだ」と考えて、その理由を探し続けてしまう。一種の癖みたいなもんだと思う。
でも、「あれのせいかな…」と胸がギュッとなるようなことはしない。

例えばものを失くしたら「きっとここで別れる運命だったんだ。誰かに拾われてもっと幸せになるんだろう」とか都合よくまとめる。
多分失くした悲しみを和らげているんだろうけど、そう思い込むうちに「そういうこと」として記憶の中に仕舞われるから、悲しさや悔しさは残らなくて良い。

嫌なことがあったら「あの人はそうは言わなかったけど、きっと成長しなさいってことなんだな」ということにして、この次成長した自分に訪れる予定の幸運を取っておいたのだと考える。

要は、意識的に自分で自分を責めてしまうことを避けているのかな。
心を平穏に保つのには役に立つ。

そんな感じで、なんでもかんでも理由づけしては凹まないように気をつけているつもりなんだけど
たまにそうやって落ち込む人を元気づけようとすると、「すごく前向きだね。問題には向き合わないの?」と言われてしまったりする。向き合ってなんとかなることならわたしだってそうする!と言いたいのはグッと飲み込んで、「ごめん、無神経だったね」とごまかしがち。

ある人は、再解釈/捉えなおし と違う言い方をしていたけれど、おんなじだなぁと嬉しくなった。そして「あまりにもやり過ぎると、鬱っぽくなる」とも言っていた。
確かに「まぁそんなもんなんだろ」と深く考えないでいる方が精神衛生上良いこともある。
あらゆることには理由があると思いすぎると、人間パンクしてしまうのかもしれない。だから今度は余白をとって、敢えて考えない時間も必要なんだそうだ。
うん、それもよくわかる。
何もしないっていうのは、案外むつかしいもんな

何事もバランスが大事なのだ—— と着地してしまってはありがちでつまらないので
わたしなりの結論を考えてみた。

 ずーっとぐるぐる考えてもいいけど、
 一度は全部出してみる。
 自分の外に出したものを並べて、
 よく観察する。
 そのあとで、考えるのを強制終了する時間を
 とること。

・・・

話を戻そう。

このところ、母は両手に抱えきれないほどの荷物を、信じ難い才能で処理していた。側で見ていて「ちょっと休んだら」と言いたくなる(実際言った)。怯むほどのタスクの山々に、いくらじっとしていられないタチだからって限界はあるはずだよと常々言っていたのに。

悪いことは立て続けに起きた。
「悪いことって重なるんだな、ってその瞬間に頭のどこかで思ってたわ」
と力なく言っていた。
オーバータスクだと母を責めるつもりはない。でも、本当に自分のしたいことを後ろへ追いやって、心が疲れてしまうまで追い込んだ母自身の姿になんと言えばよかっただろう。

幸い、いずれも大事に至ることはなかった。
でも彼女の負った傷を思うと、悔しくてならない。わたしにできることは本当になかったのか、ずっと考えてしまう。

複雑な問題は、たくさんの糸が絡まっていて
それゆえに正面から正攻法で行ったってびくともしない。

みんなそれぞれ事情を抱えて平然と生きている。
だけど「誰かのために生きている」わけではないと思いたい。

わたしは母を、一人の女性として、ピアニストとして応援しているし、心から尊敬している。ケアラーではないし、一番我慢する人でもない。
でも彼女を取り巻く環境がわたしの描く母の姿とは違うものへ連れ去ろうとする。

疲れていたから、もう若くはないから、不注意だったから、じゃない。
全然、全部違う。
一回全部、出してみよう。
ちゃんと大事な順に並べ直そう。

母になんとかそう伝えた。


母の懐の深さに甘えている全てを取り去ってしまえば、わたしだって一緒に放り出されるかもしれない。だけど彼女に人生の中で、そんな事が一度だってあっただろうかと考えてみたら「なかった」と気がついて愕然とする。
母に守られてきた多すぎるものたちが、そろそろ逆に、母を守らないといけない時が来ている。薄々気がついていたのに、はっきりと言わなかったわたしだって、母の優しさに乗っかっていただけなんだろう。

目を背けたくなるようなことも、起こるべくして起きたと捉えることにする。そして、彼女の大事なものを並べ直すのに寄り添いたいと思った。

そしてその先に、母が安心して頭を空っぽにして
自分のしたいことに熱中できる時間を用意するのはわたしだ、と
いつになく勇んだ気持ちでここに決意を書いておく。

わたしはわたしの人生を
母も彼女の人生を
思い切り生きられますように。

るる


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