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子宮がんのこと① 告知

癌(よく見ると漢字が怖い)なんて、自分に無関係だと思っていたし、誰だって宣告されるまではそう思っていると思う。

でも、がん(怖いからひらがなで書きます)だと言われたとき、びっくりしている自分と並行してもう一人の自分が、その理由をはっきり理解していた。
無茶な仕事やそこで投げかけられる辛い言葉や、恋愛とも言えないような痛い関係の中で自分を押し殺して傷ついても、何も言い返せずただただ飲み込んで何もなかったように振る舞うのが自分だった。でも、結局飲み込んだそのイガイガは体のどこの臓器も受け止めず、結局一番下まで降りて、最後に子宮が全部受け止めていた。そしてとうとう、限界が来たのだ。

以下、当日の日記。
「予約から2時間待たされた。診察で「CIN2はCIN3だったので、手術してよかった。ただ、がんが見つかった。腺癌という厄介なもので、どこかに転移することが多い。これがあったら基本的な治療は子宮と卵巣の切除」とのことで、目の前が真っ暗になる、というのはもう少し後の話で、診察室の明るい蛍光灯と看護士さんたちの何一つ変わらない挙動を不思議な気分で見ていた。」

がんには二種類あり、多くは扁平がんというジワジワ周りに拡がっていくものなのだが、今回見つかった私のがんは腺がんと言って、細胞を飛び越えて転移する可能性があるらしい。今回切除した部位の断端にがんはないので、扁平がんであればこれ以上広がりはないと判断されるのだが、腺がんだと転移の可能性を考えて子宮、卵巣、リンパ郭清を切除するのがその病院での方針らしかった(後から調べたところこれはかなり病院によって色々あるので、もし今がん繋がりでこれ読んでくれてる方がいたらびびらなくて全然大丈夫です)。
私の場合さらに「浸潤」もあり、カルテを見た医師が「これははやくしないと」と慌てて丸いすから立ち上がり、PET-CTを撮るための別施設のパンフレットを見せながら、
「PET-CTはうちの病院にはなくて、別の専門の施設を予約しますので最短でいつ行けそうですか」
と聞いてきた。
あまりの突然の展開に、本当は何も答えずそのまま時間が止まって欲しかった。でも、仕方なく明日か明後日には、と答えると看護師が奥で施設に予約の電話をし、ことが進んでいく。
「円錐切除の手術から腺がんが見つかり、浸潤もあるので至急全身の撮影をお願いいたします。希望は明日か明後日で、、、はい、では明日の13:00でお願いします」
看護師がテキパキと私の名前で予約を取っているのを、遠い出来事のように聞いていた。数分前に戻りたい。数分前まで私は普通の人だったのに。

私って、がん患者なんだな、と思った。突然自分が「がん患者」になるなんて。
抗がん剤とかどれだけ苦しいのだろうか。髪が抜けて、毛糸の帽子とか被るのだろうか。きれいな髪していたのにね、と友達に同情されながら言われるのだろうか。
そもそも母親になんて伝えたらいいんだろう。このことが、私にとって最も大きな恐怖だった。どんなタイミングで、どうやって?がん=死ぬ、という世代の母親に、父が亡くなって間もない今、どうやって伝えられるだろう。
PET-CTの予約と、MRIの予約をとって、呆然として病院を後にした(この日私は支払いを忘れて帰った)。病院を出て、道を歩く人たち全員が羨ましかった。今までどうしてこんなに普通に生活していられたんだろう、と思った。


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