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抽選会 13

「え?」

それはいささか意外な問いかけだった。何とか食い下がろうとしているのではなく、女は心から理解できないという顔で私を見ていた。私にもその質問の意味はよく分からなかったが、平気かと言われれば平気だという答え以外に何も浮かばなかった。

「それで本当に……本当にいいんですか?」女は言った。
「ごめんなさい。さっきからおっしゃっている意味がよく分かりません」
「それであなたには何が残るんですか?」女は私の言葉を半ば遮るように言った。
「ますます訳が分かりませんね」私は言った。「失礼ですけど、多分そちらと私とでは何か全然違う世界が見えてるんじゃないでしょうか。何が残るか? 別に何も残りませんよ。でももともと何があったわけでもないでしょう」
「でもこの場所がご家族のルーツなわけでしょう?」
「私自身には何の関係もありませんよ」
女はまるで私があり得ないほど不敬なことを口走ったかのように顔を歪め、ゆっくりと言葉を絞り出した。「……気が咎めないですか、そんなことを言って」
「別に」

私は最後の礼儀に軽い微笑を浮かべ、窓を閉めた。男の方は尚もボードをもって何やら騒いでいたが、私は半ば振り切る格好でその場を後にした。ミラーには立ち尽くす若い女の姿が映っていた。その表情には、分かり合えない相手に対する軽蔑や失望、あるいは怒りの情を越え、そのまま進めば落ちるしかないほうへまっすぐ向かっていこうとしている相手を引き留められなかった無念さや、そういう選択しかできない相手に対する憐れみが滲んでいるような気がした。それが何を意味しているのか、私には相変わらずよく分からない。だが、ごく僅かな臭気のように鼻につく、微かな後ろめたさは一体何なのだろう。最初からそんなことをする必要もなかったのに、私を気まぐれにこの街へ向かわせたものは一体何だったのだろう。私は何を期待していたというのだろう。私には理解することができない。理解するための機構がまるごと欠落しているみたいだ。どうしたことだろう。おかしいのは彼らではなく、私の方だというのか。まさか。

眼前には茫々とした田園の風景が広がっている。これからどこへ行こうと、何をしようと私は自由だ。唯一の血縁も地縁もこの地上からは消え失せた。私を証明するものは何もなくなった。過去との繋がりを示すものは消滅し、私の人生にはもはや何の枷もない。

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