一人と六姉妹の話 24
少年は芋を拾った。
落ちたはずみに皮が削れたが、少年は気にしなかった。もっとも、そんなことを気にする者などもうどこを探してもいないだろう。いや、親父は気にするか。何かと言うと一番に臥せってしまうくせに、この期に及んでまだ見栄を気にする。米や芋がこれだけあれば家族の何日分の食事になっただろう、と、少年はそんなことばかり考える。もちろん、贅沢は敵だ。戦地の兵隊さんたちのことを思えばそれも当然だ。だがそれでも、これだけあればおふくろも、それに……
いや、いや。少年は頭を振った。少年は今、従兄の家に向かっていた。子供の頃から付いて回っていた十歳上の従兄は今日嫁を貰い、週が明けると出征する。今晩は結婚式と壮行会を兼ねた宴会だ。少年が抱えているのはその差し入れだ。少年は従兄のことを考えた。一体こんな時、どんな気持ちになるものだろう。長い間、憧れと共に思い描き続けた光景が、いっぺんに現実のものになるというのは? 喜ばしいことに違いあるまい。少年はそう考えたが、わざわざ念を押すようにそんなことを考えたのは、この件に関する展開のあまりの性急さのせいでもあった。
家並みを過ぎると視界が開けた。畔を下ったところにあるのが従兄の家だ。庭は掃き清められ、花嫁方の子供か、見たことのない女の子が一人手持無沙汰にその辺の石を拾って遊んでいる。中は慌ただしいので外に出されたのだろう。人手の足しに、やはり妹も連れてきた方が良かっただろうか、と少年は思った。
少年は、物心ついた頃から馴染んだ家の傍まで降りてきた。不思議なほど辺りは静まり返っている。昼下がり、異様なまでに物と物との境界を際立たせる秋の空気の中で、まるでここだけ時間が止まっているかのようだ。透明な膜で隔てられた異世界のように現実味がない。少年は一瞬、その不自然さに微かな抵抗を感じて立ち止まった。だがその時、視界の中に鮮やかな赤い色が突き刺さった。それは玄関先に誇らしげに掲げられた旗の色で、その色は直ちに少年を現実に引き戻した。
少年は家の代表としての自負を奮い立たせると、遊んでいる子供に声を掛けた。
「おい」
しかし子供は顔を上げなかった。少年は再び言った。
「おい。上の分家の者ばってんが」
子供は心底うんざりしているという表情で顔を上げた。肉付きの良い丸顔だが、陰気な目つきで、愛嬌や素直さというものが微塵も感じられない。嫌な子供だな、と少年は思った。
「米やら何やら持ってきたたい。誰かおらんな」
子供は一人前に溜息を吐いた。そしてその労さえも惜しいと言わんばかりに、黙って裏の戸口を指差した。
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