ヤモリ 24

「最近よく思うんだよ。俺って自分以外の人に影響されてばっかりだなあって。うち、親が結構真面目だからさ、ちゃんとしろとか、いい学校行けとかずっと言われてて。かと思えば周りの奴は俺のことふざけてるっていうか盛り上げ役みたいな、そういうキャラだと思ってるでしょ。今までは何となくそういうの空気読んで、どっちの求めてることにも応えなきゃいけないと思ってたんだけど、最近さ、なんか結構疲れるなあと思って。俺そこまで器用じゃないなあ、とかさ。それに考えてみれば俺別に、賢い奴にも面白い奴にもなりたいと思ってないし。橋高にも入らなきゃと思ってたけど、別に入っても何がしたいかとか分からないし、それに本当は俺自分のことそんなに明るい性格じゃないような気がしてる。

でもさ、橋高無理って言われるとなんか悔しいし、暗い奴って思われるのも嫌なんだよな。要するにさ、なんかよく分かんないんだよ、自分のことが。何がしたいか分かんないっていうか、自分がないんだよな、たぶん。だから他の人に言われたらそうかなあってすぐ思っちゃうし、集中できないんだよ。こうしなきゃなあってことばっかりいつも考えて、結局いつもふらふらしてる。

楠本さんは自分のやるべきことがちゃんと分かってるでしょ。他人に何言われても、どんなふうに思われても気にしてなさそうだし、何でも一人でちゃんとできるし、しかもそれが全部レベル高くて、すげーよな。結構俺見てたんだよ、変な意味じゃないけど、楠本さんのこと。すげーなと思って。同じ歳でさ、同じ学校行ってんのに、なんでこんなに違うんだろう、どうしたらそんなふうになれるんだろうと思って。こんな話、他の奴には絶対できないけどね」

直子は歩き続けていた。反応は何もなかった。聞こえている様子ですらなかった。まあいいや、と有馬は思った。むしろそのほうがいいや。俺今ちょっと普通じゃないんだ。こんなマジな話、後で思い出したら何言ってんだって絶対こっ恥ずかしくなるだけだし。まあ、穴の中に向かって喋ったようなもんだな。そんな話なんかあったよな。

二人はそれぞれの方向が分かれる角へと差し掛かった。直子には歩調を緩める気配もなかった。そのままきっと何事もなかったかのように、誰もいなかったかのように歩き去るのだろう。有馬は思った。しかしその時だった。直子はふいに足を止めた。有馬も驚いて立ち止まった。

「……どうしたの?」

直子は何も答えなかった。そして、その場に立ち尽くしたまま目を閉じ、ゆっくりと溜息を吐いた。長い長い時間だった。そして苦しげに顔を歪めた後、直子は自らを奮い起こすように再び正面を向いた。

「ありがとう」

直子は有馬の顔も見ずにそう言うと、自分の道を再び歩みだした。

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