もらいもの(仮)33
まるで沈められた水の中から見る景色のようだ。目の前を顔が埋め尽くす。学生風の顔、サラリーマン風の顔、引退した高齢者の顔。その顔、顔、顔の細部は溶けてどれも皆驚くほどよく似ている。造形の神秘に私は思わず魅せられる。その口や口や口のどれもが何かを呟いている。ぱく、ぱく、ぱく、と花が開いたように。私には一言も理解できない。ただ一様の敵意に満ちていることだけが光の屈折を通してぼんやりと感じられる。何だろう。どこかで見たことがあるな、この景色。
取り囲んだ警官の一人が乱暴に腕を掴んで私を立たせた。それでようやく正気に戻った。
「あの、お巡りさん、ちょっといいですか。ちょっと落ち着きましょう。状況をね、整理する必要があると思うんです」
私は乱れた衣服を直そうとしたが、両脇を固められていて身動きを取ることができない。
「ねえ、やりすぎですって。僕、何もしてませんからね? ちゃんと周りの人に話聞きました? 早まったら逆に問題ですよ、こういうの」
警官たちは何も答えなかった。
「ねえ、待って。一緒にされたら困りますって。だからこいつが勝手にやったことで、僕は何の関係もないんですって」
私は左脇の警官の隣にいるあの男を見ようと頭を傾げた。まったく、人が多すぎる。そんなに大勢集まるほどの大ごとかね。何が起こったか分かっているのかね。ほんとに興味があるのかね。こんなつまんないことで大騒ぎするほどこいつら刺激に飢えているのかね。これじゃ誰が誰だか、野次馬と警察の見分けもつかないよ。どこだあの男は。私は顔を回して反対側も見た。だがそこにも見当たらない。
「あいつ、どこですか?」
警官はその腕に力をこめ、険しい顔で前を見据えながらほとんど私を引きずるように歩いていく。
「いい加減にしてくださいよ。絶対あんたたち間違ってますよ」
息が苦しい。何か人の力というよりも、大きな波みたいな、避けようのない自然現象に呑まれているようだ。私は溺れながら、呼吸のための空気を必死で探すように後ろを振り返った。男の背中が見えた。人、人、人の森の中をすり抜けるようにその黒い背中は足早に遠ざかっていく。
「ちょっと! あいつですよ! あいつなんですって!」
私は叫んだ。だがあの男の姿は誰にも見えるはずがない。それはそうだ、その存在を消し去ることに関してあの男程に訓練されている人間はいないのだから。
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