もらいもの(仮)19
「あっ、おかえりなさい」
山口さんは仕事の手をいったん止めると快活な声で言った。六畳間には爽やかな木の匂いが仄かに漂っていて、既に三分の二ほどが明るい色の床材で張り替えられている。
「取りに行ったらもう用意してあったんですよ。いやー、昔こういう仕事してたから分かりますけど、こういうのめっちゃ高いですよ。めっちゃいいやつ。しかもめちゃめちゃ余るんすよ、何も考えないで買っちゃってるから」そう言うと山口さんは小声で耳打ちした。「これ売ったら結構いい値段になりますよ」
「ねえ、山口さん。やっぱり私、はっきりさせないといけないと思うんですけど……」
消え入りそうな私の声などテンションの高い山口さんには聞こえていなかった。
「でも考えてみたらさ、こんなしょぼい部屋にこんないい床材使うくらいなら、もっといい部屋移ったほうがよくないすか。言っとこ」そして山口さんはブレーカーの箱にも聞こえるように声を一段大きくした。「床材にこんな金出すならもっといいとこ移ったほうがいいですよねー!」
山口さんはやんちゃな中学生のような笑顔を私に見せ、再び鼻歌を歌いながら仕事に戻った。
「あの……。山口さん?」
「はい?」
「誰が聞いてるんですか?」
「誰って言うか……」そう言いかけて、山口さんは再び思い出したようにブレーカーに向かって怒鳴った。「あー、そういや車もあったら便利だなー。一人一台あったら便利だなー。車ー。えー、何か欲しい車種とかあります? 何でもいいすよ、ダメ元で」
「いや、あの……」
山口さんは再び声を潜め、真顔で言った。
「欲しいもんあったらとりあえず何でも聞こえるように言ったほうがいいですよ。言わないと向こうの趣味を一方的に押し付けてくるだけですからね。まあいらないやつでも売りゃいいだけなんですけどね、無駄に高いもんばっかりだから」
「目先の利益にばかり流されていていいものだろうか」
出し抜けに口をついて出た言葉は、グーグルが突然呟く言葉のように不自然だった。
「いいものだろうか、って……」
その機械的なイントネーションに山口さんは面食らった。だがそれは私も同じだった。目先の利益に流されまくっているのは他ならぬ私である。自覚はある。だからこそここまで行動と裏腹な言葉もなく、まるで一瞬誰かに意識を乗っ取られたかのような奇妙な感覚を覚えた。
「いいでしょう、くれるんだから。くれるもんもらって何が悪いんですか」
山口さんはそう開き直ると、興を削がれたようにぶすっとして作業に戻った。
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