もらいもの(仮)15
山口さんが運んできた真新しい二組の布団は再び私に軽い衝撃を与えた。その布団は、私がそれまで使っていた安物と同じ役目を果たすものとは到底思えないほど厚みがあり、そのくせ軽く、包み込まれるように柔らかい低反発の布団だった。その手触りに驚き、あの薄いくせにじっとり重く、侘しい中年の臭いが染みついた布団の上で泥のように眠り続けてきたこの二十余年は一体何だったのかとしみじみ思っているうちに、私の隣でさっさと横になった山口さんは秒で眠ってしまった。
雲の上に浮かんでいるようだった。月並みな表現だが、感覚のほうが圧倒的だと言葉が付いてこないということを私は改めて痛感した。何という快適さ。この世にはこんなものが存在し、こんなものを当たり前に使っている人が存在しているとは。興奮のあまり寝付けない。窓から入ってくる街灯の明るさに照らされた真っ白の室内は、本当に天上の世界のようだった。
餌なのだろう。私はこうして今餌付けされているのだろう。目的? そんなものは分からない。だが大方金目当てなんじゃないか、ほら、よくある、保険金を掛けられるとか。(これまでも薄々そう思わないことはなかった。むしろそれが一番納得のいく話だろうと思っていた。だがこのことを現実のこととして考察の俎上に載せたのは今この瞬間が初めてであった。)奥さんというどこぞの悪い人が身寄りのない私に目を付け、いい頃合いが来るまで肥らせておくつもりで、見張り役として山口さんを当てがったんじゃないか。そう考えると一番すんなり納得がいく。
しかしそれにしても山口さんはポンコツだな。別に私も言えた立場ではないが、それにしたってこの人は考えていることがすぐ顔に出る。駆け引きとか全然できないタイプだ。もう少し押していたら何か吐かせることもできたような気がするし、何なら今だってこのまま起き上がって逃げ出すこともできる。
だがしかし……いいなあ、この布団。背中が痛い腰が痛いと思い続けてきた年月は本当に何だったんだ。こんなのに毎晩寝られるなんて最高だなあ。この歳でこれからどれだけ働いたってこんな布団で寝るチャンスなんてもう来ないだろうし、かと言ってこれまでを思い返してみても、どんな道を選んでいたところでこんな布団で寝る生活なんてやっぱりなかったと思うし、うん……なんか、それが全てかもしれないなあ。
地の底から響いてくるような山口さんのいびきを傍らに聞きながら、次第に私の意識も遠のいていった。
「おやすみなさい」
古い時代の女優のようなアクセントでその声は言うと、ブツッと回線が切れる音がした。深い水の中を覗くような曖昧さで私はそれを聞き、やがて眠りに落ちた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?