ヤモリ 26

直子はドアを開けた。そしてためらう様子も見せずに中へ入ると、パタンとドアを閉めた。弥生がすぐそこまで来て「直子、まだそこ……」と言ったが、続く言葉を飲み込んで、やがてどこかへ行ったのが気配で分かった。

窓も網戸も閉まっていた。何の物音もしなかった。直子は視線だけを動かして、部屋の中を見回した。南向きの窓に面した机には消しゴムかす一つ落ちていない。隣の本棚には教科書や参考書などが種類別に分けられ、几帳面にラベルの貼られたファイルボックスもいつもの通り並んでいる。白、黒、紺、グレー以外の彩りはないハンガーラックにも、必要最低限の衣類や小物が整然と掛けられている。ベッドは人が日常的に使っているとは思えないほど皺もへたりもなく、肌掛布団は角同士が寸分のずれもなく重ねられ畳まれている。あるべきものはあるべき場所に収まっていた。この部屋に属する全ての物が、これ以外のありようなど考えられない、これ以外の使い方をする人の神経が分からないといった顔をしているように見えた。

直子は長い時間をかけ、それらをまるで外科医が自ら開腹した自分の臓器を一つ一つ点検するかのように確認した。そして自らが築き上げた秩序が侵された形跡がどこにもないことを確かめると、「上等だよ」と呟いた。

リビングでは弥生と徹がなかなか部屋から出てこない直子に気を揉んでいた。父親の徹は真面目だが気の小さい人で、弥生よりも早いうちから娘に対する気後れを感じていた。それは単に異性の子供に対する気後れなのだと自分を納得させようとしていたが、明らかに直子が世間一般の基準から見てもかなり異質だということ、何か自分たちには手に負えない存在であるということに内心では気付いていた。ヤモリが入ってこうなったということこそ未だに訳が分からなかったが、いつかこうした誤作動が起こるであろうということ、そしてそれに対して自分たちはなす術どころか、理解する術すら持たないだろうということも、薄々分かっていた。そのため、「見に行ったほうがいいかな」と弥生が立ち上がろうとした時も黙って止めた。

やがて直子は出てきた。両親が恐々と見守る中を通り過ぎ、いつものように風呂に入ると、置かれていた一人分の食事を温めて食べた。そして歯を磨いて再び部屋に戻った。二人のことを怒っているわけでも無視しているわけでもない、それは単なる機械的な一連の流れだった。

直子は明日の準備を済ませると机につき、塾でもらった数学のプリントに向かった。その時、微かに空気が揺れた音がした。直子の手は一瞬止まった。しかし振り返ることもなく、直子は再び数式に没頭した。

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