重荷 3
何かがぶつかったような衝撃と共にエレベーターの扉が開いた。中から異様に背が低く腰骨ばかりが張り出した中年女がカートを押しながら出てきた。何にそこまで腹を立てているのか、怒り心頭に達したような顔をしている。あちこちにカートをぶつけながら罵りの言葉を吐く女をよけながらエレベーターに乗り込んだ。充満するアンモニア臭に思わず顔を顰め、握りしめていた紙切れに視線を落とすと、斜めに傾いだ読み難い走り書きで「七時にエントランスで」と書かれていた。
なんでこんなところに来たのか。まったくだ。内心では最初からこんなことだろうと思っていた。こんなことでないわけがないことは分かっていた。世界のどこにも楽園などあるわけがない。現実を超越できる場所などあるわけがない。それなのにこの街は全く悪びれもせず、ためらいの欠片も見せず我こそが地上の楽園であると言ってのける。ここへ来れば全てが叶うと、潔いほど自信満々に喧伝し続ける。もしかするとそれが本当だった頃もあったのかもしれない、そう考えでもしないと理解できないほどその姿勢は一貫して揺るぎない。だがもはやその言動に意味はなく、目的もなければ辻褄も合わない。まったくこの街が飽かず発信し続けるイメージは虚言癖の人が即興に作り出す世界観そのもので、その内容が明るければ明るいほど街自体に根差す病の深さを示しているようだ。情報の隅々まで行き渡ったこの世界で、そんな病人のたわごとを信じる者はもういない。どこにもいない。だが私はその嘘に乗りたかった。それだけだ。
思った通りの酷い部屋だった。唯一の窓は隣のビルから30センチと離れておらず、改装途中のまま放置され、思いつく限りの資材が盗み去られたフロアの様が丸見えだ。光は入らず、冷房だけが利きすぎるほどに利いていて、濡れた身体に堪える。容易なことでは温かくなりそうもないシャワーの水を出しっ放しにして、私はタオルで何重にも包んでいた箱をリュックから取り出した。用心していた甲斐あって、白い厚紙でできた小箱には傷も凹みも見られない。ひとまずホッとしてそれをテーブルに置くと、私は布団にくるまった。
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