傍観者
この人は無理をしているんだろうか。こんなに酷い、人を人とも思わぬ仕打ちに遭って、慰めてくれる人もおらず、それどころかより激しく、致命的な攻撃を加えたくてたまらない大勢の人たちに囲まれている。でも特段それを気にする様子もなく、幾か所もの痣をコンシーラーで隠す一人の時間をこの人は「自分磨き」と呼ぶのだ。
この人は誰かにこれを強いられているのだろうか。こんなことでもしないと生きていけないとでもいうのだろうか。望んだことなのだ、とこの人は言う。毎日が充実していて、楽しくて仕方がない。これが自分の生きがいなのだ、とこの人は言う。その顔貌に昔の面影はどこにもない。昼夜を問わず、場所を問わず、どんな僅かな隙間にも入り込んでくる遠慮のない他者の視線は、それ自体が鋭いメスとなって、この人から過去をことごとく切り落としてしまった。だからこの人は誰なのか、本当のところはよく分からない。
この人は美しい。確かに美しい。媚びを含んだその表情はどこを取っても隙がなく、身体中が細部に至るまで理想的な形に整えられている。この人は自分が男であったか女であったかさえ忘れている。そんな区別はこの人にとって、この人を見る誰かの嗜好に応じていかようにもすげ替えられるオプションに過ぎない。誰でもないという意味においてこの人は完璧だ。それがまた人々の加虐欲を刺激する。
この人に気付いたのは、通りすがりに目にした一瞬の表情のためだった(そう、私自身もこの人を長いこと眺め続けていたのだった。そんなつもりはなかったとは言え――それこそ罪人が例外なく口にする言葉だ――私も加担者の側に立っていたという事実は否定することができない)。この人を構成する非の打ち所のない静止画の連続、その一瞬の隙間の中に、どこかで見覚えのあるものが見えた。隠しおおせぬ無意識的な筋肉の動き、それと同じ癖を持つ者を昔私は知っていた。
この人は私を覚えていなかった。あらゆる言葉を弄して近付いてくる人間の多さから、私のこともその手の一人としか思わなかったのだろう。誰の言うことも信じない、そして誰からも見破られるわけがないという絶対の自信を漲らせ、この人は誰にでも好まれる、それゆえに誰からも憎まれる笑顔を浮かべて私を一瞥しただけだった。
私は、この人を飲み尽くそうとする視線の洪水の陰から、それによってますます滑らかになってくこの人の美しさの中から、またそれが見えないかと目を凝らした。注視すればするほど、コマ送りのようにそれははっきりと像を結ぶような気がした。
その時、「やめてくれないか」とこの人は言った。この人が誰か特定の一人に語りかけるなどということは決してなかったから、その一言だけでこの人の動揺は察することができた。私とこの人は初めて正面から見合った。何もかもが見覚えのない造りの顔だったが、やはりこの人のことを知っていると思った。そして脳裏に浮かんだその名を思わず口にしかけた時、この人はそれを塞ごうとするかのように早口で言った。「何も感じないのだ、何も覚えていないのだ、神経も記憶も取ってしまったのだ」そして再びこの人は万人向けの美しい微笑の下に消えてしまった。
今ではもう、この人の中に見出したものを再び見つけることはできない。この人の美しさはますます絶対的なものとなって、ますます誰だか分からず、ますます過激になる一方の攻撃をその一身で受け止めている。だがわざわざあんな言い訳をしてきたということ自体、本心を偽っていることの証ではないだろうか。しかしその一方、仮に本心などというものをこの人が持ち合わせているのだとしたら、どれだけ完璧に武装していたとしても、こんなふうに蔑まれ、奪われ、痛めつけられる生き方はとても耐えられるものではないだろうとも思う。
だがそんな心配も結局は常人の考えの甘さに過ぎないのかもしれない。この人は自分で言う通り、何も感じないのだろう。誰に何をされても、その内面には何の影響もないのだろう。確かにこの人の美しさにはほんのわずかな瑕疵もない。むしろ、痛みはますますこの人の表面を磨き上げ、強固にする一方のように見える。だから結局、言葉は言葉通りに受け取るのが一番なのだろう。変にその内心などに関心を寄せ、想像する由もないその苦しみに思いを馳せるより、そう考えておく方が楽だ。
この人は望んでこうしているのだ。こうしているのが好きなのだ。この人はこれで幸せなのだ。薄暗い夜道を裸足で歩いていた醜くて汚いあの子供、あれはそうしたくてそうしていただけなのだ。
2022-07-13
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