ヤモリ 38

持っていたカバンの中身が散乱する中で、直子はしばらく動かなかった。教室の窓には、異変を嗅ぎ付けた生徒たちがざわざわと群がった。

「ごめん……。大丈夫?」

不安げな声がした。直子は床に顔を伏せたまま、誰にも聞こえないほどの溜息を吐いた。そして、ゆっくりと腕をつき、半身を起こした。

「大丈夫」

有馬は、直子のいつもと変わらない様子を見るとホッとして笑った。そして、有馬のその表情を機に張りつめていた辺りの空気も和らいで、集まっていた野次馬たちも再び教室の中へ戻っていった。実際、有馬が直子にぶつかった時の勢いは、そもそも勢いと呼べるほどのものではなく、それで倒れるほうが不思議なくらいだったので、初めからそんなに大したことではないだろうと皆が分かっていたのである。ただ有馬だけはその場にぶちまけられた荷物に責任を感じ、直子の隣にしゃがんで拾い始めた。

「楠本さんたちのクラスってさあ、自由曲何歌うの?」

有馬は何気なく尋ねた。退塾して以来、二人が顔を合わせる機会はなかったが、有馬は夏休みいっぱいを遊んで暮らしたような風情で真っ黒に日焼けしていた。直子は答えず、そちらを見もしなかったが、その溌溂とした空気は匂いで漂ってくるようだった。

「あっ」と有馬が出し抜けに声を上げた。思わず直子が一瞥すると、有馬はいたずらっぽく笑いながら、わざとらしく胸ポケットを手で隠していた。そして、「これ、見た?」といかにも注目してほしそうに手をどかすと、そこには刺さった指揮棒が見えていた。直子は何の関心も示すことなく、魚のような眼差しを手元のプリントに戻した。

「楠本さんたちのとこ、誰が指揮すんの? って言えないよな。まあね」

直子は何も答えなかった。もとより答える気はなかったし、手伝ってほしくもなかった。だが直子が口を塞がれたように押し黙っていたのには理由があった。

身体中が激しく痛んだ。どこがどう痛いのかも分からなかった。少しでも姿勢を崩すとバラバラに壊れてしまいそうで、このまま元に戻らないのではないかとさえ思えた。

この夏を通してますます痩せ、筋力の落ちた直子は、ちょっとしたことでもふらつき、覚えのあるものないもの問わず、身体中に絶えずあざを作るようになっていた。不自由で、常にどこかが痛かったが、もはやそれが当たり前になっていて、普段は顔に出すこともなくなっている。しかし直子の唇はこの時微かに歪んでいた。並外れた精神力で辛うじてその程度に留めていたものの、変化が目に見えて表れるということ自体、直子にとってこれは普通の痛みではなかった。


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