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重荷 16

その時、ふっと糸が切れたような感覚があった。全てが白々しい。ここにあるのは雰囲気だけだ。何となくそれらしい空気だけだ。隙間から現実が染み出してこないよう十分に目張りされた中での自然な演技、場に流されて出てくる無意味な言葉だけだ。私はそんなシーンに登場するような人間ではない。

乱暴にコンセントを引き抜くように手を下ろし、私は再び歩き始めた。男は尚も何か私の気を引こうと喋り続けていたが、相手の言葉をいちいち頭の中で変換して理解しようとする作業さえ今はエネルギーの浪費に思える。私は斜面を降りきった左手にある大きな木のところを目指した。葉陰にぼんやりとした白い光が見える。豪奢を示すわけでない、どことなく覇気のないその光は、そこに道があることを示しているようだ。

男は尚も様々に声色を変えながら何か喚いていた。聞き馴染みのある罵倒の言葉が混じり、だんだんその響きが荒っぽくなってきたのが分かる。「分かるだろう?」「分かるだろう?」口癖なのか、それとも言語そのものに組み込まれたリズムなのか、そのフレーズだけが一貫して拍を取るように男の言葉に挟まる。「分かるだろう?」それがとても耳障りだった。「分かるだろう?」そのフレーズはどんなに歩みを速めても矢のように後ろから飛んできて、それ一つでは棘が刺さった程度の痛みしか感じないものが、いくつもいくつもしつこく飛んでくるものだから、しかもそれが相手の意図している内容とは全く関係なしに飛んでくるものだから、いい加減私も堪えかねて、後ろを向くと怒鳴った。

「分からないんだよ!」

男は、急に叱られた子供のように戸惑った表情を浮かべた。

「終わりが分からないんだよ!」

男はガラス玉のような目を見開いたまましばらく固まっていた。だがその作り物のように整った顔は、水面に墨を一滴落としたかのようにみるみる歪んでいった。そこに浮かんだのは厳粛なルールを乱した者に対する心からの憎しみ、訳の分からないものに対する露骨な蔑みの表情だった。

だが私は相手がどんなことを思おうがもはやどうでもよかった。私はほとんど崖のようになった傾斜をずるずると滑り落ちながら街灯のある場所を目指した。

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