【交換小説】#待ち時間 2
私は立ち尽くしたまま、心に浮かぶ風景に目を凝らした。サンビーチ。温泉。秘宝館。心頭滅却すればレジ待ちの間にも熱海が見えるのだ。そんなことができるから日本人は満員電車にも耐えられるのだ。
と、その時、二人がこちらを見てくすくす笑っているのに気付いた。どうやら私のことを話しているらしい。精一杯口角を上げ、ハワイらしい笑顔を作ってみる。郷に入っては郷に従えだ。女たちはキャッキャ言いながら互いを小突き合っている。お気に召したらしい。カワイイとか言っているのだろうか。お尻がキュートとか言っているのだろうか。これまでの人生、我が尻に意識を向けたことなどなかったが、その巨尻に比べればそりゃキュートなものだろう。
そんなことを考えていると、レジの女がヘイと手招きをし、カップ麺をよこせと求めた。ようやく解放される。安堵と共に小銭を探っていると、女は突如カウンターからその巨体をよじって出てきた。シフト交代? ここで? 混乱する私をよそに、女は媚びるような流し目で再びヘイと言うと、つまんだカップ麺と尻を振りながら薄暗いバックヤードの方へと歩いていく。
これは……誘っているのか? もう一人の女は大口を開けてギャハハと笑っている。私は……弄ばれているのか? 据え膳食わぬは何とやら。そうことわざに言いはする。しかし待て。私はカップ麺を買いに来たのだ。私が食いたいのはサモワ女ではない、カップ麺なのだ。
女は突き当りのドアの前で私を待っていた。あんたの遊びに付き合ってる暇はない、そう英語では言えなくても、ギブミーカップ麺! それくらいは言ってやろうと身構えたその時、女はドアを開けた。南国の眩しい光が目に刺さった。その瞬間、私はものすごい力で背中を押されて前によろけた。そして、あっと思う間もなく身体は持ち上げられ、車のトランクに投げ込まれた。ばたんと閉まるその一瞬、眉毛の繋がった男の顔が見えた。
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