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抽選会 1

そもそも何の集まりかも分からない。葉書には「抽選会のお知らせ」という表題の下、型通りの時候の挨拶に続いて「令和三年度も恒例の抽選会の時期が参りましたので、下記へこの葉書をご持参の上是非お越しください」云々とある。そして日時と場所、意味不明の四桁の数字が並んでいる。この街では一事が万事この調子だ。新しい人間が入ってくることのない土地の常として、何に関しても説明が足りない。

三台の大型扇風機が体育館内にこもる熱気を掻き回し続けている。開始予定の十時まではまだ数分あるが、一定の間隔をあけて並べられたパイプ椅子は既に満席に近い。マスクも相まって呼吸が苦しくなるほどの暑さだ。しかし、これ見よがしに物々しいガウンをまとい、入口で来場者に消毒液を振りかける係の無言の圧のために、誰一人として文句も言わず、手にした葉書でおとなしく顔や首筋をあおいでいる。

「……すみません」私は、右隣に座っている上品な身なりの老婆に小声で尋ねた。「これは何の抽選会なんですか? 初めてなので、何も分からなくて」

老婆は穏やかな笑顔を浮かべて二度頷いた。それだけだった。耳が遠いのだ。仕方なく私は前を向き直った。左側に座る人は、ぞんざいに突き出された土色の裸足を見るだけで話の通じる相手でないことが明らかだった。

どうせ大したことでもないのだろう。おそらくメールや何かで済ませれば一発のことを、田舎特有の回りくどさで大ごとにしているだけだ。これだけの人がいて、その無駄な労力に誰も文句を言わないというのは不思議だが、そういうものだと思っていればいつまで経ってもその不合理に気付きはしないのだろう。

意外と若い人もいる。小さな子供を二人連れた女の人。スマホを眺めているすらっとした男の人。特に垢抜けないわけでもなく、都会の地下鉄で見かける人たちと変わるところはない。どうしてこんなところで暮らしているのだろう。ここで生まれ育ったとしても通える高校はないのだから一度は外に出ているはずだが、やはりここがいいと戻ってきたのだろうか。そんなことがあり得るだろうか。何食わぬ顔に見えるだけに一層奇妙な感じがする。

壇上で準備が始まった。年配の男性職員が年季の入った木箱を二つ台の上に置き、舞台袖からホワイトボードを引っ張ってくる。その傍らで、ピンクのポロシャツを着た若い女性職員が先輩職員と共に何かを諳んじながら確認している。それを終えると年長のほうは壇を降り、若いほうはマイクの電源を入れた。耳障りなハウリング音が体育館中に響いた。

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